130話 開幕
いよいよ竜友祭が始まった。
外からたくさんの人がやってきて、一気に学院が賑やかになる。
模擬店、展示会、演劇、演奏、演武……
色々な出し物が開かれて、お客さんたちがそれらを見て回る。
今のところ、テロが起きたという話は聞いていないし、外でなにかしらの騒ぎが起きている様子もない。
このままなにもなければいいのだけど……
油断は禁物だ。
常にある程度の緊張感を保たないといけないだろう。
ただ……
今の俺は、別の意味でものすごく緊張していた。
「い……いらっしゃいませ」
ウチのクラスは、男女逆転喫茶。
抵抗虚しく女装させられてメイド服を着せられた俺は、接客をさせられていた。
「えっ? 男女逆転だから……あんた、男なのか?」
男性客に目を丸くされて、
「うっそ、すごくかわいいんですけど、この子! やばい、お持ち帰りしたいっ」
女性客にキャーキャーと騒がれてしまう。
色々な事件を経験して、心も体も鍛えられたつもりではあったが……
それは甘い認識だったらしい。
接客をする度に、ガリガリと心が削られて悲鳴をあげるのがわかる。
俺……まだまだだな。
妙な疲労感を覚えてしまい、修行不足を痛感する。
いや、修行は関係ないか、これ?
「どうしたの、アルト君? ため息なんてついて」
「ジニーか……いや、なに。今の自分の姿を見て、思い悩んでいたところだ」
「大丈夫よ。すごくかわいくて、綺麗だから♪」
「それ、褒め言葉なのか……?」
「本心よ。っていうか、アルト君はあんな風なのがよかった?」
ジニーの視線の先には、同じく女装メイドのグランが。
がっしりとした大きい体を持つグランが女装するというのは、一種の恐怖であり……
女装メイドのグランを見て逃げ出してしまうお客さんもいるほどだった。
「……あれはあれでイヤだな」
「でしょ? だから、アルト君は恵まれているの」
「とはいえ、なかなか受け入れられないけどな」
とはいえ、クラスのためだ。
愚痴をこぼしてばかりではなくて、がんばりたいと思う。
幸いというか、男女逆転喫茶の客足はかなりのもの。
男子の女装はネタ枠として客を笑わせて……
女子の男装は、なかなかにハマっいて、男女のお客さん両方を魅了している。
特にウケがいいのは、女性のお客さんだ。
淡麗な男装少女たちに心を射抜かれた様子で、目をハートマークにして彼女たちの姿を追いかけている。
中でも人気なのは、とある三人。
「お嬢さま、お帰りなさい。お二人ですか?」
「え!? あ……は、はい。そうです、二人です……」
「では、こちらへどうぞ。あっ、荷物、ボクが持つね」
「はい……」
「こちら、メニューです。お決まりになりましたら、いつでもボクを呼んでください。お嬢さまたちのために、すぐに駆けつけましょう」
「はい……」
ユスティーナはちょっと言葉遣いが怪しい。
それと軽くフランクなところもあり、本場の執事と比べるとダメだろう。
しかし、距離の近さが好評らしく、お客さんたちは頬を染めている。
「お嬢さま、おまたせいたしました。こちら、季節のパンケーキと紅茶でございます」
「は、はい。ありがとうございます」
「ご注文は、以上でよろしいでしょうか?」
「はい……よろしいです」
「なにかありましたら、すぐに自分をお呼びください。自分の全ては、お嬢さまのためにあるのですから」
完璧な接客を披露して、ガッチリとお客さんの心を掴んでいるのはククルだ。
本業は聖騎士じゃなくて執事なのでは? と思うくらい、とても様になっている。
真面目なククルは、今日のためにたっぷりと練習したらしい。
その成果が現れていて、たくさんの女性客を虜にしていた。
そして、最後の一人は……
「あうっ! あうあうー」
「……か、かわいい」
「あうー、あうっ」
「あぁ、ダメ。この子を見ていると、たまらなくときめいてしまうわ」
「うんうん、わかる……母性をくすぐられるわぁ」
「あうー!」
意外というべきか、ノルンが一番の人気者だった。
きちんと言葉が通じているか、それはかなり怪しいところではある。
でも、ノルンのかわいさがそれを補って余りあるほどで、ほぼ全員のお客さんを魅了していた。
愛らしさでいえば、ノルンに勝てる人なんていないからな。
ある意味で、当然の結果と言えた。
「メイドさーん、注文いいですかー?」
「あ、はい」
三人に負けないように、俺も仕事をがんばらないと。
せっかくだから、黒字で終わりたいからな。
「おまたせいたしました、お嬢さま。ご注文をどうぞ」
「私はアップルティーとアップルパイで」
「うちは、普通の紅茶とレモンアイス」
「アップルティーとアップルパイ。それと、紅茶とレモンアイスですね? 少々お待ちください」
「あっ、ねえねえ」
「はい?」
呼び止められて、足を止める。
「男女逆転喫茶っていうことは、キミ、男の子なんだよね?」
「えっと……はい」
「えー、ホント? ぜんぜんそうは見えないんだけど」
「いえ、本当に男ですよ。声を聞けばわかるでしょう?」
「うーん、よくわからないかも。だって、声もかわいいし」
「うんうん。お姉さんたちが、優しくぎゅーってしてあげたくなっちゃう、そんな感じの素敵な声なんだもん」
「はぁ……ありがとうございます?」
なぜか、女性客二人の視線がやたらと熱いような……?
それと、息も荒いような気がする。
ふと、ネコに追いつめられるネズミの光景を想像した。
なぜそんな光景が思い浮かんだのか、それはわからない。
「ねえねえ、キミの名前は?」
「この後、時間空いてる? よかったら、お姉さんたちと一緒に遊ばない?」
「え、えっと……」
もしかして、俺……狙われている?
「あの……す、すみません。仕事があるので……」
「「まあまあまあ、もっといいじゃない」」
「おぅ!?」
女性客二人は、ものすごい勢いで俺を引き止めてきた。
な、なんだこの力は!?
俺もそれなりに鍛えているという自負があるのだけど、まったく抗うことができない。
「さあ、お姉さんたちと楽しくて気持ちいこと、しましょうねえ……うへへ」
「大丈夫。お姉さんたちがちゃんとリードして、優しくしてあげるから……ふひひ」
「ひぃ……!?」
な、なんだこの圧は!?
あまりに恐ろしくて、ついつい悲鳴がこぼれてしまう。
「お客さまぁ……?」
ハッと我に返り振り向くと、ユスティーナの姿が。
にっこりと笑顔を浮かべているのだけど……でも、心はまったく笑っていない。
そんな顔で、ツカツカとこちらにやってきた。
「お客さまぁ、当店ではナンパの類はお断りしていますのでぇ」
「あら、あなたもかわいいわね。でも、執事ってことは女の子か……残念。あなたはお呼びじゃないわ」
「そうそう。あなた、このメイドさんと交代してくれる? ウチら、今から一緒に遊びに行くから」
「……」
ユスティーナは極上の笑顔を浮かべて、
「焼き払うよ?」
「「ひぃっ!?」」
竜の威圧に一般人が耐えられるはずもなく、二人のお客さんは涙目になって逃げ出した。
いいのだろうか?
……まあ、いいか。
迷惑な客に対しては、毅然と対応するようにと、あらかじめ決められているからな。
「ありがとう、ユスティーナ。助かったよ」
「むぅううう……」
ユスティーナは膨れ顔でこちらを睨みつける。
「アルトってば、見知らぬお姉さんにナンパされて、デレデレしてた……!」
「え? いや、そんなことはないが……」
「デレデレしてた!!!」
「……す、すまない?」
圧に負けて、ついつい謝罪してしまう。
決して、デレデレしていたつもりはないのだけど……
でも、ユスティーナを不快にさせたのだとしたら申しわけないと思う。
「アルトがデレデレしていいのは、ボク相手だけなんだからね!?」
「そういう……問題なのか?」
「そういう問題なの!」
その後……
拗ねるユスティーナをなだめるのに、30分ほどを費やしてしまうのだった。
色々とあってまた引っ越しをするので、更新を一週間休ませていただきます。
更新再開は4月29日を予定しています。
詳細は活動報告にて。
よろしくお願いします。