13話 特訓
1限目の授業は体育だ。
体育というのは、実技とは違い、戦う術を学ぶためのものではない。
スポーツなどをすることで体力や反射神経などを向上させることを目的としている。
言うなれば、基礎身体能力の訓練……というところだろうか。
今日の授業の内容は持久走だ。
広大な学院の敷地の周りを、ぐるぐると走る。
何周しなければいけないというノルマはない。
一定の速度以下になることは厳禁……ということもない。
ただ、時間内は走り続けなければいけないという制約があった。
一回の授業は60分。
準備運動を除いて、約55分、走り続けなければいけない。
しかも、生徒は時計を見ることは禁じられていて、残り時間がわからないという不安の中、ただただ前に進むしかない。
肉体的にも精神的にもきつい。
だからこそ、鍛えられるのだろう。
「おいおい、エステニア。まだこんなところを走ってるのかよ。周回遅れだぞ」
「本気で走ってるのか? まるで亀じゃねえか」
体育は他のクラスと合同で行われる。
俺を知る生徒たちが俺を次々と抜き去り、その際、揶揄するような言葉をぶつけてきた。
セドリックがいないとはいえ、俺の立ち位置はあまり変わらず……
いじめとまではいかないものの、からかわれたりバカにされることは日常茶飯事となっていた。
ユスティーナのおかげなのか、クラスメイトは深く関わらずのスタンスだが……
他のクラスの連中は自分に危害が加えられることはないと思っているらしく、その態度は今までと変わらない。
「むっ」
「やべ……!」
ユスティーナが睨みつけると、慌てた様子でクラスメイトが速度を上げて逃げ出した。
「まったくもう。ボクのアルトをバカにするなんて……焼き払おうかな」
「ボソリと言わないでくれ……はぁっ、はぁっ……本気みたいで、怖いぞ……ふぅっ」
「え? 本気だけど?」
「なおさら……はぁっ、はぁっ……やめてくれ」
俺は全身を汗だくにして、息を切らしながらヨロヨロと走り……
そんな俺に付き合い、ユスティーナは涼しい顔をして、汗一つかくことなく隣を走っていた。
「さすがに……ふぅっ……ユスティーナはすごいな。とんでもない体力だ」
「ううん、ボクは大したことないよ。それよりも、すごいのはアルトだよ。竜の枷で縛られている状態なのに、普通に動くことができるなんて……そんな人、なかなかいないよ?」
今朝、ユスティーナに稽古をつけてほしいと頼んだ後……
俺は彼女から、竜の枷と呼ばれるものを与えられた。
竜の間に伝わる特殊な特訓で……
受ける重力を数倍~数十倍にするという、とんでもない代物だ。
俺は今、その竜の枷で、受ける重力が2倍になっていた。
手足が重く、体が鉛みたいで自由に動かすことができない。
もう限界だと、体のあちらこちらが悲鳴をあげていた。
でも、やめない。
竜の枷を受けたまま、俺は必死に走り続ける。
強くなるために。
ユスティーナの隣に立つ資格を得るために。
今はただ、ひたすらに体を鍛えるだけだ。
「がんばって、アルト! ボクが隣にいるからね」
「ああ……頼む。ユスティーナと一緒なら……はぁっ、ふぅっ……がんばることができそうだ!」
ユスティーナの声援を受ける度に、諦めそうになる心が奮い立ち、体が元気を取り戻して……
重力2倍という状況で、俺は55分、リタイアすることなくずっと走り続けた。
――――――――――
2限目は実技だ。
それぞれの得意な武器を持ち、二人組になり、模擬戦を行う。
俺の武器は槍だ。
攻守共に使い勝手がいい。
対するユスティーナは素手だ。
人間用の武器なんて竜には使い勝手が悪い、とのことだ。
ちなみに、ユスティーナは当たり前のように俺と組んでいた。
「さあ、どこからでもいいよ!」
ユスティーナが構える。
俺も構える。
わずかな睨み合いの後……
「はっ!」
一歩踏み込み、槍を突き出した。
が、竜の枷のせいで体が思うように動かない。
おまけに、持久走を終えた後で、体力がまるで残っていない。
まともに突きを放つことができず、ヘロヘロとした情けない動きになってしまう。
そんなへっぽこな俺を見て、ユスティーナは……
「わぁっ、すごいね、アルト!」
なぜか感心していた。
「なんで感心するんだ……?」
「だってだって、あれだけの運動をした後なのに、ちゃんと槍を突くことができるなんて……なかなか、とんでもないことだと思うよ」
「でも、どうしようもない、へろへろの突きだぞ」
「普通の人なら、槍を突くこともできないよ。忘れたの? アルトは今、2倍の重力を受けているんだよ。おまけに、そんな状態で持久走をした後。槍を突くだけでもすごいと思うよ。うん、本当にすごいよ」
すごいと言われても実感が湧いてこない。
へろへろの動きしかできていないからな……
「アルトって、体力は人一倍……ううん、常識はずれに多いよね。どうして?」
「そうなのか? 自覚はないが……」
「すごい体力だと思うよ。普通の人なら、竜の枷を受けたら10分でリタイアしちゃうもん。それなのに、アルトは未だにリタイアしないで、しかも、動き続けている。これって、相当にすごいことだよ?」
「そうなのか……」
英雄になることを夢見て、小さい頃から訓練は欠かさなかったし……
学院に入学してからは、セドリックにコキ使われたりしたせいで、結果的に体を動かし続けていた。
そのことで、思わぬところで体力が増えていたのかもしれない。
「うーん……! なんか、アルトがすごいから、ボクもやる気が出てきたかも! よしっ、ビシバシいくよー!」
「ああ、とことん頼む」
「……あれ? こういう時は、勘弁してくれ、っていう反応が普通じゃない?」
「俺の方から鍛えてほしい、って申し出たんだ。そんな失礼なことはしない。それに、強くなるためならなんでもするさ」
「さすがアルト、ボクが見込んだ通りの人だね。それじゃあ、続けるよ!」
時間いっぱい、ユスティーナと模擬戦を続けた。
――――――――――
3限目は座学だ。
竜騎士を育成する学院ではあるが、知識も学んでおかなければいけない。
知識がなければ、力を正しく使うことができないのだから。
「この時の事件がきっかけとなり、人と竜が共に戦う……つまり、竜騎士という存在が初めて誕生しました。後にこの事件のことを……」
壇上で先生が歴史について語っている。
「おー……ほうほう……ふんふん」
隣の席のユスティーナは、歴史に興味があるらしく、真面目に授業を受けていた。
アルモートは竜と共に暮らす国ではあるが……
相手のことを完全に理解しているかというと、そうではない。
種族の壁はどうしても存在してしまい、ある程度、相手の理解を弾いてしまう。
人は竜のことを完全に知らないし、その逆で、竜も人のことを完全に知らない。
そのため、ユスティーナにとって人の歴史は興味深いものらしく、しきりに感心した様子で頷いていた。
「しかし……これはまた、辛いな」
今も竜の枷は続いている。
座っているし動いていないから、体全体への負担は少ないが……
ペンを握る指に対する圧が半端ない。
まるで、一本一本の指に重りをくくりつけているみたいで……
常に力を入れておかないといけない。
ちょっとでも力を抜くと、ペンを落としてしまいそうだ。
「……アルト、大丈夫?」
いつの間にか、ユスティーナがこちらを見ていた。
授業が気になるらしいが、それよりも俺のことが気になるらしい。
心配そうな顔をしているので、俺は笑ってみせた。
「ああ、問題ない」
「でもでも、ホントは大変だよね? 講義の間くらい、枷は解除しようか?」
「いや。このまま続けてほしい」
「でも……」
「24時間、ずっと枷をかけた方が強くなるんだろ?」
「うん、そうだね」
「なら、このままで頼む。正直に言うと辛いが……でも、やってみせるさ」
「ふふっ、アルトは男の子だね」
時折、母性たっぷりの視線を向けられるのだけど……
俺とユスティーナ、同い年だよな?
たまに勘違いしてしまいそうになる。
それくらい、ユスティーナは甘く優しい顔をしていた。
「がんばってね、アルト」
「ああ」
ユスティーナの期待に応えるためにも、俺は強くなる。
強くなってみせる。
固い決意を宿した俺は、竜の枷の重さに耐えながら授業を受けた。
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