129話 ククルの焦り
竜友祭の開催まで、あと1時間といったところ。
それぞれの教室は慌ただしく準備をしていました。
そんな中、自分はエルトセルクちゃんと一緒に学院内を見て回ります。
祭りはまだ始まっていないため、催し物を見ることはできないのですが……
それでも雰囲気を楽しむことはできました。
「あうっ!」
エルトセルクちゃんは雰囲気を楽しんでいるらしく、終始笑顔です。
そのことは微笑ましく、うれしく思うのでありますが……
「……果たして、こんなにのんびりしていていいのでしょうか?」
自分の担当は、学院の警護。
及び、学院での捜査。
しかし、今のところ大したことはできておらず……
関係者でないアルト殿の方が活躍しているという事実。
焦ってはいけないのですが、焦りを覚えざるをえないのです。
自分は聖騎士。
常人を遥かに超えた力を持ち、時に、竜に匹敵します。
ただ、それは自分で努力して得たものではありません。
女神によって授けられたもの。
故に、力なき人々のために戦わなくてはならないのです。
それなのに……
「自分は……役に立てているのでしょうか?」
アベルを見つけ出すことはできず、アルト殿が発見することに。
囮捜査では、ホーク殿は怪我を負いながらもアベルを捕まえようとしたのに、自分はすぐに動けず眺めているだけ。
「はぁ……なんていうか、自分がとんでもない役立たずに思えてきたのであります……」
いえ。
思えてきたではなくて、事実、役立たずであります。
別に名誉を欲しているわけではないのですが……
しかし、なにも功を立てられずにいると、焦ってしまいます。
功を欲してしまうのであります。
「あうっ」
「おや?」
くいくいとエルトセルクちゃんに服を引っ張られました。
彼女は自分を見つつ、とある教室を指差しています。
その教室からは、良い匂いが漂ってきました。
入り口のところに『おいしい肉串屋~ソースたくさん選び放題!~』という手作り看板が飾られていました。
「あうー……」
エルトセルクちゃんの視線は、良い匂いが流れてくる教室に釘付けであります。
よく見てみると、たらりとよだれが垂れていました。
この子、本当に竜なのでしょうか……?
とてもじゃありませんが、伝説のエンシェントドラゴンには見えないのでありますが……
でも、そういうところを含めて、この子らしいと言えるのかもしれないのです。
「食べたいのでありますか?」
「あうっ!」
「すみません。まだ準備中なので、それは難しいと思うのです」
「あぅ……」
とてもしょぼんとしてしまいました。
うっ……なんていう罪悪感。
そして、どうにかしてあげたいという庇護欲が湧き上がるのです。
とはいえ、竜友祭の開始まであと1時間。
それだけの時間を待たせてしまうというのは……
そもそも、お祭りが開始されたら自分も教室に戻らなくては……
「あのー……よかったら食べますか?」
「え?」
肉串屋を開いている教室の女子生徒が表に出て、笑顔と共にそんなことを口にした。
「その子、ウチの肉串を食べたいんだよね?」
「あうっ!」
食べられるのか!?
と期待するような感じで、ノルンは元気よく返事をした。
「あっ、いえ……もうしわけないのであります。決して催促するようなつもりはなくて……」
「ううん、気にしないで。今から本番前の最後の試し焼きをするところなの。だから、よかったら食べていって」
「しかし……」
「あうあうっ」
寄っていこう、というような感じで、ノルンがククルの服を引っ張る。
「ちょっ……エルトセルクちゃん!?」
「あうっ!」
ものすごい力であった。
忘れがちではあるが、ノルンは竜……しかも、伝説のエンシェントドラゴン。
聖騎士であるククルも、気を抜いている状態では抵抗できない。
「もう……仕方ないでありますね」
「あうっ!」
こうして、ククルは名も知らぬ女子生徒の好意に甘えることにした。
さすがに準備で忙しい中、教室内にまで踏み入るようなことはしない。
廊下でしばらく待っていると……
「はい、おまたせ」
さきほどの女子生徒が肉串を二本持ち、廊下に出てきた。
「あうー、あうー」
ノルンは目をキラキラ、よだれをダラダラ。
とても竜とは思えない幼い姿を晒していた。
とはいえ、今は精神年齢がとても低い状態なので、それも仕方ないが。
そんなノルンに、女子生徒が笑顔で肉串を渡す。
「はい、どうぞ。焼き立てで熱いから気をつけてね」
「あうっ!」
ノルンは肉串を受け取り、ぺこりと頭を下げた。
アルトとユスティーナの教育がしっかりとしているため、きちんとお礼をすることができるのだ。
「あなたもどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
ククルも肉串を受け取る。
それから、はっと思い出した様子で、財布を手に取る。
「あの、いくらでありますか?」
「ううん、いいよ。試し焼きだから、それでお金をとるつもりはないし」
「しかし……」
「んー……なら、ウチの肉串を宣伝してほしいかな。それが代金、っていうことで」
「……わかりました。あなたの厚意に感謝するのであります」
「ふふっ、おおげさだなあ。じゃあ、またね。本番が始まっても、ウチにまた来てくれるとうれしいかな」
女子生徒はばいばいと手を振ると、教室の中に戻った。
「あうぅ……」
ノルンは、食べてもいい? というような感じでククルを見る。
犬の待て、と同じだ。
「せっかくなので、冷めないうちにいただきましょう」
「あうっ!」
ノルンはうれしそうに肉串を頬張る。
肉の表面はしっかりと焼けていて、焦げがカリカリしている。
中身は半レアで、とろりと。
甘辛のタレが肉の旨味を何倍にも引き立てていて、学生の出店とは思えないクオリティだった。
「あう~♪」
「これは……とてもおいしいであります」
二人は幸せそうな顔をして、肉串をゆっくりと食べる。
一気に食べてしまうのがもったいなくて、じっくりと味わうことにしたのだ。
「……自分は」
肉串を食べながら、ククルは女子生徒のことを思い返した。
特にこれといった打算はなくて、無条件で人に優しくすることができる。
そんな人を守ることが、自分の役目ではないのか?
それこそが聖騎士ではないのか?
役に立つとか立っていないとか、気にする必要はあるのか?
「……がんばるのであります!」
ククルはホクホクの肉串を食べて、迷いを振り切るのだった。