128話 竜友祭、開幕
あれから、特筆するような事は起きていない。
アベルに関する手がかりを得ることはできず……
アベルがなにかしらの行動を起こすこともなくて……
時間だけが過ぎ去る。
そして……
テロ予告を受けた日が訪れる。
奇しくも、その日は竜友祭の開催日だった。
――――――――――
「「「わぁ……」」」
ユスティーナを始めとするクラスの女子たちが、こちらを見て目をキラキラとさせた。
心なしか、その頬は朱色に染まっている。
誰も彼もうっとりとした様子で……
なんというか、非常に居心地が悪い。
竜友祭、当日の朝。
クラスの出し物であるカフェの準備をするために、いつもよりも2時間ほど早く登校をした。
教室内の飾り付けなどは前日までの準備で終わっているため、後は着替えや調理の用意をするだけだ。
そして、接客担当メンバーは制服に着替えたのだけど……
「……アルト、かわいい……」
そうなのだ。
俺は接客メンバーとして選ばれており……
ここは、男女逆転喫茶。
みんなの前で女装姿を晒すことになってしまった。
「前も見たけど、なんか、あの時よりもクオリティが上がっていない?」
執事服姿のユスティーナが、うっとりしつつ、そんな疑問を口にする。
ちなみに、ユスティーナの男装もよく似合っていた。
元が美少女であるため、男装をしてもガラッと印象が変わることはない。
ただ彼女の魅力が執事服とうまい具合にマッチして、中性的な少年、という雰囲気を出すことに成功していた。
今のユスティーナは、大人の女性からたくさんかわいがられそうな、庇護欲そそられる少年である。
「ふっふっふ。あれから色々と研究して、アルト君に最適な化粧などを考えだしたの!」
「おーっ! ジニー、さすがだね! 後で、ボクにもその化粧の仕方、教えてね?」
そんなこと、褒め称えないでほしい。
あと、教わろうとしないでほしい。
こんな格好、二度としないからな?
「でも、エステニア君、ホントにかわいいね……女の子にしか見えないんだけど」
「うんうん。背の高さはどうにもならないけど、でも、そんな体格で恥じらうところなんてギャップがあっていいわー」
「あー、もったいない! 時間があれば画家を呼んで、細部に至るまで精密な絵を描いてもらうのにっ」
「……開始前から気力を奪うような言動はやめてくれ」
「おいおい、アルトは贅沢だな」
振り返ると……化け物が。
いや、失礼した。
化け物ではなくて、女装したグランだ。
その評価は、女子たちが途端に死んだ目になるほどだ。
「俺なんて、こんなんだぞ。くそっ、裏方に回りたかった……」
「仕方ないさ。諦めてがんばるとしよう」
「そうだな……んー」
「どうした?」
「アルト……お前、かわいいな……」
「っ!?」
かつてない危機感に、背中がゾクリと震えた。
そんな俺とグランを見て、一部、女子がキャーキャーとはしゃいでいた。
エステニア君が受けよ、いいえ、ステイル君が受けよ……なんていう言葉が聞こえてきたのだけど、聞こえないフリをしておいた。
深く関わると、きっと、戻ってこられなくなってしまう。
「……アルト殿」
執事服姿のククルに話しかけられた。
外で話がしたいと、彼女は廊下に目をやる。
頷いて、ユスティーナとグランとジニーを連れて廊下に出る。
「いよいよ、犯行予告を受けた日になりました。奇しくも、今日は竜友祭。自分は学院の警護を担当するため、このような姿をとっていますが……みなさんにも、協力をお願いしたいのであります。危険に巻き込んでしまうことは心苦しくもあり、拒否をしても当然の反応で……」
「おいおい、なに言ってるんだよ」
もうしわけなさそうにするククルの言葉を、グランが笑い飛ばす。
「今更、そんな話は必要ないだろ」
「そうよ。あたしたち、みんな、ククルに協力するって決めたんだから」
「うんうん。ボクとアルトの楽しいお祭りタイムを邪魔するようなヤツがいたら、ブレスで薙ぎ払うよ」
「……みなさん……」
ククルは驚いたような顔になり……
次いで、ちょっとだけ涙ぐむ。
「ありがとうございます!」
「礼はまだ早い。今日は、まだ始まったばかりだからな」
「そうでありました! 感動するあまり、つい」
ククルが笑い、みんなも笑う。
できることならば、この笑顔を守りたい。
英雄を目指すものとして、という理由もあるのだけど……
それ以上に、友達だからという想いが大きい。
みんな、大事な友達だ。
その笑顔が決して曇ることのないように、戦い、守りたいと思う。
「ひとまず、今日の予定を確認しておこう」
俺たちの基本的な予定としては……
竜友祭は夕方まで行われる。
それまでは一般客が自由に出入りすることができる。
夜は後夜祭。
こちらは生徒たちのみの参加で、部外者が参加することはできない。
「なにか起きるとしたら、一般客が出入りできる間だろうな」
「うん、そこはボクも賛成。わざわざ予告状を送るくらいだから、夜とか、目立たない時に事件を起こすつもりはないんじゃないかな? まあ、目的にもよるんだけどね」
単純に人に危害を加えたいだけだとしたら、時間帯はあまり関係ない。
ただ、相手はテロリスト。
自分たちの存在をアピールして、主義主張を唱えたいはずだ。
そのために、少しでも目立つ行動をとるだろう。
「自分たち、聖騎士の動きとしましては……」
ククルを除くアルモート入りした聖騎士たちは、王城にて待機。
有事の際は竜騎士と協力をして、事件の対処に当たる。
また、すでに多くの憲兵隊が街中に動員されていて、警戒にあたっている。
わずかな犯罪すら見逃さない厳戒態勢だ。
「牽制の意味もこめて、これだけの人が動員されているぞ、という情報はあえて表に流しているのであります」
「……布陣は問題ないように見えるな。俺だったら、こんな中でやばいことなんて、絶対に起こそうと思わないぜ」
「ただ、相手はとんでもないテロリストなんでしょ? 常識は通用しないと考えた方がいいと思うわ」
「はい、自分もそう思うのであります。警戒して警戒して……どれだけ警戒しても、足りないと思うのであります。この学院にも、なにかしらの仕掛けがされている可能性も、無きにしもあらずであります」
「んー……でも、警戒しすぎ、っていうのはどうかな? ずっと緊張していたら、疲れちゃうよ? それだと、いざっていう時に力が出せないよ」
「それは……」
ユスティーナにもっともなことを言われてしまい、ククルが困った顔になる。
真面目なところが彼女の美徳ではあるが、今はもう少し、力を抜いた方がいいと思う。
しかし、意識して力を抜くことはなかなか難しい。
どうしたものか……
「あうあうっ」
「ん?」
くいくいと服が引っ張られた。
振り返ると、ノルンの姿が。
ノルンは危険なことに巻き込みたくないため、詳しいことは説明していない。
説明しても、理解してもらえるのかわからない、という理由もあるが。
「あうっ!」
執事服を着たノルンは、どう? と聞くような感じで、キラキラした目をこちらに向けてきた。
サイズが合っていないのか、手が隠れてしまっている。
しかし、それが逆にノルンのかわいらしさを強調していて、人によってはたまらないと思うだろう。
「うん、よく似合っているぞ。かわいいな」
「あう~♪」
頭を撫でてやると、ノルンはうれしそうに笑った。
そんな彼女を見て、ふと閃いた。
「ククル。ノルンと一緒に、学院内を見て回らないか?」