127話 作戦失敗
あの後、アベルの捜索が行われたけれど、その姿を見つけることはできなかった。
そのまま逃走したのだろう。
そのことを確認した後、ホークさんの手当が行われた。
本当ならば、もっと早くに手当をするべきなのだけど……
俺の責任だ、と言い、ホークさんもアベルの捜索に加わり、手当を後回しにしていたのだ。
「悪い、情けないところを見せたな」
捜索が打ち切られて、ようやく手当を受けたホークさんは、もうしわけなさそうに頭を下げた。
ククルがわたわたと手を横に振り、慌てる。
「そのようなことは……! 自分は、それだけの怪我を負いながらも戦うホーク殿に、むしろ深い敬意を覚えるのであります!」
ホークさんの傷はかなり深い。
下手に体を動かすと失血死の恐れもあるため、まずは、この場で治癒師が魔法で応急処置をしていた。
ただ……こんな言い方をするのもアレではあるが、本人を見ると深手を負っているようには見えない。
「ちっ……この俺としたことが、あんな絶好のチャンスを掴んでおきながら、アベルを逃してしまうとはな。くそっ、なまったか……? こりゃ、諸々の事件が片付いたら、一から鍛え直さないとダメだな」
こんなことを言っているのだ。
重傷を負っている人の言葉とは思えない。
ホークさんは、そんな言葉を一通りこぼした後……
俺とユスティーナを見て、頭を下げる。
「すまん」
「え?」
「二人を危険な目にさらしたっていうのに、なんの成果も得られないとは……本当にすまん。どんな顔をしていいやら……」
「まったくだね」
「ユスティーナ!?」
追い打ちをかけるようにユスティーナが頷くものだから、思わず驚いてしまう。
そんな俺に、ユスティーナは意味ありげにウインクをした。
それから、改めてホークさんに話をする。
「ボクはともかく、アルトを巻き込んでおいて逃しちゃうなんて……ちょっとだらしないよ?」
「はは……竜の嬢ちゃんは、容赦ないな」
「アルト以外の人間に気を遣う必要なんてないからね。それにボク、言いたいことはハッキリと言うタイプなんだ」
それはよくわかる。
ユスティーナは、どんな時でもどんな場でも、己を貫き通している。
「そんなわけだから!」
ユスティーナがビシッとホークさんを指差して、教師のように言う。
「意味のない自嘲はやめるように! そんなことをしてても、まるで意味ないからね」
「……」
「今、あなたがやるべきことは、今回の作戦の失敗を反省して、それを次に活かすこと。一度逃しちゃったけど、次は逃さないこと。そんなことだと思うだけど、どう?」
「……はははっ!」
ホークさんは大きく口を開けて、豪快に笑う。
治療を行っている人たちが動かないでくださいと慌てるものの、大きな笑い声は止まらない。
「ああ、そうだな。その通りだ。竜の嬢ちゃんの言うことは100パーセント正しくて、反論なんて欠片もできないな」
「ふふーんっ」
「落ち込んでるヒマなんてないな。竜の嬢ちゃんの言う通り、次に活かさないといけない。ありがとな、目を覚まさせてくれて」
「どういたしまして」
「そうと決まれば、さっそく現場の調査をするか。まんまと逃げられたが、なにかしら手がかりが残っているかもしれないからな」
「ホーク殿は、まずは治療に専念してください!」
いい感じに話がまとまりかけていたのだけど、最後、ククルに叱られてしまうホークさんであった。
――――――――――
その後……
俺とユスティーナとククルは学院の寮に戻った。
後始末は他の聖騎士たちが担当してくれるため、俺たちがなにかをする必要はない。
そもそもは単なる協力者なのだから。
ククルは聖騎士ではあるが、学院に潜入して、調査をするという使命がある。
そのため、調査が優先されて一緒に戻ることになった。
「作戦、失敗しちゃったね」
部屋に戻り、ユスティーナと二人きりに。
彼女にしては、珍しくがっかりしているみたいだ。
「あそこまでして、アベルを取り逃がしたのは痛いな。次は引っかからないだろうし、表に誘い出すことも困難になったかもしれない」
「あーあ……今日捕まえておけば、竜友祭はなんの憂いもなく、アルトと目いっぱい楽しむことができると思ったのに」
なるほど、そこを問題に思っていたのか。
ユスティーナらしいといえばらしいと言えた。
「……」
「どうしたの、アルト?」
こちらを見て、ユスティーナが不思議そうに小首を傾げた。
たぶん、今の俺は難しい顔をしているだろう。
「作戦が失敗したの、そんなに気になる?」
「いや……気になるのは別のことだ」
今日の作戦の中で、一つ、違和感を覚えた。
大したことじゃないのかもしれない。
考えすぎなのかもしれない。
しかし、どうしても見過ごすことができない。
「そういえば、竜に協力を依頼する、っていう話は?」
「……あっ」
すっかり忘れていたみたいだ。
まあ、囮作戦などで慌ただしかったため、仕方ない。
「ユスティーナの父さんに話をして、竜族に協力をしてもらうように頼むんだよな?」
「うん、そうだね。具体的には、うーん……いつ人間からの要請が来てもいいように、いくらか常時待機しておくこと。あと、竜のネットワークを使って、ボクたちなりに調査をしてみる、っていうことになるかな?」
「もう一つ、お願いしてもいいか?」
「うん? どんなこと?」
俺は、とあるお願いをユスティーナに話した。
「それは、また……どうして、そんなことを?」
「思い過ごしなら、それでいいんだけどな。ただ、引っかかるんだ」
「引っかかる……」
「根拠はない。なにか悪いことが起きるかもしれない、っていう直感のようなものだ」
今回の作戦で感じた違和感……それは、アベルの行動だ。
ホークさんたちがどのような情報を流したのか、それはわからないが……
だからといって、アベルは簡単に姿を見せるような愚か者には見えなかった。
とても慎重で、悪知恵が回る……そんな印象だ。
ならばなぜ、アベルは今回姿を見せたのか?
まだハッキリとしたことは言えないのだけど、なにかしら企んでいるような気がする。
その目的を明確にしておかないと、後でとんでもない目に遭うような……そんな悪い予感がした。
だからこそ、それをハッキリさせるためにユスティーナに協力してほしい。
竜の力を頼りにしたい。
「すまない。いつも頼ってばかりで……俺は、情けない男だな」
「ううん、そんなことないよ。アルトはボクの王子さま。最高にかっこいいよ」
「そうなりたいとは思っているが……」
俺には不釣り合いな気もしてきた。
無論、こんなことを口にすれば、ユスティーナの想いを侮辱しているも同じになるため、絶対に表に出せないが。
「それにね」
ユスティーナはにっこりと笑い、
「女の子は、好きな男の子にたくさん頼ってほしいものなの」
そんな台詞を口にするのだった。