124話 エサ
「……ものすごい直球な話ですね」
「しかも、唐突なんだけど」
「悪いな。俺は、ごまかすような話は好きじゃないんだ」
ホークさんは、特に悪びれた様子もなくそう言う。
裏表がないタイプなのだろうか?
人柄としては好ましく思うが……だからといって、はいわかりました、なんて即答できるような内容ではない。
「ホーク殿! 自分たちならいざしらず、無関係のお二人を巻き込むなんて……しかも囮にするなんて。自分は反対であります!」
「無関係じゃないだろ。ククル、お前さん、協力してもらってるらしいじゃないか」
「うぐっ、そ、それは……」
「俺もその延長線上のことさ」
「し、しかし、囮捜査というのは危険が大きく……」
「うーん、ボクは構わないけどね」
ククルの迷いを吹き飛ばすような感じで、ユスティーナが気楽に言う。
「なっ……エルトセルクさん。それは、あまりにも……危険なのであります!」
「聞くけど、アベルとかリベリオンは、聖騎士のような人間を超えた力を持つ者はいるの?」
「それは……断言はできないのでありますが、いないと思います。アベルは、子供にしては戦闘力は桁外れですが、自分たち聖騎士ほどではありません。一対一であれば、まず負けることはないでしょうし、罠をしかけられていたとしても、その罠ごと食い破る自信があるのであります」
「リベリオンって組織は、けっこう謎が多いんだよな。構成員は不明だ。ただ、道具に頼ったテロ活動しかしていないところを見ると、武闘派組織っていうわけじゃなさそうだ」
ククルが苦々しい顔で説明をして、ホークさんがその補足をした。
「なら、ボクに勝てる人間なんていないよ。こんな格好してるから忘れてるかもしれないけど、ボク、竜なんだよ?」
「むう……それはそうなのですが」
「ただ、アルトに危険が及ぶっていうのなら、ボクは反対かなー。前言撤回するようで悪いけど、そこは絶対に譲れない一線だよ」
ユスティーナの判断基準は、あくまでも俺が関係しているらしい。
そのことに気がついたホークさんが、
「おぉ、愛されているな、少年」
「……からかわないでくれませんか」
ニヤニヤとしつつ、そんなことを言ってきた。
この人、鎧を着ていなければ、そこらの酔っぱらいにしか見えないな。
「なら、囮捜査を引き受けてくれるかどうかは、エステニアにかかっている、っていうわけだ。そのところ、エステニアはどう思っているんだ?」
「どう思うもなにも、作戦の詳細を聞かせてくれませんか? それを聞かないことには、判断のしようがありません」
俺たちをエサにアベルを再び釣り上げる……そんな大雑把な話だけで判断できるわけがない。
ホークさんは、どこまで作戦を詰めていて、どれだけの成果を求めているのか?
成功する確率や、予想できる被害は?
そういうところを全て把握した上で考えないとダメだ。
内容が内容だけに、適当に返事をするわけにはいかない。
「エステニアの言うことはもっともだな。今から、詳細を説明しよう。ただ、わかってはいると思うが、これは機密情報だ。俺とククルだけじゃなくて、他の聖騎士の身の安全に関わる。口外すれば、それなりの罰が与えられると思ってくれ」
「もちろん、わかっています」
さすがに、それくらいのことは理解している。
ホークさんとしても、念押しのためにあえて口にした、という感じだろう。
「いい返事だ。じゃあ、説明するか」
――――――――――
「……詳細は、だいたいこんなところだな」
30分ほどかけて、作戦の詳細が説明された。
配置する人員の数、種類、装備……
おおまかなタイムラインに、予定外のことが起きた時の対策を5つほど。
その他、細部に至るまでの情報を全て説明された。
「なんというか……当人の了承が得られていないのに、よくもまあ、ここまで詳細に練りましたね。俺たちが断っていたら、全部無駄になるじゃないですか」
「そうならないように、エステニアたちには引き受けてほしいんだけどな」
「そう、ですね……」
簡単に説明すると……
ホークさんたちが持つ裏のツテを使い、俺たちがアベルと再びのコンタクトを望んでいるという情報を流す。
他にも、俺たちがアベルに関する重大な情報を持っているなど、相手が無視できないような状況を作り出す。
そんなエサを流して、特定の場所にアベルを誘い出す。
ホークさんたちは俺たちの周囲で待機。
アベルが接触してきた場合、その時の内容に応じて、最適な行動を選択。
……ちなみに、この時の行動パターンは20種類ほど用意されている。
アベル……あるいは、それに匹敵する幹部などが登場したところで、作戦は最終段階に。
ホークさんたち聖騎士が突入して、速やかに確保。
作戦は終了、となる。
簡単に説明しただけなので、大雑把なところもあると感じるかもしれないが……
実のところ、詳細はかなり細部にまで詰められており、隙らしい隙はない。
ありとあらゆるパターンが想定されていて、絶対に捕まえるというホークさんの執念のようなものが感じられた。
「なぜかわからないが、アベルはエステニアを気にかけている。故に、この作戦はエステニアが鍵だ。おまえさんがイヤというなら、なしだ。残念だが、諦めるしかない」
「ここまでのものを考えておいて?」
「無理強いはできないだろ。いざとなれば、強制的な協力も考えていたが、そんなことをしたら……」
「ボクが許さないね」
隣のユスティーナが鋭い視線を飛ばす。
「そういうことだ。だから、俺らとしてはお願いするしかない、っていうわけだ」
「なるほど」
「で……どうだ? 引き受けてくれないか? 今、ヤツを捕まえることができれば、予告されていた襲撃を確実に阻止することができる。エステニアも、なんの心配もなく竜友祭を楽しむことができるぜ」
その言い方は、なかなかに卑怯だ。
俺だけではなくて、竜友祭に関わっている友達や、学院の生徒たちのことを否が応でも意識させられてしまう。
まあ……そんな言葉は、元より不要ではあるのだが。
「わかりました。ユスティーナがいいのなら、という条件付きですが、協力します」
「アルト、いいの?」
「俺にできることがあるのなら、協力したい。ただ、ユスティーナを巻き込んでしまうことはもうしわけないが……」
「……それって、ボクのことを心配してくれている、っていうこと?」
「当たり前だろう?」
「えへ、えへへへ……アルト~♪」
「うわっ」
いきなりユスティーナが抱きついてきた。
満面の笑みで、猫が甘えるみたいに頬をこすりつけてくる。
「うれしいよ、アルト。ありがとう、心配してくれて」
「礼を言うようなことじゃあ……」
「ボクにとっては、それだけうれしいの。そして……そんなにうれしいことをしてくれるアルトのためなら、ボクもがんばることができるよ。なんでもするから!」
「おいおい……いきなりいちゃつかないでくれるか?」
ホークさんが呆れたように言う。
決していちゃついているつもりはないのだけど……この状況では、説得力がないか。
「あー……とにかく、引き受けてくれる、っていうことでいいんだな?」
「はい」
「うん、いいよ」
ユスティーナと一緒に頷いた。
そんな俺たちを見て、ホークさんが満足そうな顔になる。
「よし! 安心しろ、なにかあったとしても、お前らのことは俺らが守るからな」
「頼りにしています」
「そんなわけだから、ククルも納得してくれるな?」
「……わかりました。お二人に協力してもらうことで、事態が大きく進展する可能性がありますし、自分がとやかく言える問題ではありませんし……納得はします。しかし、作戦には自分も絶対に参加するのであります!」
「元よりそのつもりだ」
……こうして、アベルを捕縛するための囮捜査が決定された。
この決断が良しと出るか悪しきことと出るか。
その結果は……今はまだ、わからない。