121話 計画は着々と
アルトと別れた後、アベルの姿はなんてことのない一軒家にあった。
外観はどこにでもあるような普通の家。
家具が少ないものの、中も特に変わった様子はない。
しかし、地下への隠し扉が巧妙に隠されており……
家の地下には巨大な地下空間が作られていた。
もちろん、一昼夜で作れるものではない。
何ヶ月も、何年もかけて作ってきた。
全ては、計画を遂行するために。
地下空間の広さは、50メートル✕50メートル。
高さは5メートルほど。
そんな巨大地下空間には、たくさんの武器が置かれていた。
剣、槍、斧、魔導書……種類も様々だ。
数で換算すると、数千人分の武具になるだろう。
「やあ」
「おや、これはアベル殿」
一人の男がアベルに気がついて、にこやかな笑みと共に頭を下げた。
男の年齢は60くらいだろうか?
髪は、ほぼほぼ白に染まっている。
また、顎の下に長く立派なヒゲを蓄えていた。
地下にこもりきりなのか、やや服などが汚れている。
ただ、メガネをかけていることもあり、知的な印象を受けた。
「このようなところへ、どうしたのですか? 計画の実行まで、まだ時間はあったかと思いますが……」
「進捗具合が気になって、ちょっと様子を見に来たんだ。どうかな?」
「ええ、ええ。その点に関しては、なにも問題ありませんとも。ごらんください、この武具の数々を」
己の手柄を披露するように、初老の男は大げさな仕草で、地下空間に並べられている無数の武具をアベルに見せた。
アベルはおもむろに一本の剣を取ると、鞘から抜いてみせた。
鏡のように磨き抜かれた刀身を見る。
「へぇ……大量生産品かと思いきや、けっこう良い品だね」
「それはもちろん。我がウロボロス商会は、決して手抜きなどをいたしません。常に、お客さまに最高品質の商品をお届けして、満足してもらう……そのことをモットーとしておりますので」
ウロボロス商会。
アルモートだけではなくて、複数の国で活動する商人だ。
主に武具を取り扱い、相手が犯罪者であろうと、金さえもらえば提供をする。
その結果、いくつかの戦争や内乱が引き起こされてきた。
いわゆる、死の商人というやつだ。
「いかがでしょうか? ご満足いただける品を用意できたと自負しておりますが……しかしながら、アベル殿が納得いただけないのならば、全て、新しいものに交換させていただきますが……」
「ううん、その必要はないよ。十分……というか、予想以上に質が良いかな。大満足だよ」
「はっ、ありがとうございます」
商会のトップである初老の男……ワグナス・マルダレーンは、ひたすらに丁寧な態度でアベルに接していた。
ワグナスにとって、アベルは久々の上客だ。
数千人分の武具の調達依頼。
しかも、依頼料の4分の3を前払いしてもらえるという、懐の大きさ。
絶対に失敗できない商談であり……
また、今後も長く付き合っていきたい相手だ。
だからこそ、年齢の差を気にすることはなく、必要以上に丁寧に接する。
「武具はこれで問題ないけど……傭兵の方はどうかな? 五百人の精鋭を用意する……我ながら無茶なオーダーだと思うんだけど……」
「そうですね、はい。アベル殿のオーダーは、私としても経験のないものであり、なかなかに苦労いたしました」
「ってことは、やっぱ無理だった? まあ、最低百人いれば、文句はないけど……」
「いいえ、ご心配なさらず」
ワグナスは誇らしげな笑みを浮かべつつ、とんでもないことを口にする。
「一流の竜騎士に匹敵するような実力を持つ、熟練の傭兵……八百人を集めました」
「……え、マジで?」
予想外の数字が記されて、アベルは思わず素で問い返してしまう。
そんなアベルの反応を見たワグナスは、一手上を行った喜びを覚えつつ、詳しく説明する。
「はい、八百人を集めました。数は多ければ多いほどよいということなので、はりきってみましたが……いかがでしょう?」
「おぉ……すごいね。いや、これは本当に驚いたよ」
傭兵のリストが記された紙を渡されたアベルは、それに目を通す。
そんなアベルに対して、ワグナスは、ややもうしわけなさそうにしつつ言う。
「ただ、一つ問題がございまして……」
「どんな?」
「それだけの数を集めるとなると、さすがに一つの傭兵団から……というわけにはいかず。数十の傭兵団と契約をする形になり、統率、連携に関しては正直なところ、まるで期待できないと言わざるをえず……」
「ああ、なんだ。そんなことか。そういうことは全然気にしていないから、大丈夫だよ」
「はて? そうなのですか?」
ワグナスは首を傾げた。
基本、金さえもられば、ワグナスはどんな仕事でもする。
その際、依頼人の事情や目的を聞くことはない。
下手なことを聞けば、やはり別のところに依頼を……なんてことになってしまうこともあるからだ。
ただ、今回はアベルの目的を聞いていた。
今までにない大規模な依頼のため、ついつい好奇心が働いてしまい、尋ねてみたのだ。
アベルは機嫌を損ねることなく、普通に目的を教えてくれた。
竜にケンカを売る。
それが、彼の解答だった。
竜にケンカを売るなんて、どうかしているのだろうか?
話を聞いた時、ワグナスはアベルの正気を疑った。
しかし、アベルは本気であり、しかも、笑っていた。
長年、死の商人として活動してきたワグナスではあるが……
その時、初めて人に対する恐怖を抱いた。
アベルは普通の人間ではない。
見た目は子供ではあるが、その中身はまったくの別物だ。
熟練の死の傭兵……いや、そんな生易しいものではない。
人を超えたなにか……
死神のような存在ではないか?
ワグナスは、真面目にそんなことを考えていた。
「統率や連携を気にしないということは……傭兵たちに好きに暴れさせる、ということでしょうか?」
「うん、そんなところかな。詳細は、いくらキミでも話せないけどね」
「いえいえ、お気になさらず。私の方こそ、深入りするようなことをしてしまい、もうしわけありませんでした」
機嫌を損ねてしまったのではないかと、ワグナスは慌てて頭を下げた。
しかし、それは杞憂だったらしく、アベルは笑みを浮かべている。
まるで、たくさんのおもちゃを前にした子供のようだ。
人を殺す武器を目の前にして笑みを浮かべる子供というのは、異常という他にない。
アベルの精神性が表れているような光景だ。
「じゃあ、取引完了だね。はい、これ」
アベルはワグナスに一枚の紙を渡した。
「そこに描いた地図に、残りの報酬が用意してあるから。大丈夫だと思うけど……万が一、野盗なんかに掠め取られたりしていたら、その時は、手間をかけて悪いけど言ってくれる? また用意するからさ」
「はい、ありがとうございます。またなにかありましたら、ぜひウロボロス商会を」
「あー……そうそう。追加で依頼、できるかな?」
「ええ、ええ。もちろんですとも。アベル殿のようなお客さまは、私としても大歓迎でして……なにをお求めでしょうか?」
アベルはニヤリと笑い……
この時は年齢に似合わない、凄絶な表情をして言う。
「竜の心核をありったけ」
『よかった』『続きが気になる』と思っていただけたら、
ブクマや評価をしていただけると、とても励みになります。
よろしくおねがいします!




