12話 鍛えてくれませんか?
朝。
目が覚めると……
「じー」
「……うぉ!?」
目の前にユスティーナの顔があった。
驚いて、思わず大きな声を出してしまう。
桜色の唇が目の前にあり、温かい吐息がそっと触れる。
ユスティーナの頬は白く、餅のように柔らかそうだ。
ほんのりと潤む瞳はこちらをじっと見つめていて、親愛の情を感じた。
「な、なにをしているんだ……?」
「アルトの寝顔を見ていたんだ。ふふっ、かわいい寝顔をしているね」
「かわいいとか、やめてくれ……」
「褒め言葉なんだけどなー」
男にとっては、かわいいって言われても微妙な気分になるんだよ。
「まあいいや。ごはん、できているよ」
よくよく見てみると、ユスティーナはすでに制服に着替えていた。
その上にエプロンをつけており……
部屋の中央に置かれているテーブルを見ると、朝食が用意されていた。
「これ、ユスティーナが?」
「うん。パンとジャムのセット。ほんとは一から作りたいけど、そんな時間も設備もないから、これで我慢してくれたらうれしいな。あとはスープとフルーツサラダ。 それと昨日の残りと、おいしい水! 魔道具で作った氷を使っているから、キンキンに冷えているよ」
「すごいな……朝からこんなに贅沢な料理が食べられるなんて」
「贅沢、って言うほどかな? アルト、普段はどんなごはんを食べていたの?」
「パン一枚と牛乳かな? ジャムはなしだ」
「うわー……それ、手を抜きすぎだよ」
「朝は眠いから、どうしても手を抜いてしまうんだ」
「もうっ、そういうのはダメなんだからね? 一日の始まりは朝食にあるんだから、しっかりといいものを食べないと! でも、心配はいらないよ。これからは、ボクが毎日、ごはんを作ってあげるからね」
「いや、毎日は悪い。当番にしよう」
「えー、でも、ボクは手料理をアルトに食べてほしいんだけど……あ、でもでも、アルトの手料理もいいなあ。ものすごく食べてみたい」
……なんて会話をしつつ、制服に着替えた。
ちなみに、料理は基本的にユスティーナの担当になり、週一で俺が担当することになった。
俺としては公平に割り振りたかったのだけど、ユスティーナが頑として譲ってくれなかった。
頑固だったり、かと思えば甘えん坊だったり、ホント、おもしろい子だ。
「「ごちそうさまでした」」
食事が終わり、登校の準備をする。
「ユスティーナ、行こう」
「うーん、うーん」
「どうしたんだ?」
「いってらっしゃい、って見送りたいんだけど、そうしたらアルトと一緒に登校できないよね。それはやだなあ、って」
「……行かないなら置いていくぞ?」
「あっ、まってまって! もう、アルトは意地悪だなあ」
よくわからないことで悩むユスティーナの方に問題があると思うぞ。
結局、お見送りは諦めることにしたらしく、普通に外に出た。
学院までは歩いて10分ほど。
その距離を、ユスティーナと並んで歩く。
「えへへ~♪」
ユスティーナはなにやらご機嫌だ。
にこにこ笑顔で鼻歌を歌っている。
「どうしたんだ?」
「アルトと一緒に登校できるのがうれしくて。これ、すっごく青春っぽいよね!」
「そう……か?」
人間くさいというか……
やけに俗っぽいところに憧れているんだな。
竜だからこそ……なのだろうか?
「あの子は……ホントに竜なのか? 改めて見てみると、普通の女の子だよな。しかも、かわいい」
「見た目に騙されない方がいいぞ。アストハイム家の長男、いるだろ? 昨日、アイツをマウントポジションで圧倒したって聞くぞ」
「仲間の竜で囲んだ、とも聞いているわ。アストハイム家にケンカ売るなんて、平気なのかしら……?」
「たぶん、大丈夫なんじゃないか? 学院も話は聞いてるけど、放置の方向、って聞いているぜ。竜を敵に回す方が怖いだろ」
周囲の生徒がユスティーナに気がついて、ひそひそとうわさ話を始めた。
その多くが、セドリックに関することだ。
昨夜の私闘のことは、さすがに知られていないみたいだが……
それ以前の、セドリックデコピン一撃事件のことは隠しようがなくて、すでに学院中に広まっているらしい。
「あはは、みんな噂好きだねえ」
「あはは……って、気にしないのか? 好き勝手言われているんだぞ?」
「んー……別に? ボクは、アルトのことしか気にならないから。アルトがボクのことを見てくれていれば、他になにもいらないよ」
ユスティーナのまっすぐな好意はうれしいけれど……
これじゃあ、俺の方がモヤモヤしてしまう。
「みんなっ、聞いてくれ!」
俺は立ち止まり、周囲の生徒たちに呼びかけた。
生徒たちがぎょっとする中、俺はユスティーナの行動に問題がないことを教える。
いや、強引なところはあり、問題があるといえばあるのだけど……
でも、噂のようにマウントポジションをとったり複数で囲んだりなんてしていない。
そのことを強く訴える。
「……というわけだから、根拠のない噂に惑わされないでくれないか? 頼む」
最後に頭を下げた。
俺の言いたいことを理解してくれたのか、周囲の生徒たちはそそくさとこの場を立ち去る。
「俺なんかが言っても、わかってくれるか……とりあえず、今はなんとかなったか」
「……アルト……」
「うん?」
「アルト!」
「おわっ!?」
いきなりユスティーナに抱きつかれた。
そのまま頬ずりまでされる。
「な、なんだ!?」
「ボクのためにそこまでしてくれるなんて……ボク、すっごくうれしいよ!」
ユスティーナは、いつも全身で喜びを表現するよな。
なんとなく、犬にじゃれつかれている光景を想像した。
「ねえねえ、アルト」
ユスティーナが俺から離れて、歩みを再開する。
隣を歩きながら、じっとこちらを見つめてきた。
「なにかボクにしてほしいことはない?」
「え? どういう意味だ?」
「ボク、もっともっとアルトの役に立ちたいの。あのいじめっ子のように、アルトが困っていたら、ボクがなんとかしてあげたいの。だから……なにか困っていることはない? ボクが解決してあげるよ」
「と、言われてもな……」
セドリックの問題が解決した今、直近で困っていることは特に思い浮かばない。
まあ、セドリックの問題も昨日の今日だから、完全に解決したかわからないし……
セドリックは退いたとしても、他の連中が黙っているかどうか。
主犯はセドリックだけど、そうでない連中に絡まれたこともある。
それを教師に見過ごされたこともある。
ただ……
それらのことで、再びユスティーナの力を借りたいかと問われると、答えはノーだ。
ユスティーナに頼っておいて、なんだけど……
できることなら、これ以上は彼女の力を借りたくない。
男としてのプライドがあるし……
なによりも、危険なことに巻き込んでしまうかもしれない。
竜だとしても、それ以前に、ユスティーナは女の子なのだ。
できる限り、自分の手で問題を解決したい。
解決できるようになりたい。
「……困っていることというか、悩んでいることはあるんだ」
「なになに? ボクに教えて! アルトのためなら、なんでもするよ」
「その前に聞きたいんだけど、ユスティーナは人にものを教えるのは得意か?」
「うーん……内容によるかな? 実のところ、料理とかの家事はまだ練習中なんだよね。だから、人様に教えることはできないかも」
あれだけのものを作ることができて、まだ練習中なのか。
将来、ユスティーナの料理の腕はとんでもないことになりそうだ。
「ただ、戦闘関連なら得意だよ。ボク、こんなでも王女だからね。自分で自分の身を守れるように稽古をつけられてきたから」
「それだ!」
「ふぇ!?」
望んでいたワードを聞くことができて、ついつい、ユスティーナの肩を掴んでしまう。
「俺にも稽古をつけてくれないか? ユスティーナなら、できるだろう?」
「えと、えと……そ、その前に……ちょっと恥ずかしいかな」
「……あっ!? わ、悪い」
慌ててユスティーナから離れた。
勢いづいてしまい、おもいきり接近してしまっていた。
「ま、まあ、いいんだけどね。積極的なアルトも、それはそれでキュンってくるし」
「えっと……とにかく。稽古をつけてほしいんだ」
「それはどうして?」
「強くなりたいんだ」
この世界には、かつて、魔王という生きとし生けるものの天敵が存在した。
絶大な力を持つ魔王は、魔族と呼ばれる同胞を味方につけて、世界を征服しようとした。
この危機に立ち上がったのが、一人の騎士と竜だ。
騎士と竜は戦の先陣に立ち、魔王を相手に激戦を繰り広げた。
その姿に多くの人々が励まされ、竜の仲間も感化されて、次々と参戦を決意したという。
やがて……
騎士と竜は魔王を討つことに成功した。
竜と力を合わせたことで、その騎士は、『竜騎士』と呼ばれるようになり、英雄となった。
魔王が倒されたことで世界に平和が戻る……はずだった。
討伐された際に、魔王の血が世界中に降り注いだ。
その血は猛毒となり、生き物の体を蝕み……凶暴な魔物へと変化させる。
魔王の脅威は去ったものの、代わりに、魔物という敵が現れることになった。
この危機に対して、アルモートは竜と同盟を結ぶ。
そして、来たるべき災厄に備えるために竜騎士を育成する機関を設立した。
それがこの学院だ。
いずれ、俺も正式な竜騎士になりたいと思う。
力をつけて、人々のために魔物と戦いたいと思う。
そのために……もっともっと強くなりたい。
そんな英雄になりたいという夢は今も変わらない。
ただ、今はそれだけではなくて……
英雄になりたいという夢は今も変わらない。
ただ、今はそれだけではなくて……
「ユスティーナの想いにどう応えるか、それはわからないが……ただ、最低限、返事をする前に、ユスティーナの隣に立つにふさわしい力を持ちたい。今のままだと、ユスティーナに甘えることしかできない」
「ボクは気にしないよ? むしろ、存分に甘えてほしいな」
「それじゃあ、さすがに男として情けないだろ? それに、ユスティーナとは対等の関係でいたいから……だから、俺を鍛えてくれないか?」
「うーん」
ユスティーナが迷うような声をもらした。
ユスティーナは男を甘やかしてしまうというか、甘やかしたいというか……
そんなところがあるから、やや迷うところがあるのだろう。
ただ、心配はしていない。
なんだかんだで、相手の意思を尊重してくれるところがあるからな。
「うん、わかったよ。アルトがそう言うのなら、稽古をつけてあげるね」
「ありがとう。助かるよ」
「でも、ボクの稽古は厳しいからね? ビシバシいくよ!」
「ああ、望むところだ」
こうして、俺はユスティーナに稽古をつけてもらえることになった。
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