116話 準備は順調に
竜友祭の開催まで、2週間を切った。
最近、学院の生徒たちは慌ただしく過ごしている。
準備にあれこれと奔走して……
それと、祭が近づいていることで、ウキウキとしているようだ。
そんな中、俺たちの準備も着々と進んでいた。
男女逆転喫茶というコンセプトが決定して……
衣装も決まり、今は十人ちょいの有志で製作中。
その中には、アレクシアとジニーの姿もあった。
ジニーは商売人の娘ということで、色々と鍛えられてきたらしい。
アレクシアは意外かもしれないが、花嫁修業として、一通りの家事は叩き込まれていた。
その成果というわけだ。
俺も手伝いたいところではあるが、あいにくと裁縫スキルはない。
なので、別のことで励むことにした。
「うーん……まずくはねえが、決め手に欠けるな」
学院の調理室。
そこで作った俺の料理を口にしたグランは、なんともいえない顔になった。
「テオドールはどうだ?」
「そうだね……僕もグランと同じ意見かな? 大雑把ながらも濃い味付けは、僕の好みではあるけどね。ただ、客は男が全部というわけじゃない。女性や子供もいるから、万人受けはしないだろうね」
「そうか……メニューの開発というのは、なかなかに難しいな」
今は、喫茶店で出すメニューの開発をしているところだ。
軽食もあった方がいいだろうと、色々と作成しているのだけど……
未だ、納得のいくものには到達していない。
「ふぁ~♪ アルトの手料理、おいしい~♪」
「あうあうっ!」
ユスティーナとノルンは、満面の笑顔で俺が作った試作品を食べていた。
あの二人の意見は……頼りになりそうにないな。
「ふむ、どうしたものか……」
俺を含めて、クラスメイト数人で色々な料理を作ってみたものの、コレだというものは完成していない。
こうして体験してみると、メニューを開発することがいかに難しいかわかる。
そこらにあるようなものではなくて、ここでしか食べられないという変わったもの。
それでいて奇抜すぎることはなく、万人に受けるもの。
さらに、作り方をマニュアル化できるくらいに作りやすいもの。
さらにさらに、一定の原価で抑えられるもの。
……大変だ。
ずっと考えているせいか、頭が痛くなってきた。
「いっそのこと、原価を気にしなければいいのではありませんか?」
ククルがそんな意見を口にするのだけど……
「それだと、赤字になる可能性が高いからな」
竜友祭の出店で、必ずしも黒字を叩き出さないといけない、という決まりはない。
赤字でもペナルティが課せられることはない。
これはただのお祭りであって、授業というわけではないのだから。
とはいえ、せっかくなら黒字にしたいというのがみんなの意見だ。
大幅な売上を叩き出して、それを使い、打ち上げを楽しみたい。
「原価は多少上げてもいいかもしれないな。その分、集客を増やすことができれば……」
「なかなかに難しいところでありますな……」
「ねえねえ。ボクが竜族の料理を作る、っていうのはどうかな?」
頭を悩ませていると、ユスティーナがそんなアイディアを口にした。
「竜族の……」
「料理……でありますか?」
「うん。普段、ボクたち竜が食べている料理を提供する、っていうのはどうかな?」
俺とククルの視線を受けて、ユスティーナはどことなく得意そうに言う。
竜の料理……それは、これ以上ないくらいの売りになるかもしれない。
ユスティーナがいるからこそ、提供できるメニューだろう。
「……アルト殿は、竜の料理を食べたことは?」
どこか不安を覚えている様子で、ククルがそっと耳打ちしてきた。
同じく小声で応える。
「……いや、食べたことはないな」
「……エルトセルク殿に作ってもらったりしたことは?」
「……ない。ちょくちょく料理は作ってもらっているが、全部、普通の料理だな。普通というか、普段、人が食べ慣れているものだ」
「……どのような料理なのでしょうか?」
「……肉をまるごと焼いて、おいしくできましたー、とか?」
「……豪快ですな」
「二人共……途中から聞こえているよ?」
気がつけば、ユスティーナが近くに。
にっこりと笑っているものの、しかし心は笑っていない。
ごめんなさいと、俺とククルは揃って頭を下げた。
そんな俺たちを見て、ユスティーナはまったく……と吐息をこぼす。
「竜だって、料理はするんだよ? 人間の好みと違うところはあるけど……でも、基本的に味覚は同じなの。だから、すっごく変なものは出てこないよ」
「そうなのか?」
「そうだよ。例えるなら……そう、別の国の料理が出てくるようなもの。人間だって、国によって知らない料理があったり、味付けが違ったりするでしょ? それと同じようなものだよ」
なるほど、実にわかりやすい説明だ。
「とりあえず、試してみればいいんじゃねえか?」
「正直、今は手詰まりの状態だからね。やれることがあるのならば、どんなことでもやっておくといいんじゃないかな?」
グランとテオドールの言う通りだな。
色々な可能性を探ることにしよう。
「じゃあ……ユスティーナ、頼めるか?」
「うん、任せて! ……と言いたいところなんだけど、材料がないよね?」
調理&試食を繰り返したせいか、最初に用意した食材は半分くらい使ってしまった。
野菜などは多少残っているが、肉がほとんどない。
「サラダのレシピもあるけど……どうせなら、お肉の方がいいよね?」
「では、買い出しに行きましょう。まだ予算は問題ないのであります」
「そうだな」
俺、ユスティーナ、ククルの三人で買い出しに行くことに。
グランとテオドール、その他のクラスメイトたちは、一度、片付けをしておくことに。
そんな感じで役割分担がなされて……
俺たちは学院の外に出た。
三人で肩を並べて、街に繋がる道を歩いていく。
「ん~♪」
ユスティーナは鼻歌を歌い、ごきげんだ。
「どうしたんだ?」
「なんだか楽しくて。こんな風に、みんなで協力をして一つのことを進める、っていうことをしたことないから」
「そっか」
「自慢っていうわけじゃないんだけど、ボクたち竜は、大抵のことは自分でなんとかできちゃうからね。だから、誰かと一緒に協力をする、っていうことが少ないんだ。だから、すごく新鮮だよ!」
ユスティーナは、俺を追いかけて山を降りてきたのだけど……
それが許されたのは、もしかしたら、人のことを学ぶという思惑があったのかもしれない。
竜が持っていないものを学び、取り込み、成長する。
もしかしたら、ユスティーナの両親はそんなことを考えているのかもしれない。
ふと、そんなことを思った。
「ところで、なにを買うのでありますか?」
「うーん、そうだなあ……お肉は決定。豚、鳥、牛の三つは欲しいよね。あと、なくなりそうになっていた野菜も……それと、ちょっと特殊な香辛料が欲しいかな」
「けっこうありそうですね。手分けした方が早そうでありますな」
「なら、俺は肉を買うよ」
「じゃあ、ボクは野菜」
「自分は香辛料を探すのであります」
それぞれの役割を決めて、1時間後に合流の約束をして、別行動をとる。
「さて」
俺の役割は肉だ。
ブランドものでなくてはいけない、なんてことはないので、そこらの店で問題ないだろう。
そう思い、街の中心部に足を運んでいると……
「てめえ、このガキ!」
荒々しい声が聞こえてきた。
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