115話 心核
「ところで、お父さん」
「……」
「お父さん?」
「……」
ユスティーナが何度か呼びかけるものの、反応はない。
聞こえていないわけではなくて、あえて応えていないのだろう。
しかし、なぜ?
「ちょっと、お父さん。なんで無視するのさ!」
「お父さん、ではなくて、いつものようにパパと呼んでおくれ」
「……」
心底どうでもいいことを言われた、というような感じで、ユスティーナがジト目になる。
「さあ、ユスティーナちゃん! わしのことを、パパと呼び、慕い、甘えて……」
「お母さん」
「はい」
「ふぐぅ!?」
ユスティーナが母に合図をして……
そして、ゲンコツが落されて、ゴツン! という鈍い音が響いた。
「あまり変なことを言っていると、お母さんにおしおきしてもらうからね?」
「も、もうしているではないか……」
ユスティーナの父は、テーブルに突っ伏すようにして、ピクピクと震えていた。
演技ではなくて、本気で痛がっているようだ。
竜の長をこんな風にしてしまうなんて……
真に頂点に立つ者は、ユスティーナの母ではないだろうか?
女は強し、というところか。
「そ、それで……どうしたんだい?」
「ボクが前にした話、覚えてる?」
「前に……? ふむ、なんのことだい?」
「カルト教団が心核を持っていた、っていう話だよ。ちゃんと報告したでしょ? あれから、けっこうな時間が経っているし……その後の進展はどうなったのかなー、って」
「ふむ、そのことか……」
ちらりと、俺とククルに視線が向けられた。
もしかして、俺たちが同席しているとまずい話なのだろうか?
「席を外しましょうか?」
「……いや、構わぬ。せっかくだ。お前たちにも聞いてもらうことにしよう……特に、フィリアの聖騎士には必要な情報だろう」
「はて?」
自分に必要な情報と言われて、ククルは小首を傾げた。
そもそも……
ククルは、カルト教団が竜の心核を所持していたことを知らないからな。
まずは、その説明をしないといけない。
「……と、いうわけなんだ」
「なるほど、そのようなことが……」
以前、起きた事件を説明すると、ククルが深刻な顔になる。
「まさか、竜の心核をカルト集団が所持していたとは……恐ろしいのであります。それに、前例がある以上、同じことが起きないとも限らないのであります」
「もしかして……ククルは、アベルが心核を手に入れている、とでも?」
「可能性は否定できないのであります。そのことに関して、なにか新しい情報があるのではありませんか?」
ククルはユスティーナの父を見た。
その視線を受けて、ゆっくりと頷く。
「心核は、とても重要なものだ。大きな力を秘めているというだけではなくて、竜の魂そのものだ。竜が死ぬと、その体、魂が一点に収束されて……そして、心核となる。故に、その扱いは慎重に慎重を期しているのだが……」
「盗まれたの?」
「……それはないと思う」
そう言いつつも、ユスティーナの父は、断言できないようだ。
「心核の管理は厳重に行われている。人間が盗み出せるようなものではないし、同族が持ち出すようなことも、普通ならば不可能だ。可能性がないわけではないため、断じることはできぬがな」
「じゃあ、どうして外に流出していたのさ?」
「ここからは推測になるが……おそらく、野生の竜の心核を手に入れたのだろう」
なるほど……と、ユスティーナの父が考えていることを察する。
大半の竜はこの山を根城にしているが……
中には、アルモートの外で生活をしている竜もいる。
その竜が、なにかしらの要因で最期を迎えて……
たまたま、その心核を手に入れたのならば?
強引な推理ではあるものの、しかし、決して可能性はゼロとは言えない。
「ユスティーナちゃんたちが戦った相手は、ドラゴンゾンビだったのだろう? ならば、外の竜の可能性が高い。ドラゴンゾンビになった同胞など、この山では、ここ数百年、出ていないからな」
「ちゃん付けはやめて」
「……」
ユスティーナの塩反応にシュンと落ち込みつつ、話を続ける。
「外にいる同族まで管理しているわけではないからな。もしかしたら、他にもまだ、隠された心核があるかもしれぬ」
「なるほど……それで、自分にも関係ある、というわけでありますか」
ククルはますます厳しい顔になる。
もしも、他に心核が流出していたら?
それをアベルが手にしていて、テロの計画に利用しようとしていたら?
任務の難易度がさらに跳ね上がるだろう。
そのことを心配しているのか、ククルはむうううと難しいうなり声をこぼす。
「確かなことではないが、心に留めておいた方がいいだろう」
「はい。貴重なお話、ありがとうございます」
ククルはぺこりと頭を下げた。
「さて……わしからの話は以上になるが、なにか聞いておきたいことはあるか?」
「ボクは……うーん、もうないかな。アルトとククルは?」
「自分は大丈夫なのであります。ただ、なにかしら事態が進展した場合、またお話を聞ければとは思います」
「うむ。その時は、また訪ねてくるがよい」
「俺も、今は大丈夫だ」
「貴様は訪ねてこなくていいぞ」
「お父さん!」
娘を取られまいとしているせいか、ちょくちょく厳しい言葉が飛んでくる。
年頃の娘を持つ父親は、こんなものなのだろうか?
厳しい言葉は勘弁してほしいものの……
どことなく人間くさいところが感じられて、失礼かもしれないが、親しみを覚えた。
「なら、ゆっくりとお茶をしましょう。それくらいの時間はあるのでしょう?」
「あ、はい」
「いただくのであります」
ユスティーナの母の提案で、お茶会に移行する。
あらかじめ準備していたらしく、すぐにお茶とお菓子が用意された。
みんなでそれを口にしつつ、学院の出来事や日常の話を交わしていく。
俺とククルは人間で、その他は竜。
でも、こうして同じ席に座り、笑顔で話をすることができる。
交友を深めることができる。
どうして、テロリストたちはそのことを理解しようとしないのか?
ふと、そんなことを考えてしまい、なんともいえないやるせなさを覚えた。
「あ、そうそう」
なにかを思い出した様子で、ユスティーナが新しい話題を口にする。
「ところで、お姉ちゃんは?」
「そういえば……ユスティーナには、姉がいるって、いつか言っていたな」
「うん。歳の離れたお姉ちゃんが一人、いるんだ」
「ちなみに、何歳離れているんだ?」
「120歳かな」
スケールが違う。
「フレイシアならば、ここ半年くらい、姿を見せておらぬな……むう」
「フレイシアちゃんのことだから、きっと元気にやっていると思うのだけど……ちょっと心配かしらね」
ユスティーナの父と母は、揃って心配そうな顔をした。
なるほど。
姉の名前は、フレイシアというのか。
「お姉ちゃん、どこに行っているの?」
「武者修行をしてくると言って、ここを飛び出したきりでな……どこにいるのか、さっぱりわからぬのだ」
武者修行……ワイルドな人なのだろうか?
「そっかー……お姉ちゃんに協力してもらったら、けっこう頼もしかったんだけど。あー、でも、顔を合わせるのは……うーん」
「もしかして、ユスティーナはお姉さんが苦手なのか?」
「苦手というか……あー、うん。そう、苦手かも」
たはは、とユスティーナが苦笑する。
「嫌いなんてことはないし、むしろ、大好きなんだけどね。でも、ちょっと困ったところがあって……少し苦手なんだ」
「そうなのか」
「でもでも、すっごく強くて頼りになるんだよ? お母さんの次に強いって言われているし、頭の回転も早いし、それにとても綺麗なの!」
姉のことを語るユスティーナは、とても晴れやかな笑顔を浮かべていた。
なんだかんだ言いつつも、姉のことが大好きなのだろう。
ユスティーナの姉の、フレイシアさん……か。
どんな人なのだろうか?
一度、会ってみたいと思うのだった。
『よかった』『続きが気になる』など思っていただけたら、
評価やブックマークをしていただけると、すごくうれしいです。
よろしくおねがいします!




