114話 二度目の挨拶
男女逆転喫茶という、基本コンセプトは完成。
コスチュームのデザインも決まり、すでに材料を発注した。
材料が届き次第、裁縫が得意なクラスの有志によって、人数分が製作される予定だ。
本当なら、完成品を購入した方が手間がかかることはなくて、楽なのだけど……
さすがに、それだと費用が膨らんでしまうため、自主制作となった。
そのような感じで、竜友祭の準備は着々と進んでいた。
ただ、竜友祭ばかりに集中するわけにはいかない。
ククルの任務である、背教者アベルが企んでいる計画を阻止しないといけない。
まだ確定ではないけれど、学院が狙われるかもしれない。
計画が実行されれば、どれだけの被害になるか。
必ず阻止しないと。
そのために、今、できることをしておこう。
具体的に言うと……竜の協力を得ることだ。
国を揺るがすほどの一大事に発展する可能性が高い。
なので、竜に協力を要請することになったのだけど……
「どうして、俺が交渉役として選ばれるんだ……?」
「まあまあ、いいじゃない」
「重ね重ね、お手数をかけてしまい、もうしわけないのであります」
ユスティーナは呑気に笑い、ククルはすまなそうな顔をする。
竜との交渉は、本来ならば国の高官がするべきものだ。
しかし、俺が選ばれた。
理由は、ごくごく単純なもの。
ユスティーナと親しい俺ならば、有利に交渉を進められるだろう……と判断されたらしい。
あと、金竜章などを授かっていることで名前が知られており、俺ならば、と推す声もちらほらと出てきたらしい。
面倒、なんてことは思わない。
俺にできることがあるのならば、なんでもやりたいと、そう思う。
しかし、プレッシャーが大きい。
もしも交渉に失敗すれば、竜の協力を得られないわけだから……
その時のことを考えると、胃が痛くなる。
「大丈夫だよ、アルト。ボクがいるんだから、無理矢理にでも協力してもらうから」
「ありがとう、ユスティーナ。頼りにしてもいいか?」
「うんっ、うんっ! どんどん頼りにしてね!」
「自分も、なにかできることがあれば、全力で協力するのであります」
ちなみに、ククルも交渉に参加することに。
今回の事件に対して、フィリアと合同で捜査をしているために、大事な交渉に不参加というわけにはいかないようだ。
その辺りは利害だけではなくて、国の面子なども関わってくるらしく……
なかなかに複雑な話だ。
まあ、その辺りの問題は上に任せる。
俺は俺で、竜との交渉を成功させることだけを考えよう。
「そろそろだよな」
竜の住まう山に入り、1時間ほどが経っただろうか?
交渉の相手は、竜の長。
その正体は、ユスティーナの父親だ。
一度、挨拶をしたことがあるのだけど……
あれから、それなりの時間が経っている。
俺のこと、覚えてもらっているだろうか?
小さな不安を覚えつつも、ユスティーナの家に移動した。
――――――――――
「我の眠りを妨げる小さき者よ……その愚かさ、身を持って悔いるがいい!」
「お父さん……ものすごくうざい」
「ものすごく……!?」
家に到着すると、さっそくユスティーナの父に出迎えられた。
以前、顔を合わせた時と同じように脅かされるのだけど……
ユスティーナのジト目と冷たい言葉によってノックアウトされて、地面の上を転がり悶える。
「どうして、アルトが来る度に、脅かそうとするのかなあ……ボク、お父さんの娘であることが恥ずかしくなってきたよ」
「はず……!?」
辛辣な言葉を立て続けに浴びせられて、ユスティーナの父は、受けたショックを表現するように体をビクンと震わせた。
巨体が暴れ、地響きが鳴る。
「おぉ……この迫力、この圧力……さすが、神竜でありますな」
ククルは、純粋に感心していた。
そんな彼女の反応を快く思ったらしく、ユスティーナの父は立ち上がり、再び胸を張る。
「ほう……そこの小娘よ。お前とは初対面ではあるが、なかなかに話がわかるではないか。褒めてやろう」
「はっ、ありがたき幸せであります!」
「ちなみに、お前はユスティーナの友達か? 普通の友達だな? 性別を超えた特別な感情なんて抱いていないな? ユスティーナちゃんは天使のようにかわいいから、そう思うのも無理はない。しかし、ユスティーナちゃんは嫁に出さないぞ。諦めてぐほぉっ!?」
「なにを馬鹿なことを言っているのですか、グレイシア」
ユスティーナの母が現れて、よくわからないことを口走る父の頭をおもいきり殴りつけた。
巨体が地に伏して、地面が震える。
「今日は馬鹿な話をしているヒマはないんですよ。事前に軽い連絡があったから、そのことはわかっていますよね?」
「スミマセンデシタ」
ユスティーナの父は、ダラダラと汗を流して謝罪した。
母は強し、というべきか?
いや。
この場合は、尻に敷かれている……か。
――――――――――
その後、俺たちは奥に案内された。
奥は人間サイズの部屋があり、そこで交渉に挑むことになる。
ユスティーナの両親も人間に変身してもらい……
話を始める準備が整う。
「忙しい中、貴重な時間を割いていただき、ありがとうございます」
「ふん、まったくだ。お前のせいで、貴重な時間が失われていることを……」
「……お父さん?」
「……あなた?」
「ナンデモアリマセン」
娘と妻に睨まれたユスティーナの父は、すぐに前言撤回した。
父というものは、永遠に娘と妻には逆らえない。
そんな家庭の姿を垣間見たような気がした。
「アルト殿は挨拶を済ませているようなので、まずは、自分が」
ククルは綺麗に一礼して、丁寧に言う。
「自分は、ククル・ミストレッジと申します。聖フィリアに所属する、聖騎士であります。今回、アルモートに入り込んだ犯罪者を追い……また、その犯罪者が計画するテロを阻止するために、この国にやってきたのであります」
「あら、これはご丁寧に。私は、アルマ・エルトセルク。こちらは、グレイシア・エルトセルクよ」
ユスティーナの母は、笑顔で応える。
柔らかい態度を見せていることから、しっかりとしたククルのことを気に入ったらしい。
「ふん……それで、話というのは?」
「あらかじめ、国から簡単な説明は受けていると思いますが……ククルが追う犯罪者がテロを企んでいる可能性があります。それを防ぐために、竜の力を貸してください」
「力を貸せと言うが、どのようなことを望む?」
「犯罪者の居場所の特定や、テロの計画の内容……そういうことは、俺たちが突き止めることになります。ただ、全てが完璧にいくとは限りません。敵の計画を許してしまう可能性もあります。そういった場合などには、武力行使が必要になるはず。その時に、力を貸してほしいです」
「我ら竜の力を借りたい、というわけか」
考えるような仕草をした後、ユスティーナの父がゆっくりと口を開く。
「……いいだろう。有事の際には、我ら竜の力を貸そう」
「ありがとうございます」
「ただし、次があるかどうか、それはわからないがな」
「それは、どういう意味ですか……?」
「聞けば、その犯罪者とやらは、我ら竜の排斥が目的というではないか。その犯罪者だけではなくて、アルモートの中にも、竜の排斥を謳う者がいる。同盟を結んではいるものの……そのようなことを続ける人間に対して、我ら竜がいつまでも力を貸すと思うか? 敵視してくる相手を、わざわざ助けると思うか?」
「それは……」
その言葉は至極まっとうなものであり……
反論することができず、なにも言えなくなってしまう。
長年、竜との友好を築いてきたアルモートだけど……
ここ最近の事件によって、その信頼関係にヒビが入り始めていた。
テロリストたちの狙い通りになってしまっている。
今すぐに、という雰囲気ではないが……
このままだと、将来、竜との同盟関係が破綻してしまうかもしれない。
これは、由々しき事態だ。
すぐに、国の高官……あるいは、直接、王に報告しないといけないだろう。
そんな危機感を覚えるのだけど……
「お父さんって、そんなつまらないことを考えていたの?」
ユスティーナが真っ向から異論を唱える。
「確かに、ボクたちのことを嫌いっていう人間はいるよ? でもね……ちゃんと、ボクたちのことを好きって言ってくれる人間もいるんだからね」
「む……」
「ボク、たくさん友達ができたんだ。ククルもその一人。それと……好きな人もできたの、えへへ」
ユスティーナは頬を染めつつ、ちらりとこちらを見る。
「悪いことは印象に残りやすくて、目立つっていうのはわかるけど……でも、そのせいで他の良いところを見逃していたら、どうしようもないよ」
「それは……」
「悪い人間なんて一部だけ。他の大半は、みんな良い人だよ。ボクはそう思っている。確信している。だから……ボクはこれまでもこれからも、人間と一緒にいるよ」
「……」
ユスティーナの言葉を受けて、なんとも言えない顔になる。
驚いているような、喜んでいるような。
驚きはわかるのだけど……
なぜ、喜んでいるのだろうか?
もしかして、娘の意外な成長を喜んでいるのだろうか?
「……大きくなったな、ユスティーナよ」
「ふふーん、子供は放っておいても成長するものなんだからね」
「アルト……それと、ククルよ」
初めて名前を呼んでもらい、緊張してしまう。
そんな俺に、ユスティーナの父は……ゆっくりと頭を下げた。
「これからも、娘をよろしく頼む」
「はい!」
「はいであります!」
俺とククルは、揃って頷いてみせるのだった。
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