113話 闇の語らい
複雑に入り組んだ路地を通り抜けた先に、小さな酒場がある。
隠れ家的な人気店……などということはなくて、単なる寂れた酒場だ。
表通りの地価は高く、仕方なく安い裏路地に出店したという理由。
開店当初はやる気を見せていた店主も、時間と共に情熱は失われて……
今は惰性で店を続けているだけになっていた。
「いらっ……しゃい?」
店の扉が開いてベルが鳴る。
そちらに目を向けた店主は、思わず言葉をつまらせた。
子供だ。
前期課程を終了させたくらいに見えるから、12歳ほどだろうか?
黄金を連想させるような綺麗な髪と、とろけるような甘いマスク。
まだ幼いながらも、将来は女泣かせになることが容易に想像できた。
そんな容姿とは正反対に、着ているものはごくごく普通のものだ。
服飾店で安売りされているようなもので、特筆することはない。
そんなものではあるが、少年が着ると、とても様になった。
彼の姿を見た人は、きっと真似をするだろう。
もしかしたら、来年の流行になるかもしれない。
容姿端麗な少年は、ともすれば貴族に見える。
しかし、彼は一人だ。
お供を連れていないし、護衛も連れていない。
そんな状態で、裏路地の奥にある酒場に姿を見せた。
店主は厄介事の予感を覚えるが……
「……注文は?」
ここで追い返す方が面倒になると思い、そのまま少年を店に入れた。
さすがに酒を注文すれば、断るものの、それ以外ならばなにをしてもいいと思う。
「果実を使ったドリンクとかはある?」
「あるよ。サイズは?」
「一番大きいもので。あと、甘いものは?」
「うちは酒場なんだけどな……適当な菓子でよければ」
「おー、いいねいいね。適当に言ってみたんだけど、まさか本当にあるなんて。それ、全部ちょうだい。僕、甘いもの好きなんだよねー」
少年はドリンクとお菓子を手に、店の奥に消えた。
カウンターに座らないところを見ると、誰かと待ち合わせをしているのだろう。
店の奥を選んだのも、人目を避けるため、会話を聞かれないためという思惑があるようだ。
明らかに異質な客ではあるが……
「……まあ、どうでもいいさ」
店を壊されたりしなければ、どんなことをしても構わない。
そんな考えに至り、店主は少年のことを考えるのを止めた。
――――――――――
「やあ」
少年……背教者アベルは甘いドリンクを飲んで、甘いお菓子で口をいっぱいにしつつ、来訪者に笑顔を向けた。
そんなアベルを見て、イヴと呼ばれている女性はため息をこぼす。
「なにをしているのですか?」
「見ての通りだけど?」
「今日は、あなたの誕生日を祝いに来たわけではないのですが?」
「おぉ、僕の誕生日を覚えてくれていたんだ。いやー、うれしいねぇ。ありがとう、ありがとう。で、プレゼントは?」
「そのようなものはありません」
憮然とした表情で言いつつ、イヴはアベルの対面に座る。
それから、入店すると同時に注文しておいた、アルコール度数の低い酒をテーブルの上に置いた。
それを見たアベルが、ニヤニヤと笑う。
「なーんだ、キミも酒を注文してるじゃん。僕だけあれこれ言われるの、納得いかないんだけどー」
「酒場に来ているのですから、なにも注文しないわけにはいかないでしょう。ここは、公園などではないのですよ」
「相変わらず固いねー」
「あなたが適当すぎるのです」
イヴは苦い顔で言いつつ、ドリンクを口に運ぶ。
ほのかに香る果実の匂いとアルコールの感覚に、わずかに心が満たされる。
そうして落ち着いたところで、本題に入る。
「それで……例の計画は、どのような感じですか?」
「いい感じに煮詰まっているよ」
アベルは楽しそうに笑い、報告をする。
「人は、2000ちょいかな? もちろん練度の差はあって、そこはバラバラだけど……まあ、キミが求めている最低水準は満たしているよ。そこは安心してほしい」
「それだけですか?」
「なわけないじゃん。あと、魔物を使う傭兵団を五つほど。こっちは、総勢で100にも満たないかな。ただ、その分、練度は比べ物にならないから、期待していいよ」
「もう少し、戦力が欲しいところですね」
「まだまだあるよ。あとは、魔物が3万ちょい、ってところかな」
「魔物を? しかも、3万……まるでスタンピードですね。そのような数を、いったい、どのようにして用意を?」
「遺産を使ったんだよ」
「なるほど」
その一言で、イヴは簡単に納得してしまう。
「まあ、完全にコントロールできるわけじゃないから、ある種、スタンピードと似てるかもしれないね。それなりに犠牲が出るかもしれないけど……まあ、仕方ないよね。僕らの宿願のためだ。大義の前に犠牲は必要、ってね」
命を奪うかもしれないという話をしていながらも、それを、仕方ないの一言で済ませてしまう。
しかも、笑いながら。
アベルの性格がよく現れていた。
「計画の概要を今一度確認しておきたいのですが……構いませんか?」
「うん、問題ないよ。まず、2000人ちょいの駒と魔物で陽動をしかけて、憲兵隊と竜騎士を誘い出す。全部は無理だろうけど、8割くらいは引き出せるだろうね。で、残りの傭兵団で竜騎士学院を潰す。作戦としては、いたってシンプルなものだね」
「ふむ、悪くはありませんが……もう一手、欲しいところですね」
「なんだよー、僕の力を疑ってるわけ?」
「そうではありませんが……フィリアから聖騎士が数人、派遣されていると聞きます。敵に回したら厄介ではありませんか?」
「うーん、聖騎士か……確かに、そいつは厄介だね」
「でしょう? だからこそ、ダメ押しとなる一手が欲しいのですが……」
今回の作戦は、数年も前から計画されていたものだ。
実行に移ったのはアベルの手腕によるものが大きいが……
根本的な計画は前々から立案されており、そのための準備も、長い年月をかけて進められていた。
故に、絶対に失敗できない。
失敗するようなことがあれば、アベルとイヴが所属する組織……『リベリオン』にとって大きな打撃となってしまう。
「あっ、良いこと思いついた」
アベルが楽しそうな顔になった。
子供のように無邪気で……
子供特有の残虐性が秘められていた。
「どのようなことですか?」
「例の実験、ほぼほぼ成功しているよね? だから、竜を利用しよう」
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