11話 よろしくね
「ただいまー」
30分くらいして、ユスティーナが戻ってきた。
セドリックは……いない。
ユスティーナ一人だけだ。
「えっと……セドリックは?」
「残念だけど、半殺しでやめておいたよ」
残念なのか……
ユスティーナって、意外とバイオレンスだな。
「二度とアルトに関わらないって約束させたし、学院も辞めるって言ってたから、あいつに絡まれることはないと思うよ。徹底的に教育してあげたから、約束を破ることもないと思う」
どんな教育をしたのやら……
「えへへー」
ユスティーナは笑みを浮かべながら、じっとこちらを見つめてきた。
どことなく褒めてほしそうだ。
もしも犬のように尻尾が生えていたら、ぶんぶんと横に振っていただろう。
「えっと……ありがとな」
「うんっ!」
その言葉を待っていたというように、ユスティーナはとてもうれしそうな顔をした。
竜というか、わんこみたいだ。
「しかし……セドリックのことが気になるな。放置してるのか? 治癒院に連れて行かないで大丈夫か?」
「もう、アルトったら。こんな時なのに、ボクのことじゃなくて、あんなどうでもいいやつのことを気にするなんて」
「そう言われてもな……」
「でもでも、あんなやつを心配してあげるなんて、アルトは優しいね。うんうん。アルトがそういう人で、ボク、すごくうれしいよ」
「セドリックのことは欠片も気にしてないが、死んだりしたら、さすがにユスティーナに問題が降りかかるだろうから」
「ボクのことを心配してくれているの!? えへっ、えへへへ……アルトに心配されちゃった。きゃあきゃあ♪」
「俺が心配するのも、なんか違うというか、身の程を知らないというか……無意味かもしれないけどな」
「そんなことないよ! ボク、すごくうれしいよ」
ウソはないと証明するように、ユスティーナの頬は朱色に染まっている。
「あいつのことなら心配いらないよ。他の連中と一緒に、そこらに転がしておいたよ。全力で泣いて懇願されたから、アイツの家に連絡してあげたから、たぶん、もう少ししたら迎えが来るんじゃないかな?」
「そっか。なら、いいか……って、あ、あれ?」
ふと、足から力が抜けていく。
立っていることができず、その場に座り込んでしまう。
「どうしたの、アルト!? 大丈夫!?」
「あー、いや……なんていうか……色々と安心したら、急に体の力が抜けて」
ユスティーナを頼りにしてしまったけれど……
もうセドリックに怯える必要はない。
地獄のような日々は終わりを迎えた。
明日からは普通の生活を送ることができる。
今更、クラスにうまく溶け込めるかどうか、それはわからないが……
今までと比べれば、数千倍マシだろう。
そういう風に考えたら、体も心も軽くなって……
一気に気が抜けてしまった。
そんな俺の気持ちを察したらしく、ユスティーナは女神のように優しい顔になる。
そのまま、最初に会った時と同じように、俺のことを胸に抱きしめる。
「がんばったね、アルト。すごいと思うよ。えらい、えらい」
「……なんか、子供扱いしてないか?」
「そんなことないよ。ボクはアルトのこと、本当にすごいと思っているよ」
「そっか」
なんというか……こそばゆい。
正体が竜とはいえ、人の時は俺よりも小さくて……
そして、こんなにかわいい女の子に慰めてもらえるなんて。
照れくさいのだけど……
でも、悪い気分でもないという、複雑な気分だ。
「どうしたの、アルト?」
「……いや、なにも」
「そっか」
「その……もうちょっと、このままでいいか?」
「アルトが望むのならいくらでも」
ついつい流されてしまい……
ユスティーナの温もりをいっぱいに感じるのだった。
――――――――――
ユスティーナと一緒に夜の空の下を歩く。
目的地は、もちろん学院の寮なのだけど……
せっかくなので夜の散歩をしようということになり、少し遠回りしていた。
「ありがとな」
「え?」
ユスティーナがきょとんとした。
なんのことか理解していないみたいだ。
「セドリックのことだよ。完全に頼り切りになって申し訳ないし、男として情けなくもあるが……おかげで、ヤツから解放された。ありがとう」
「どういたしまして……って言いたいところだけど、ボクは大したことしてないよ」
「そんなことないだろ。ユスティーナがいなかったら、俺は、セドリックに奴隷のような扱いをずっとされていたと思う」
「んー……ボクは、ホントに大したことはしていないよ? アルトの背中をちょこんと押しただけ」
手を軽く前にやり、ユスティーナは背中を押す仕草をしてみせた。
「アルトは強いよ」
「いや、弱いさ。大した力は持っていない」
「そうじゃなくて、心の強さのこと」
ユスティーナが立ち止まり、俺の手を取る。
手を包み込むようにして、温もりが伝えられる。
どうしてだろう?
ドキドキするよりも先に、すごく安心することができた。
「アルトは強いよ。ボクのことを助けに来てくれた。セドリックと戦った。本当に弱い人だったら、そんなことはできないよ」
「それは……」
「遅かれ早かれ、アルトは自分で現状を打破していたと思うよ。ボクは、たまたま現状を打破する前にやってきて、ちょこんとその背中を押したの。ただ、それだけ」
「そんなことは……」
「何度でも言うよ? アルトは強いよ。わかりやすく言うと、悪に打ち勝つ強い心を持っている。他の人はなかなか得ることができない、強い力だよ」
ユスティーナにそう言われると、そうなのかも……と思ってしまう。
我ながら安直だ。
でも……
ある程度、ほんの少しではあるが、自信を持つことができた。
いじめられていたとしても、その時間は無駄にはならない、って……
これから前を向いていけばいい、って……
そう思い、歩いていくことができそうだ。
「ただ……やっぱり、ユスティーナに助けてもらったことが大きいな。ユスティーナがいなかったら、俺は変わっていないと思うから……ありがとう」
「もう。話が堂々巡りだよ」
「悪い。でも、この結論だけは変えられそうにない」
「アルトの頑固者。でも……そういうところがアルトらしいのかもね。うん。ボクが好きになったアルトは、やっぱり格好いいよ♪」
「……」
「ふふっ、照れた?」
「わかっているのなら、好きとか言わないでくれ……」
「それは聞けないよー。ボクはアルトに振り向いてもらうために、たくさんアピールしないといけないんだから」
「ははっ……それは大変だな」
「他人事みたいに言わないでよー」
ユスティーナが膨れて、続けて笑い……
俺も笑う。
「それにしても……ふぅううう、よかったぁ」
ふと、ユスティーナが大きな吐息をこぼした。
緊張が解けたような感じで、どことなくぐったりとしていた。
「どうしたんだ?」
「ボク、アルトの迷惑なってないかなー、って内心ではヒヤヒヤしてて……でもでも、そんなことはなさそうだから安心して……今更になって、色々な感情がドッと押し寄せてきた感じかな」
「なんで、迷惑とかそういう話になるんだ?」
「いやー、そのー……かなり強引に押しかけているし? 全校生徒の前で告白とか、下手したらアルトに迷惑をかけていたし? あの男のこととか、それなりに暴れちゃったし? 冷静になって考えると、怒らせる要素満載かなー……なんて」
こちらの感情をうかがうような感じで、ユスティーナはチラチラと視線をよこした。
大胆不敵で王者の風格を漂わせることもあれば、いたずらをした犬のような反応を見せたり……
色々な顔を持つ子だな。
でも、だからこそユスティーナは魅力的で……
その笑顔に惹かれてしまう。
優しい心に癒やされてしまう。
この感情がどういうものなのか、まだ断定することはできないけれど……
これからもユスティーナと一緒にいたいと思った。
「俺はなにも気にしていない。むしろ、何度も言っているけれど、感謝しかないさ」
「うん。みたいだね。よかったよー」
「なあ、ユスティーナ」
そっと手を差し出した。
それを見て、ユスティーナがきょとんとする。
「これは?」
「なんていうかな……これからよろしく、の握手?」
「なにそれ?」
くすり、とユスティーナが笑う。
笑われても仕方ないか。
俺も、自分でなにを言っているかよくわかっていない。
「昼休み、話したことをまたという感じなのだけど……俺は、ユスティーナの隣にいたいと思うよ。俺たちの関係性がどうなるか、それはわからないけど……今は、一緒の道を歩いていきたいと思う」
「……アルト……」
「だから、改めてこうしたかったんだ」
ユスティーナは、感動するように瞳を潤ませて……
次の瞬間、太陽のような明るい笑みを浮かべて、俺の手を握り返した。
「ありがとう、アルト。ボク、アルトと出会ってよかった。アルトを好きになってよかった。ボクたちの関係はどうなるか、それはわからないけど……でも、この気持ちは、未来永劫ずっと変わらないよ」
「俺もだ」
「改めて……これからよろしくね!」
しっかりと手を握りながら……
ユスティーナは、今日一番の笑顔を見せるのだった。
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