107話 二学期開始
「……ト……」
声が聞こえる。
その声に引っ張られるように、暗闇の底に沈んでいた意識がゆっくりと浮上する。
ほどなくしたところで、光が差し込む。
光が闇を払い、眠っていた意識を完全に覚醒させた。
「アールート、朝だよー。アルト、起きてー」
「う……ん?」
目を開けると、すぐそこにユスティーナの顔が。
俺が寝ているベッドを覗き込んでいるらしい。
「あっ、起きた? おはよう、アルト♪」
「……おはよう」
「ほら、今日はいい天気だよ」
ユスティーナの手でカーテンが開けられており、そこから青い空と輝く太陽が見えた。
俺は体を起こしつつ、口を開く。
「悪い、寝坊したか……?」
「ううん、そんなことないよ。ボク、いつもよりちょっと早く起きちゃったから」
「そうなのか?」
「今日から学校じゃない? なんだかわくわくしちゃって。実は、夜もあまり眠れなかったんだよね、えへへ」
遠足を楽しみにする子供のようだ。
「学校を楽しみにする、っていうのは珍しいな」
「そうなの?」
「グランなんかは、もっと休みが続いてくれ、とか言いそうじゃないか?」
「ふふっ、確かに」
「俺も、子供の頃は勉強をめんどくさく思っていたからな」
「今も?」
「いや。今は、わりと楽しみにしているな」
竜騎士を目指しているため、学院に通い、己を鍛えたいという思いがある。
それに、昔と違い、今は友達がいる。
夏季休暇の間、顔を合わせることのなかったクラスメイトと会うのも楽しみだし……
今は色々な意味で、学院に通うことを楽しみにしていた。
「ごはん、もうできているよ。今日はアルトの好きなパンケーキだからね♪」
「いつもありがとう」
「ううん、ボクが好きでやっていることだから。それに、アルトはおいしそうに食べてくれるから、すごく作り甲斐があるんだよね。あとあと、やっぱり、大好きな人のためになにかできるっていうことは、うれしいんだ」
「……そっか」
大好きという言葉に、なんともいえない感情を抱いた。
ユスティーナと知り合い、数ヶ月。
出会って間もなく好意を告げられているから、数ヶ月も待たせていることになる。
そろそろ答えを出した方がいいのでは? と思うのだけど……
未だ、俺の心はハッキリと定まっていない。
さて、どうしたものか?
――――――――――
「おはよう」
「あっ、アルト君、エルトセルクさん。おはよー」
「おっす、元気にしてたか?」
教室に入ると、クラスメイトたちが笑顔で挨拶をしてくれる。
一学期とは大違いだ。
あの頃は、みんなセドリックに振り回されて、今のように教室が笑顔で満たされることはなかった。
でも、今は違う。
楽しそうな笑顔が普通に出ている。
一人いないだけで、ここまで違いが出るなんて……妙な気分になってしまう。
もしも、ユスティーナと出会っていなかったら?
そんなことを考えた。
「よっ、アルト」
ぼんっと肩を叩かれて振り返ると、グランの姿があった。
相変わらず力が強い。
「おはよう、グラン」
「おっす。って……なんか、楽しそうな顔してるな? なんか良いことでもあったのか?」
「特にはないが……いや、そうだな。今、あったのかもしれない」
学校で友達と会う。
ユスティーナの言う通り、これはこれで楽しいことかもしれなかった。
「そういえば、ジニーは一緒じゃないのか?」
「いつも一緒にいると思われてもな」
「一緒じゃないの? グランってば、いつもジニーに起こされているイメージなんだけど」
「うぐっ」
ユスティーナのツッコミは正解だったらしく、グランがなんともいえない顔になる。
あはは、と笑いつつ、彼女は言葉を重ねる。
「それで、ジニーは?」
「さあな。なんか、数日前から姿を消してるんだよ」
「え? それ、大丈夫なの?」
「ちゃんと、出かけてきます、っていう書き置きと伝言があったから大丈夫……だと思う。さすがに、学院をサボることはしないと思うから、もうすぐ来るんじゃないか?」
さすが双子というべきか。
そんなグランの言葉は、見事に的中することになり……
「あわわわっ、やばいやばい!」
「な、なんとか間に合いましたわ!」
授業が始まる5分前になったところで、ジニーとアレクシアが教室に飛び込んできた。
すでにほとんどの生徒は席に着いているため、二人に視線が集中する。
「あ、あはは……おはよ」
「お、おはようございます」
二人は気まずそうにしつつ、それぞれの席に移動した。
そんな二人を見て、隣のユスティーナが小声で言う。
「ねえねえ、アルト。ジニーはともかく、アレクシアも遅刻しそうになるなんて珍しいね」
「ジニーはともかく、って……そんなこと言うと、怒られるぞ?」
「あわわ。な、内緒にしておいてね?」
「わかった……と、言いたいところだが、遅かったらしい」
「え?」
「あうあう!」
いつの間にか、ノルンがジニーのところに向かい、告げ口をしていた。
あうあうとしか言っていないのだけど、そのニュアンスと手振り身振りから内容はなんとなく理解したらしく、ジニーがにっこりとした笑顔をユスティーナに向ける。
「ひゃ!?」
がくがくと震える。
「あ、アルト……ジニーが怖いよ。人間なのに、あんな迫力を出すなんて……」
「身から出た錆ということで、結果を受け止めるしかないな」
「そんなぁ……っていうか、ノルンも告げ口をするなんてぇ……うううぅ」
がくりとうなだれるユスティーナを見て、周囲がクスクスと笑う。
思えば、俺だけじゃなくて彼女も、かなりクラスに馴染んだと思う。
竜だからなのか、最初は少し遠巻きに見られていたが……
今はそんなことはなくて、誰もが気さくに声をかけている。
平和だ。
ついついそんなことを思ってしまう。
「はい、おはようございます」
ほどなくして先生が姿を見せた。
こうして、今日から、いつも通りの学院生活が再開する。
……なんてことを思っていたのだけど、いつも通りではなかった。
「今日は、まず最初に連絡事項があります。実は……うちのクラスに転校生がやってきました」
転校生の言葉に、クラスメイトたちがざわついた。
男? 女?
かわいい? かっこいい?
色々な言葉が飛び交う。
先生は少し様子を見た後、パンパンと手を叩いて静かにさせる。
それから、扉の方を見て言う。
「それじゃあ、どうぞ」
「はい、なのであります!」
扉が開いて姿を見せたのは……ククルだった。