105話 秘密の同盟
「……と、いうわけですわ!」
夜。
学院の寮のアレクシアの部屋に、ジニーが招かれた。
夏季休暇も終わりに近い中、どんな話があるのだろうか?
ジニーは緊張しつつ、アレクシアの部屋を尋ねたのだけど……
「今日、アルトさまはエルトセルクさんと一緒にデートを……! 二人とも、とても楽しそうな様子で……今日一日で、かなり接近してしまったと思われますわ」
「むむむ」
そんな話を聞かされることになり、ジニーは悩ましげな声をこぼした。
アルトに対して甘い想いを抱いていることは認めたことであり、そういう点では、アレクシアは仲間だ。
同士だ。
夏季休暇を終えた後……
こうして、二人はちょくちょくと顔を合わせて、対アルト、対ユスティーナについて語り合っていた。
恋の戦いは、今のところ、ユスティーナが一歩抜き出ている。
それが二人の正直な感想だ。
このままでは、さらに引き離されるかもしれないし、気がついたらゴールされていた、なんてこともありえる。
それだけは阻止しなければいけない。
アレクシアとジニーもまたライバル同士ではあるが、利害の一致により、協力関係を結ぶことになったのだ。
「まずいわね。こんな時に、二人でデートなんて……くっ、やっぱり、この前の勉強会の時、あたしも行くとか言って邪魔しておけば……!」
「でも、さすがにそれは申し訳なくありませんか? エルトセルクさんのあのキラキラ笑顔を見ていると、どうにもこうにも、邪魔したくないという気持ちに……」
「そうなのよねー……あれ、反則よね」
恋のライバルではあるものの、二人はユスティーナのことが好きだ。
とても大事な友達だと思っている。
故に、ライバルでありながら恋を応援してしまうという、矛盾した状態に陥ってしまっているのだった。
「でも……アルトさまのことに関しては、最終的にエルトセルクさんと対立したとしても、譲ることはできませんわ」
アレクシアは強い意思を言葉に秘めて、言う。
そうすることで、改めて覚悟を示しているみたいだった。
「ジニーさんは、どうですか?」
「あたしは……うん、あたしもそうかも」
アレクシアは、本音を知っている数少ない同性の友達だ。
というか、アレクシア以外で知られているのはユスティーナしかいない。
そんな彼女にならば、素直になることができる。
ジニーはコクリと頷いで、己の胸の内の想いを言葉にする。
「あたしも、負けたくないかな。アルト君が初恋で……初恋は実らないとか言うけど、でも、絶対に実らせてやるとか思っているし……あー、つまり……まとまりがないことを言ってるけど、おとなしく見送るなんてことはできないわ」
「ふふっ、それでこそですわ」
ライバルが一人増えたというのに、アレクシアはうれしそうだった。
ジニーはライバルでもあるが、それ以前に友達なのだ。
だから、やる気を出してくれたことは素直にうれしい。
「アルト君に対するアピールは……まあ、これからやっていけばいいと思うんだよね。ちょっと出遅れた感はあるけど、まだ逆転は可能だと思うの」
「そうですね……アルトさまは、エルトセルクさんのことを好いてはいますが、それはまだ恋愛感情ではない様子。友人として、ですわね」
「そういうこと。だから、ここであたしらが女の子らしさをアピールすれば……」
「逆転ですわね!」
「ただ……」
ジニーが顔を曇らせる。
「それだけじゃダメだと思うのよね」
「と、いうと?」
「自分で言うと凹んでくるんだけど……あたしがアルト君にふさわしいかって言うと、そうじゃないと思うのよね。釣り合っていないわ」
「どうして、そう思うのですか?」
「色々なところで劣っているもの」
竜との仲に亀裂を入れようとするカルト集団を見つけ、ドラゴンゾンビを討伐。
操られていたノルンとテオドールを助ける。
コルシアで暗躍していた領主とその手下を突き止め、捕縛。
それらの功績を讃えられて、アルトは複数の叙勲を授かり……
15歳とは思えない活躍っぷりだ。
ジニーも勲章を授かっている。
負けず劣らずに活躍をしているが……
ただ、その実力が同じかと問われると、言葉に詰まってしまう。
明確な実力差を感じたのは、ゼノと戦った時だ。
アルトはユスティーナと一緒に最後まで食らいついていたが、ジニーは早々に脱落してしまった。
その時のことを今も悔しく思い、そして、心の影となっている。
そのことを話すと、アレクシアが賛同する。
「私も、同じようなことを考えていました」
「アレクシアも?」
「はい。アルトさまに対する想いは、エルトセルクさんに負けているつもりはありません。しかし、その隣に立つ努力を十分にしているかどうか、そこは……正直、怪しいですわ」
「そこなんだよね……」
アルトはこれからも前を向いて歩き、どんどん強くなっていくだろう。
近くにいると、そのことがよくわかる。
アルトは見習い竜騎士で収まるような立場ではない。
これから先、正規の竜騎士に昇格するだろうし……
その後も、色々な活躍をするだろう。
それこそ、おとぎ話に出てくるような英雄になるかもしれない。
そんなアルトの隣に立つには、それなりの努力が必要だ。
なにもしない者が対等に扱われることはない。
アルトは立場などは気にしないだろうが……
こちらが気にするのだ。
好きな人と一緒にいたく、対等でありたいと願う。
それは、恋する女の子なら当たり前の考えだ。
ずっと一緒にいたいと思うからこそ、同じ立場でありたいのだ。
「あたしたち、ぜんぜん力が足りてないわよね……」
「そうですわね……」
現実を直視して、二人は暗い顔になる。
しかし、それも少しの間だけ。
すぐに瞳を燃やして、やる気とガッツを表情に乗せる。
「でも、足りていないのなら身につければいいだけ!」
「特訓、ですわね!」
ジニーとアレクシアは互いの目を見て、がしっと力強く握手を交わした。
二人の思惑は、これ以上ないほど綺麗に一致。
ならば、やるべきことも一緒に行う。
「夏季休暇、残りどれくらいだっけ?」
「あと数日、というところですわね」
「その数日で、できるだけレベルアップしておきたいわよね」
学院が再開されれば、色々な授業が始まる。
二学期からは、一学期に行われなかった授業も行われる。
つまり……
それらの授業を受けたアルトがさらに強くなり、今まで以上に差が開いてしまう可能性があった。
なので、今この時点で、できるだけ差は埋めておきたい。
「強くなるための方法、強くなるための方法……」
「さすがに、そんな簡単に思い浮かびませんわね……」
「いっそ、山ごもりでもする?」
「それですわ!」
「えっ」
ジニーは冗談で言うのだけど、アレクシアは真に受けたみたいだ。
ナイスアイディアと言うように、目をキラキラとさせている。
「本気……?」
「本気ですわ。聞けば、アルトさまは、エルトセルクさんに竜の枷なるものを授けられているとのこと」
「あ、それ、いつだったかあたしも聞いたことあるわ。確か、重力が倍になったりするのよね?」
「実は、山にある遺跡に、そのような効果を得られる遺跡があるのです。特殊な機構になっていて、遺跡内部の重力が増しているとか」
「なるほど……そこで特訓をすれば、アルト君ほどとまではいかなくても、あたしたちもそれなりにレベルアップできるはず」
「そういうことですわ」
「でも、山って竜の管轄よね? 勝手に入って問題ないの?」
「そこは、私の家の力で」
「さすが五大貴族……」
ついつい呆れてしまうが、しかし、頼もしくもあった。
アレクシアのおかげで、身になる特訓ができる。
アルトとの間に開いている大きな差を、少しでも埋めることができるかもしれない。
そう考えた二人は、とんでもないやる気を出した。
「がんばりましょう、アレクシア!」
「ええ、ジニーさん!」
こうして、恋する乙女は同盟を結ぶのだった。