104話 夏休みの思い出
考えてみれば、ユスティーナと二人きりで遊んだことはない。
出かける時は、大抵、誰かが傍にいたような気がする。
いつも、もどかしい思いをさせていたとしたら、それは素直に申し訳ないと思う。
そうして反省するのならば、早くユスティーナの想いに返事をしろと言われるところだろうが……そこは勘弁してほしい。
恥ずかしい話ではあるが、俺の心はまだ定まっていないのだ。
なので……
せめてもの償いとして、ユスティーナの希望に応えたいと思った。
「アルト、おまたせ!」
街の広場にある噴水の前で待機していると、パタパタとユスティーナが駆けてきた。
今まで見たことのないオシャレな服を着ていて、普通にかわいいと思う。
一瞬、誰なのか? と迷ってしまったほどだ。
「待った?」
「いや、大したことじゃない。それよりも、別々に出る必要はあったのか? 部屋は同じなのだから、一緒に出た方が効率が……」
「あーもう、わかってないなー、アルトは。この待ち合わせが、デートの醍醐味なんじゃない」
「そう……なのか?」
「そうだよ。待っている方は、これからのデートのことを色々と考えることができるし……向かう方は、やっぱり同じように、これからのことを考えることができるんだよ。そうやって、一人になっておく時間も必要なの!」
「むう……デートは奥が深いな」
俺は、まだまだ未熟者みたいだ。
もっと精進しなければ。
「ところで、その……どうかな? アルト、なにか気づいたことない?」
ユスティーナが軽く頬を染めて、もじもじとこちらを見る。
こころなしか、衣服をアピールしているみたいだ。
「その服、新しく買ったものなのか?」
「う、うん! そうだよっ、気づいてくれたの?」
「さすがにな。うん。とてもよく似合っていると思う。いつもの倍はかわいい」
「ふわぁ……」
ぼんっ、とユスティーナの顔が赤くなる。
さらに、酒に酔っているかのように、ふらふらとなってしまう。
「だ、大丈夫か……?」
「大丈夫じゃないかもぉ……アルトが、うれしすぎることを言うからだよ。もう……もうもうもうっ、にへへへぇ」
喜んでいるのか怒っているのか、どっちなのだろうか……?
「それじゃあ、行こうか!」
元気いっぱいのユスティーナに手を引かれて、俺たちはデートに繰り出した。
――――――――――
まず最初に、劇場へやってきた。
流行りの物語などをその道のプロたちが演じる、という場所だ。
アルモートに劇場ができたのは、ほんの数年前だ。
最初は客足は悪かったらしく、潰れる危機にあったと聞く。
しかし、劇の内容はレベルが高く、口コミでじわじわと人気が広がり……
今では、毎日行列ができるほどだ。
そんな劇をユスティーナと一緒に楽しんだ。
恋愛、アクション、コメディと三つのジャンルに分かれていたのだけど……
意外というか、ユスティーナは恋愛じゃなくてアクションを選んだ。
その感想は……
「すっっっごいおもしろかったね!!!」
劇場を後にしたユスティーナは、子供のように目をキラキラと輝かせていた。
そして、劇中のキャラクターを真似するように、その場で軽く拳を振る。
「悪を成敗する主人公! かっこいいだけじゃなくて、ダークな雰囲気もあって痺れるし……それにそれに、ピンチに駆けつける仲間たち! そして大逆転!!! 燃えるっ、燃えるよっ!!! ボクの中の乙女心が、これ以上ないくらいに燃えているよ!!!」
本当に燃えるのでは? と思うくらい、熱く熱く語る。
普段より、いくらか年齢が下に見えた。
「はっ!?」
ほどなくして我に返ったらしく、ユスティーナは落ち着きを取り戻す。
それから、恥ずかしそうに頬を染めて、ちらりとこちらを見た。
「ご、ごめんね……すごくおもしろかったから、つい、はしゃいじゃって……」
「いいんじゃないか? 好きなものを熱く語ることができるのは、良いことだと思う」
「そ、そうかな? でも、それが男の子向けの劇っていうのは、ちょっとどうかな……ボク、一応、女の子だし」
「そんなこと、言わなくてもわかっているぞ? ユスティーナは、かわいい女の子じゃないか」
「ふぁ」
ぼんっ、とユスティーナが赤くなった。
「も、もうっ……もうもうもう! アルトは、そういうことを自覚なしにサラリと言うんだから。アルトのたらし! ボクたらし!」
「よくわからないパワーワードを作らないでくれ……」
ユスティーナ専用のたらし、ということだろうか?
とても反応に困る。
「正直なところ、あの劇で良かったよ。俺としては、同じものに熱く語れる方がうれしい」
「えへへ……ボク、昔からああいう物語が好きなんだよね。もちろん、恋愛たっぷりの甘い物語も好きなんだけど……でもでも、そういうのは熱が足りないからね。やっぱり、心に突き刺さるような熱い熱い物語が最強だよ!」
俺を気遣っているわけじゃなくて、本心からそう言っているみたいだ。
雲ひとつない青空のような笑顔を見ていると、そのことがよくわかる。
「ねえねえ、アルト。次はどうしようか?」
「いい時間だから、昼を食べないか? ついでに、劇について語り合おう」
「さんせーい!」
――――――――――
昼食はそこらの宿の食堂ではなくて、食事専門のレストランで食べた。
それなりの値がしたけれど、たまのデートなら奮発してもかまわないだろう。
高い金を払っただけのことはあり、味はなかなかのもの。
俺もユスティーナも、笑顔でごはんを食べた。
それから、食後の散歩をして……
街を歩いて、色々な店を見て回る。
誰もがしているような、ごくごく普通のデート。
それでも、とても楽しい時間を過ごすことができた。
ユスティーナと過ごす時間は、キラキラと輝いているようだった。
そうやって、俺たちはデートを思う存分に楽しみ……
あっという間に時間が過ぎていく。
今は陽が暮れるのが遅いとはいえ、門限があるため、あまり遅くまで遊ぶことはできない。
次が最後だろう。
「どうする?」
「公園に行きたいな」
「散歩か? 構わないけど……」
「えへへ、ちょっと、アルトにしてほしいことがあるんだ」
どこか甘えるような感じの笑顔を見せて、ユスティーナはそう言うのだった。
そんな彼女のお願いを聞き入れて、公園に。
手頃な芝生の上に腰を下ろすと……
「おじゃましまーす」
ものすごくうれしそうな顔をして、ユスティーナが俺の膝の上に頭を載せて、コロンと寝た。
どうやら、膝枕をしてほしかったらしい。
「えへへ……アルトの膝枕だぁ……ふへへへぇ」
怪しい声を出さないでほしい。
「大丈夫か? 男の膝枕なんて、大してよくないだろうが……」
「そんなことないよっ、最高だよ!」
「そう、なのか?」
「大好きな人の温もりを感じて、横になれるんだもの。これ以上、幸せなことはないと思うな」
大好きかどうか、それはまだわからないが……
ユスティーナに膝枕をされた時、確かに、すごく落ち着くことができた。
大げさなことを言っているわけでもないか、となんとなく気持ちを理解して、そっと頭を撫でる。
「にゃあ」
「なんで、猫の鳴き声……?」
「アルトの手が気持ちいいから、ついつい」
「まったく……ユスティーナは竜だろう?」
「竜だけど、好きな人の前では、猫みたいに甘えたいんだもん。にゃふぅ」
ゴロゴロと喉を鳴らすような仕草をして、ものすごく甘えてくる。
そんなユスティーナは、素直にかわいいと思った。
「アルト、アルト。もっと撫でてー」
「こうか?」
「うん、そうそう……あふぅ」
ユスティーナは小さな口をいっぱいに開けてあくびをこぼして、次いで、目をとろんとさせた。
「眠いのか?」
「うん……アルトの膝枕、最高だから……ふはぁ……眠くなってきちゃうよ」
「寝てもいいぞ」
「いいの……?」
「門限があるから何時間も、っていうわけにはいかないが……1時間くらいなら」
「アルト……ありがとぉ」
ほどなくしてまぶたが完全に降りて、すーすーという穏やかな寝息が聞こえてきた。
寝るのがとても早い。
あと、竜の王女とは思えないくらい無防備だ。
甘えるように体を寄せて、あどけない寝顔を見せて、とても安心している様子だ。
「……それくらい、俺を信頼してくれているということか」
かわいらしい寝顔を見せるユスティーナを、そっと撫でて……
「うん?」
ふと、胸がドキドキしていることに気がついた。
今までにない感覚で、初めて味わう気持ちが……
「……まあ、今はいいか」
この感情を確かめるために、ユスティーナを起こすようなことはしたくない。
今は、穏やかな時間に浸ることにして……
しばらくの間、二人きりの時間を過ごすのだった。




