103話 夏季休暇の定番
翌日、俺たちはシールロックを後にした。
父さんや母さん、ゲンさん、村のみんなからは、もう少し滞在しても……というようなことを言われたけれど、それも難しい。
夏季休暇は限られているし、帰りの馬車のチケットはすでに買ってしまっている。
また今度、顔を見せる約束をして……
そうして、帰郷は終わりを迎えた。
一週間の馬車の旅をして、王都に戻る。
数週間離れていたからなのか、それとも、外で色々なことがあったからなのか、ずいぶんと懐かしく感じた。
夏季休暇は、残りちょうど一週間。
グランなどは、最後におもいきり遊ぼうぜ、なんてことを口にしていたが……
それよりも前に、やらなければならないことがある。
――――――――――
「……なあ、ジニー。この問題の答えは?」
「あのね、兄さん……いきなり答えを聞かないで、その前に、まずは自分で考えなさいよ」
「考えた。でも、わからない」
「なら、もっと考えなさい。さっきから、あたしに答えを聞いてばかりじゃない」
「ジニーだけに聞いてないぞ。ちゃんと、アルトやテオドールにも聞いている」
「誇らしげに言わないでよ!」
ジニーがグランを叱りつけて……
「すまない、アレクシア。この問題の解き方は、これで合っているか?」
「えっと……はい、問題ありませんわ。さすが、アルトさま。勉強もできるのですね」
「教科書を見ながらだから、褒められることじゃないさ」
「それは、アルトの基礎がしっかりしているからさ。基礎ができていなければ、教科書を見てもなにもわからないものだからね。誇るといい」
俺は、アレクシアとテオドールと一緒に教科書とノートと向き合い……
「あうっ、あうあうあう!」
「こーら。おとなしくしているの。みんな、勉強中なんだからね。こっちで、カトラと一緒に遊んでいよう」
「あう!」
ユスティーナは、こっそりと飼っている犬型の魔物のカトラを連れてきて、ノルンと遊んでいた。
ここは、アレクシアの実家にある彼女の部屋だ。
俺たちがなにをしているのかというと……宿題だ。
長期休暇の間、学力が低下しないようにと、たくさんの課題が出されていた。
旅行中に課題を片付けることはできないし、そんな無粋な真似もしたくない。
なので、後回しにして……
そして今。
まとめて片付けている、というわけだ。
一人では大変だろうという話になり、みんなで集まって、勉強会のようにして課題に取り組むことになった。
いつもは俺の部屋に集まっていたのだけど、さすがに狭いという話になり、代わりにアレクシアの部屋が使われることになった。
「はぁ……楽しい旅行の後にこんな地獄が待ってるなんて、やってられねえよな」
グランがペンを持つ手を止めて、ぼやきをこぼした。
そんなグランを、アレクシアとテオドールが不思議そうに見る。
「なにが地獄なのですか? 私たち、普通に勉強をしているだけですよね……?」
「ふむ? もしかして、勉強することを地獄と言っているのかい? だとしたら、それはとんだ間違いだ。勉強は己を高めるためにすることであり、ありとあらゆる糧になる。故に、地獄なのではないのだよ」
「くそう、優等生組め……」
アレクシアとテオドールの回答に、グランはやさぐれた顔を作る。
「アルトならわかるよな? な?」
「あー……勉強は必要なことだぞ?」
「裏切り者っ!」
そんなことを言われても困る。
知識を蓄えることは必要なことだ。
力だけ追い求めても、一人前の竜騎士になることはできない。
力と知識、両方を備えてこそのものなのだから。
仮に竜騎士になれなかったとしても、学んだ知識の意味がなくなることはない。
いつ、どんな時で、知識が必要になるかわからないのだから。
などと、グランを説得しようとしてみるが、
「そんな正論はいいんだよっ、ばーかばーか!」
子供のように拗ねられてしまった。
まあ、気持ちはわからないでもない。
ノートに向き合い、じっとしているだけの座学は退屈なものがあるからな。
「あうあうっ」
いつの間にかノルンが隣にいて、俺の服をくいくいと引っ張る。
遊んで遊んで、と目をキラキラさせていた。
「悪い。今は課題を片付けないといけないから、また今度な」
「あうー……」
「こーら。アルトの邪魔をしたらダメだよ。遊びたいなら、ボクが遊んであげるから」
ちなみに、ユスティーナとノルンに課題は出ていない。
当たり前だ。
二人は竜なのだから、課題なんて与えられるわけがない。
でも、普段は授業を受けていたり、たまにテストに参加したり……
その辺は、けっこう曖昧というか、自由なんだよな。
うちの学院は、二人に対して甘すぎやしないだろうか?
まあ、それも仕方ないか。
二人は竜で……しかも、神竜と古竜となれば、特別扱いもするだろう。
しかし、いつまでもそうではいけない気がした。
誰かが、二人を厳しくしつけないといけないのだ。
「そうだな……よし。せっかくだから、ユスティーナとノルンも勉強をしてみるか」
「えっ」
「あう!」
ユスティーナが顔をひきつらせた。
勉強は好きではないらしい。
逆に、ノルンはうれしそうな顔になった。
勉強であれなんであれ、俺と一緒にできることが楽しいらしい。
「えっと……ボク、歴史は嫌いじゃないんだけど、その他の勉強はちょっと……計算とか魔法理論とか、ややこしいし……ほら。竜のボクが学んでも意味ないよね?」
「そんなことはない。ユスティーナも学院生の一員なのだから、どこかで必要な機会があるはずだ。学んでおいて損はない」
「え、えええぇ……でも、えっと、あの……あううう」
困り果てたユスティーナが、ノルンと同じような感じでうめいた。
「じゃあ、この後は、ユスティーナとノルンも一緒に勉強をしよう」
「……はーい」
「あう!」
ユスティーナは、余計なことを言わなければよかった、というような感じで。
ノルンは元気よく頷いて。
そうして、引き続き勉強会が行われた。
――――――――――
「27年前、フィリアとの国境で起きた事件の名前は?」
「魔の侵略!」
「事件の内容を具体的に言うと?」
「魔物の異常繁殖でスタンピードが発生した!」
「二つとも正解」
「えへへ~♪」
意外というべきか。
いざ勉強が始まると、ユスティーナは貪欲に知識を吸収して、ありとあらゆる物事を記憶していった。
それだけではなくて、応用も効き、複雑な計算式も暗算で済ませてしまう始末。
「驚きました……エルトセルクさんって、頭がよろしいのですね」
「ホント……てっきり、兄さんの仲間と思っていたのに」
「むう。二人ともひどいなー。ボクだって、やる時はやるんだよ」
ユスティーナが、子供のように頬を膨らませた。
そんな仕草も、彼女なら似合ってしまう。
でも、考えてみれば、ユスティーナの優秀さも納得だ。
見た目は人だけど、中身は、叡智を司る竜であるわけで……
人が学ぶ知識なんて、簡単に吸収してしまうだろう。
吸収できなかったとしたら、それはそれで問題だ。
「どうどう、アルト? ボク、えらい? 賢い?」
「そうだな。素直にすごいと思うぞ」
「やった!」
ユスティーナは拳をぐっと握り、無邪気に喜んでみせた。
「勉強って、やってみると意外とおもしろいね。今までは退屈だったんだけど……アルトが先生だからなのかな?」
「俺も助かっているよ」
「そうなの? ボク、なにもしてないけど」
「誰かに教えると、復習になるからな。それに、新しい発見もある」
「そっかー……ならさ、ごほうびちょうだい」
そうきたか。
ユスティーナのおねだりに応えるのはやぶさかではないが、しかし、なにを求められるのかによる。
「ごほうびといっても、俺にできることは限られているぞ」
「ううん、アルトにしかできないことだよ」
「俺にしか?」
ユスティーナはにっこりと笑い、ごほうびの内容を口にする。
「ボクと二人きりでデートして♪」
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