102話 二人きりの宴
「それじゃあ……主が倒れたこと。それと、新しい英雄の誕生に、かんぱい!」
「「「かんぱーい!」」」
夜。
昨日に続いて、再び宴が開かれていた。
森の主は、頻繁にというわけではないが、時折、この村に被害をもたらしていたみたいだ。
たまに、家畜などが襲われて、とても困っていたという。
無用な心配をかけまいと、大人たちが巧妙に隠していたらしい。
そんな天敵が討伐されたのだから、村のみんなの顔はとても明るい。
そのことについては、俺も、自分のことのようにうれしく思う。
ただ……
「よう、英雄」
「これはこれは、英雄殿」
グランとテオドールが、ニヤニヤしつつ、そんな言葉をかけてきた。
完全にからかっているな。
「やめてくれ……いや、本当にやめてくれ」
たぶん、俺の顔は赤くなっているだろう。
主の討伐に貢献した俺のことを、村のみんなは「英雄」と呼ぶ。
そんなもの、身の丈に合わない称号だ。
俺は、まだまだ弱い。
もっと強くならないといけない……修行中の身だ。
第一、あれは俺一人で成し遂げたことじゃない。
ユスティーナとアレクシアの協力あってこそのものだ。
そう言うのだけど……
村のみんなは、俺の弁解が謙虚な姿勢に映ったらしく、ますますもてはやす始末。
正直、勘弁してほしい。
「アルト君のことだから、こそばゆいとか思っているんだろうけど……でも、それって、いらない謙虚だと思うわ。こういう時の感謝は、素直に受け取っておいていいの」
「そうですわ。事実、森の主にトドメを刺したのはアルトさまですから。その事実は確かにそこにあり、変えることのないものなのですから」
ジニーとアレクシアも、村のみんなと同じようなことを言う。
俺の味方はいないのか……?
「アルト」
「ユスティーナなら……」
「やっぱり、アルトはかっこいいね。えへへ、さすが、ボクが好きになった男の子♪」
味方はいなかった。
「あうっ!」
ノルンは、昨日と同じように、ごちそうを食べることができてうれしそうだった。
「……やれやれ」
俺は疲れたような吐息をこぼして、苦笑するしかないのだった。
――――――――――
「アルト、どこに行くの?」
宴はまだ続いているが、俺とユスティーナはこっそりと会場を後にした。
そのまま村の中を歩いて、人気のない方に向かう。
「もう少しだ」
「でも、静かなところに……はっ!? も、もしかして、そういうことなの……? やっとアルトと結ばれる日が……でもでも、いきなり外っていうのは難易度が高いかな? できれば、落ち着いた部屋の方が」
「違うからな?」
たまに、ユスティーナの頭の中はピンク色に染まる。
竜の王女なのに……と思わないでもないが、これくらいの歳の女の子なら、普通のことなのだろうか?
ジニーやアレクシアに確かめるわけにもいかないので、この疑問は放置しておくしかない。
「ユスティーナ、少し目をつむってくれないか?」
「え? どうして?」
「いいから、ほら」
「う、うん」
ユスティーナは怪訝そうにしつつも、言われた通りに目をつむる。
その手を引いて、目的地へ移動した。
「目を開けて」
「……わぁ!」
ユスティーナはゆっくりと目を開けて、それから、感動したような声をこぼした。
そんなユスティーナの前で、ふわふわと、小さな光の球が宙をゆっくりと飛ぶ。
それは一つだけじゃない。
次から次に光の球が現れて、俺たちを囲むように輝く。
ホタルだ。
王都はしっかりと整備されているため、ホタルの生息地はない。
ただ、このシールロックのような田舎は、まだまだたくさんの自然が残っている。
好みの環境なのか、特にホタルが多い。
特定の時期、夜になると、こうして幻想的な光景が広がる。
「……綺麗……」
それ以上の言葉は出てこないほどに、この光景に見入っているらしい。
ユスティーナは、ホタルの輝きをじっと見つめていた。
「アルトは、このためにボクを外に?」
ホタルを見つめたまま、ユスティーナがそう問いかけてきた。
「俺の秘密の場所なんだ。まず最初に、ユスティーナに見てほしくて」
「そうなんだ……」
「俺は、この村が好きだ。だから、ユスティーナにも好きになってほしい」
「うーん……困ったなあ」
ユスティーナがうつむいた。
どんな顔をしているかわからないが、その声はとても明るい。
「この村は、元から好きだよ? だって、アルトの故郷だもん。みんな優しいし、のんびりしてて良いところだし」
「もっと好きにならないか?」
「なるけど……でも、それよりも」
ユスティーナがいっぱいの笑顔で、勢いよく抱きついてきた。
なんとか支えるものの、ちょっとだけよろけてしまう。
「アルトを好きって気持ちが、今まで以上に大きくなっちゃった!」
「……そっか」
「もう、こんなサプライズをするなんて反則だよ。アルトのことをこれ以上好きにさせて、いったい、どうしたいの? ボクを困らせたいの?」
「あー、いや。そういうつもりは……ただ」
情けないが、ユスティーナに抱く気持ちは、恋愛感情なのかどうかまだわからない。
でも、一番大事だ。
それだけは断言できる。
だから、そんなユスティーナにこの光景を見せたかった。
秘密の場所を共有したかった。
「アールートー!!!」
そう伝えると、ユスティーナは、俺に抱きついたままスリスリと頭を擦り付けてきた。
「あーもうっ、ボクをこんな気持ちにさせるなんて、ホント、アルトは罪深いんだから! タラシ、タラシなの? ボクの中の女の子の心が、どんどん膨らんで、大きくなって、もう……ドカーン、って爆発しちゃいそうだよ! 全部、ぜーんぶ、アルトのせいだからね!」
「えっと……す、すまない?」
ユスティーナがなにを言っているのかよくわからない。
ただ、なんだかんだで笑顔だから、喜んでくれてはいるのだろう。
そのことがうれしくて、安らかな気持ちになる。
「ここ、みんなにも?」
「ああ。後で見せようと思う」
「うーん……ボクとアルトだけの秘密にしたいけど、でも、それはちょっとずるいか」
「悪い。ユスティーナは大事だけど、でも、みんなも大事なんだ」
「うん、いいよ。ボクを一番最初に連れてきてくれたこと、それはすごくうれしいから」
「でも……」と間を挟み、ユスティーナは言葉を続ける。
「もうちょっとだけ、アルトと二人きりがいいな」
「ああ、構わないよ」
「えへへっ♪」
ユスティーナは、頬を染めながら俺の手をそっと握る。
俺も、その手を優しく握り返した。
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