表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/459

10話 ゴミ掃除

「大丈夫か、ユスティーナ」

「……」


 ユスティーナのところへ駆け寄ると、彼女はぽかんとしていた。


「ユスティーナ?」

「……」


 反応がない。

 目の前で手をヒラヒラさせるが、やはり反応がない。


 もしかして、結界のせいで……?

 急いで地面に刺さる短剣を抜いた。

 光で描かれた魔法陣が消えて、ユスティーナを束縛するものがなくなる。


 しかし、彼女は反応がない。


「……ぽー……」


 いや。

 ちょっとだけ反応があった。

 俺を目で追っている。


 左に行けば左へ。

 右へ行けば右へ。

 頬を染めながら、目で俺を追いかけている。


「えっと……ユスティーナ?」

「ひゃん!?」


 とんとんと肩を叩くと、さすがにこちらに気がついたらしく、ぴょんと飛び跳ねた。


「どうしたんだ、ぼーっとして? もしかして、俺が来る前に、セドリックになにかされていたのか? 一応、結界は解除したんだが……」

「う、ううん。ボクは大丈夫だよ。いや、大丈夫じゃないかも」

「どこか怪我を!?」

「うん……心をやられちゃった。ものすごい勢いで、ハートを撃ち抜かれちゃったよ……」

「心? ハート?」


 ユスティーナは自分の胸に手を当てながら……

 チラチラとこちらを見ながら言う。

 まるで、今は直視できないというみたいだ。


「アルト、ものすごいタイミングで助けに来てくれるんだもん。ボク、物語のお姫さまになったような気分で……はぅ。ますますアルトのことを好きになっちゃった」

「な、なるほど」


 そういう意味だから、ハートを撃ち抜かれた……か。


 怪我はないようでなによりだけど……

 俺としては、どう反応していいか困るところがあった。


「このっ……クソ共がぁ!!!」

「なっ!?」


 ふらつきながらもセドリックが起き上がり、血走った目でこちらを睨みつけてきた。


 まだ動けたか。

 学院の成績優秀者は伊達じゃないらしい。


「おいっ、もういい! お前ら、このクソ共を殺せ!!!」


 あらかじめ潜んでいたのだろう。

 セドリックの合図で、夜の闇から次々と人が現れる。


 俺たちを囲むようにしていて……

 その数、全部で12人。

 いずれも帯剣していて、その動きはプロのものだった。


 内、一人が再び竜封じの短剣を地面に刺した。

 再び光の魔法陣が生成される。


「ちっ……こんなクソ共に、いざって時のために潜ませていた連中を使うことになるなんてな。僕もヤキが回ったもんだ」

「セドリック、お前……! 俺はともかく、ユスティーナにこんなことをしてタダで済むと思っているのか!? ユスティーナは竜で、しかも、神竜バハムートなんだぞ!?」

「はっ、それがどうした! それを言うなら、僕は五大貴族のアストハイム家の長男だ! この僕に逆らえる者なんていないし、楯突くやつがいるなら消してやるさ。殺すだけじゃなくて、社会的にも抹消してやる。それができるんだよ、僕にはな!」


 ダメだコイツ。

 まるで話が通じない。

 怒りのあまり、思考回路がめちゃくちゃになっているのかもしれない。


 槍を構え、ユスティーナを背中にかばう。

 俺のことはともかく、ユスティーナだけは……!


「安心してくれ。ユスティーナは俺が守るから」

「……アルト……」

「絶対に、指一本触れさせないっ」


 決死の覚悟で、セドリックとその他の襲撃者を迎え撃とうとするが……


「ありがとう、アルト。えへへ。そんな風に言ってもらえると、すごくうれしいな。ますます好きになっちゃう。でもね、その必要はないよ」

「ユスティーナ?」

「だって……こんな結界でボクをどうにかできるわけないんだから」


 ユスティーナが力強く大地を踏みしめた。

 その体が光に包まれて……

 夜の闇よりも深い、漆黒の竜が降臨する。


「なっ……!?」


 セドリックの取り巻き連中が大きく動揺して……


「ば、バカな!? どうして竜に戻ることができる!? 結界が展開されているんだぞ!!!?」


 続けて、セドリックがおもしろいくらいに慌てた。

 あそこまで慌てていると、逆に笑えてくる。


「あの結界は竜の力を封印するもの。それは確かなもので、ちゃんと機能していたよ? でもね……ボクを普通の竜と一緒にするのは、どうかなあ。こんなもの、ボクに対してはまるで意味ないよ」

「そんなバカな!? 現に、てめえは膝をついて動けなかっただろうが!」

「ああ、あれ? そういうフリをしてただけだよ。とことん調子に乗らせて、絶頂のところで一気に反転させて絶望に叩き落とす。そうやって、心を折ろうとしてただけ」


 は、腹黒いな……


「まあ、さっきはアルトが駆けつけてきてくれたことがうれしすぎて、ついついぼーっとしちゃって本気で立ち上がれなくなっちゃったけど……基本的に、なにも問題ないよ。普通の竜ならともかく、ボクにそんなものが効くと思っていたの?」


 瞬間、空気が凍りついたような気がした。

 ユスティーナが放つ圧倒的なオーラに、取り巻き連中も、セドリックも……俺も飲み込まれてしまう。


 誰もが言葉を出せず、震えるしかない。

 そんな中で、ユスティーナは王者の気を放ちながら、告げる。


「竜の頂点に立つ者……神竜バハムート。その力、身を持って知るがいい」


 ユスティーナが吠えた。

 我に力を貸せというように、自然が応える。


 雲が渦を巻いて下降する。

 いや。

 雲が渦を巻いているのではなくて、乱気流に引っ張られているのだ。

 刃のように鋭い風は竜巻となり、みるみるうちに巨大化していく。


 竜巻はユスティーナを超えるほどに成長すると……

 轟音を撒き散らしながら、生き物のように周囲の襲撃者たちを飲み込んでいく。


 襲撃者たちは竜巻の中でもみくちゃにされて、空高く放り上げられた。

 そして、落下。

 抵抗することもできず、逃げることも許されず、一瞬で終わりにさせられてしまう。


 一応、手加減はしているらしい。

 襲撃者たちは苦痛にうめいていたが、誰一人、死んではいない。


「……は?」


 一瞬で仲間がやられたことを信じられないというように、セドリックがぽかんとした。

 すぐに顔を赤くして、苛立たしそうにしながら激を飛ばす。


「てめぇら、なに寝てるんだ!? 起きろっ! こちとら高い金を払って、傭兵であるてめぇらを雇ってやったんだぞ!?」

「無理だと思うよ」


 ユスティーナが淡々と告げる。


「全身の……とまではいかないけど、あちらこちらの骨を今の竜巻で砕いてやったからね。自力で動けないと思うし、そもそも立ち上がることもできないよ。治癒師を呼んだ方がオススメだね」

「バカな……! こいつらは傭兵だが、正規の竜騎士に匹敵する実力を持つと言われる猟兵団なんだぞ!? 『紅蓮の牙』と呼ばれている連中で、大陸の者が震え上がるんだぞ!? そんな連中をまとめて一撃なんて……」

「できるんだよね、ボクなら。その目で見たでしょ」

「ふざけんな……そんなバカなこと……」


 セドリックの勢いが衰えていく。

 その気持ちはわからないでもない。


 竜封じの結界をものともせず、さらに、気候まで操るという。

 まるで神様だ。

 

 その絶対的な力を見せつけられて、逆らおうと考える方が難しい。


「さてと……次はキミの番だね?」


 ユスティーナが一歩、前に出た。

 地面が震えて、その振動が伝わったかのように、セドリックも震えた。


「ぼ、僕に手を出すつもりか? アストハイム家の力を舐めるなよ。絶対に後悔させてやるからな……! 今回のような襲撃じゃなくて、てめぇを社会的に抹殺してやるよ!」

「ユスティーナ、俺のことはいい。セドリックに手を出すと、本当に厄介なことに……」

「アルト、心配いらないよ」


 自分に任せておけ、というように、ユスティーナは自信たっぷりに答えた。


「アストハイム家だっけ? どこかで聞き覚えあるなあ、って思っていたんだけど……今、完全に思い出したよ。去年、お父さんのところに挨拶に来ていたよ」

「え……?」

「やたらヘコヘコしてて腰の低い人だったから、そんなに偉い人とは思わなかったけど……そっか。五大貴族とか呼ばれているんだ。それで、そこの家の人……つまり、キミがアルトをいじめているんだ。許せないよね……キミもまるで反省していないし、逆に家を潰してあげようか?」

「な、なにをバカな……竜ごときにそんなことが……」

「できないと思う? ボクは竜の王女のような立場で……キミは、一介の貴族。さて、問題です。アルモートはどちらを優先するでしょう?」

「あ……う……」


 アストハイム家の権力は、この身でイヤというほど味わってきた。

 そのせいで忘れていたのだけど……

 ユスティーナが持つ権力も、それに負けていない。

 むしろ、遥かに上だ。


 ここは竜と共存する国だ。

 しかし、竜の力に頼り切っているところがあり……

 竜が共存をやめるなどと言えば、間違いなくアルモートは滅びる。

 対等に見えて、竜が力を握っているのだ。


 そんな竜の頂点に立つ存在にケンカを売ることはできるか?

 答えは……できるわけがない、だ。


 セドリックは初めて、家の権力が通用しない相手を敵にした。

 その相手は、一切容赦をするつもりはないらしい。

 人の姿に戻ると、にっこりと笑いつつ……


「さあ、おしおきの時間だね♪ あっ、さすがに殺したりはしないから安心していいよ。でも……二度とふざけたことを考えないように、徹底的にやるからね。ふふっ……ふふふふふっ」

「い……いやだぁああああああああああぁぁぁっ!!!?」


 なんとも形容しがたい笑みを浮かべたユスティーナは、涙と鼻水で顔をグシャグシャにするセドリックを街道の脇に引きずって連れていき、そのまま消えた。

 ほどなくして、なにかを殴る音と悲鳴が聞こえてくるが……

 とりあえず、俺は聞こえないフリをしておいた。

8日夜、日間ランキング2位になりました!

たくさんの応援、ありがとうございます!


『よかった』『続きが気になる』と思っていただけたら、

ブクマや評価をしていただけると、とても励みになります。

よろしくおねがいします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
別の新作を書いてみました。
【堕ちた聖女は復讐の刃を胸に抱く】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。

【ネットゲームのオフ会をしたら小学生がやってきた。事案ですか……?】
こちらもよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[一言] ユスティーナさんパないっす。。。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ