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種族を選択してください

『種族を選択してください』


 唐突に。突然に。何の前触れもなく。表現は何でもいいが、いきなり目の前にこんな表示が現れたら、いったいどんな反応をするのが適切だろうか。私のとった反応は何も出来ず唖然として固まるという物だが、適切不適切はさておき、少なくとも多数派であることは想像に難くない。ただし、それは飽くまで想像上の話であり。現実はもっとぶっ飛んでいたのだが。


「えーっと……?」


 数秒固まっていた私だが、はたして5秒後か10秒後か。ストップウォッチを持っていないのが悔やまれるも、では持っていたら計ったのかと聞かれれば計っていないと断言できる時間が経過したのち、ふと我にかえって周囲の反応をみるべく辺りを伺うと、そこはノスタルジックな思い出が漂う幼少期を過ごした実家の私の部屋だった。


「いや、待って、ちょっと待って、色々待って」


 いやはや誰に何を待ってもらうのか。自分でも意味不明な事を口走りながら、兎に角私は自分の措かれた状況を整理することにした。

 まず間違いないのは、ここは実家ではないということ。実家は老朽化により既に取り壊されており、跡地には姉夫婦と両親が住まう二世帯住宅がデンと建っているはずだ。さらに言うと晩年の私の部屋は姉の同人活動による作業廃棄物、もとい予備在庫に占領されていて、こんな足の踏み場のある状態では無かった。あのゴミは今何処へ行ったのだろうか?

 もう1つ言うと私の住民票は今現在地方政令指定都市に有り、そこは実家から900キロは離れている。プライベートコンコルドでも持っていれば一時間で往き来出来る距離だが、冬に帰ると姉のゴミ製作に手伝わされることを嫌気して、このところはお盆にしか帰っていない。今は冬だったはずだ。

 おまけに言うと私は先程まで仕事をしていたはずだ。残業代も出るし突発的有休を取っても何も言われない、上司の口が臭い以外はこれといって不満のない会社である。最近は仕事量を減らさずに残業を減らせと言うばかりで、そのための方策も何もかも下へ丸投げな事を除けばだが。

 あれか、業務の効率化のためにちょっとインターネットでマクロについて調べていたのがいけなかったのか。検索で引っ掛かった個人ブログを見ようとしては会社のセキュリティにブロックされ、気になる化粧品の広告をクリックしてはブロックされ、有名空気圧制御機器メーカーのホームページを見ようとしたら何故かブロックされずにSMクラブのアダルトな写真が画面一杯に表示されて横の同期が吹き出すなんて事をしていた罰か。納得いかない。

 思えば外から鳥の声どころか、車の音すら聞こえない。私の実家は都会の喧騒とは無縁だが、それでも耳が痛くなるような無音の世界でも無かった。耳が痛くなるようなオバチャンの金切り声なら縁があったのだが。


「ダメだ。意味がわからない……」


 夢なら覚めてぇ、と思うものの未だに自己主張激しい空中の『種族を選択してください』。種族って何だ。

 一文字A4サイズくらいのホログラムを良く見ると、透けて見えるその向こうに一冊の本が浮いているのが見えた。

 なんとなく空中のホログラムは触れば透過するような気がするが、気持ち悪くて触る気にもなれず迂回して本に手を伸ばす。本来なら宙に浮く本というのも中々に気持ち悪い存在だが、程度問題である。

 触れた途端に浮く力を失い、本は床へと落ちていく。ボレーシュート宜しく全力で蹴り抜きたい衝動に駆られたが、飛んだ先にガラスがあって割れるといけないので止めておいた。本の安否はどうでも良いのだが。

 果たして偶然かなんなのか、ご丁寧にタイトルが私から見易い位置で落下した文庫本。シンプルに白一色の表紙に、創英角ポップ体でこう書かれている。


『RPGらいく!』


 ……そうか、RPGが好きなのか。それには全面的に同意する。最後も竜も架空も、一通りやって来た。主人公や仲間が決められている物も嫌いではないけれど、個人的には種族や性別、職業や見た目を自分で作成し敵によって編成を変えて試行錯誤するのが好みだ。女性リザードマンやアラクネなんて選択出来ればヨダレが出るかも知れないが、そんな作品には残念ながらお目にかかれていない。18禁は守備範囲外だが。

 そうか。だから種族か。いや意味がわからない。

 とりあえず本を手に取り、周囲に何も変化がない事を確認したのち、一頁開いてみる。


『貴方はテストプレイに当選しました! これは実に一万年ぶりとなる新作RPGのテストであり、好みの波長が近いかた一人限定で強制的に送り込んでいます。心配することは何もなく、安全安心にプレイ出来ます。終了条件は死亡することであり、具体的には死亡したのちに改善の為のアンケートに答えていただきます。お答えいただいた後には全ての記憶を知識に変換し、元の場所、時間へ送り届けます。ご協力いただいたお礼として、正式販売の暁には製品版をお送りいたします。なお販売は8980円のフルプライスを予定しており、原則販売後のアップデートは行わない予定です。そのため出来る限り不満点を挙げていただきたく、それを考慮した上でのプレイをお願い致します。なおクーリングオフ制度の対象には中りませんので、ご理解、ご協力下さい』

「よし理解した死のう」


 私は窓から身を投げ出した。


 ……が、思わず目を瞑ったものの、浮遊感も風も感じず。目を開けるとそこには『種族を選択してください』

 本の方には『敵対者に殺害されることが終了条件です』の一文が末尾に追加されている。こいつ、見てやがる……!


「種族を選択っていってもねぇ」

 

 ま、所詮私の部屋は一階なのだが。

 それにしても選択っていう割には選択肢が無い。そう思い本の頁を捲ると、良くあるゲームの紹介文めいた文章が書かれている。


『古い世界は固く作りすぎた。0と1が理を支配し、人々はそれを当たり前に受け止め、0と1の間を0と1で埋めようとする様はいっそ滑稽ですらある。しかしそんな世界だからこそ、そこの住人だからこそ、無数の小さな世界を作り出す。そこに多く出現した"魔法"という理。これで0と1の間を埋め、より柔らかい、人々が理に干渉出来る世界を築き上げようではないか。

 新しい世界、そこは才能ある人々が理に干渉出来る世界。理が歪んだ世界。歪んだ理からは魔物が絶えず湧き出でる。人々は武器を持ち、理を正すこと……いや、正しい理が存在することすら忘れた世界。既に歪みを正す事は出来ず、傷痕だらけの柔らかい世界に生まれた貴方は、どのような生まれで、どのような才能を持ち、どのように生きるのか。貴方の物語が、今、始まる……』

「いや失敗作だろその世界」


 なに格好つけてモノローグっぽいこと書いてるんだよ。もう既に改善点見つけちゃったよ。あと今更だけどこれって神様視点なのか。神様のくせにゲーム好きでアイディアパクりましたって良いのか? 威厳と云うものは無いのか?

 更に頁を捲ると、いよいよシステム説明に入っていくみたいだ。ひとまず読んでみるかとため息を吐きながら、未だ自己主張激しいホログラムに背を向けた。


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