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4.多分普段も寝てる時間だから。

———

———


「で、俺が死ぬってどういうことだ?」


 あまりにもあっさりと「あなたはもうすぐ死ぬ」と言い切ったフィリーに、俺は尋ねる。


「掘り起こすまでは相当厳重に封じられていたのでしょうが、祠から出た辺りからあなたの魂はかなりの速度で拡散しつつあります。多分二日もしたら魂は拡散しきって、あなたの意識は消滅します。事実上の『死』ですね」

「……マジ?」

「嘘は言いません」


 驚いてはみたが、言われてみれば確かに体の奥からなにか力が抜けていく感覚はあった。実際に二日くらいが限界と言われると、確かにそのくらいで俺の奥にある何かが全て消え去ってしまう予感はするのである。


「あなたが”運命フォルタ”として契約すれば存在が固定されるので、そこで拡散は止まるはずです。魂は水物なので、完全になくならなければ数日程度であるべき形まで回復します。それに先ほども言った通り、私としてもあなたの身体を探すことはやぶさかではないのです」

「そうなのか……」


 そこまで言われるともはや契約を断る理由が一切ない。

 不安は残るがここはフィリーの”運命フォルタ”になる契約とやらに応じるしかないかと、そう考えた俺は再度口を開こうとする。

 だが、先に口を開いたのはフィリーの方であった。

 フィリーは立ち上がり、俺を抱えあげる。


「え? どうした?」

「あなたがどういう決断をするにしても、ここにいるだけではあなたの死を待つのみです。なのでとりあえず一緒に来て下さい」


 そう言うとフィリーは俺を持ち上げ走り出す。そして助走をつけ、窓から飛び出した。


「うおっ!?」


 一瞬の浮遊感。

 フィリーは自分の家がある樹から別の樹へと飛び移り、凄まじい勢いで走り始める。

 既に日は落ち、月が見えている。夜空に見える二つの小さな月に、やっぱりここは地球じゃないんだなと感慨にふける。

 それはともかくとして、だ。


「なんかこの視点、首だけ抱えられてるみたいで慣れないな」

「そういえば身体の感覚ってあるんですか? 腕みたいなのついてますけど」


 今俺はフィリーの両腕に抱かれているような格好である。

 当のフィリーはというと鍵上の突起に触れながら、不思議そうな声で呟いている。


「あるにはあるんだけど、かなり変な感覚だな、なんていうか分厚い服を着てる感じだ。見えるし話せるし声は聞こえる、触れられてる感覚も多少はあるけど、それ以外は全く何も感じない。腕も飾りみたいなもんだな、動かせる気がしない」


 胸のあたりで抱えられているので、もう少し俺の背中に感覚があれば――、などと邪念を覚えつつ。なんとかその意識を振り払う。


「うーん……、味覚と嗅覚以外はあるんですか……。持ってる感じはただの焼いた粘土なんですけど、どういう原理なんですかね。土自体にも魔法陣が刻まれている以外、別にそんな大した魔法はかかってなさそうですし」


 コンコンと俺の身体を叩きながらフィリーが話す言葉を俺は背中で聞く。どうやらここまで距離が近くても、目を合わせなければ俺の心は読めないらしい。ホっとどこにあるのかわからない胸をなでおろす。


「ところで今から何処へ行くんだ?」

「中央、『世界樹』のある場所ですね。族長さんにはあなたのことを伝えておかなくてはなりませんから」

「族長さんに聞けば、俺のことは分かるのか?」

「わからないです」

「わからないのか……」


 困ったように、苦笑いを含みながらフィリーは俺の問に答える。


「元々魔法は専門外の方なので……。とはいえ長く生きているので知識はあるはずです。クルルクさんというとても優秀な人も側近としてついてますし、その方にも聞いてみましょう。少し変わっていますが優しい方々ですよ」


 この相当に変わっている娘に『変わった人』と言われている人たちは、どれほどまでに変わっているのだろうか、などと考えながら俺は運ばれていく。


「ちなみにあとどのくらいかかるんだ?」

「丸一日と少しですね」

「なるほど遠いな。ん? いや、でもそこまで遠いようには見えなかったぞ?」


 窓から見えた世界樹の距離は、実際には五キロメートルほどといったところだっただろうか。確かにそこそこの距離はあるように見えるが、この少女もとんでもない速度で走っている。時速にして四,五十キロメートルは出ているであろうこの速度なら、それほど時間がかかるようには思えない。


「あの樹、実は何重もの結界に守られていまして、ここからだとかなり迂回することになります。具体的にはこの樹の周りを三十周ほどします」

「三十!?」


 樹まで目算約五キロメートル。結界とやらが真円だとすると一周約三十キロメートル強ということろか。実際は少しずつ近づいていくだろうから、走るにつれて一周あたりの走る距離は短くなるだろうが、それでも三十周となると数百キロメートルになるのではないだろうか。


「それはやべぇな……」


 たしかに先ほどまで正面に見えていた樹が左側に見える。確かにこの速度でも丸一日以上かかるだろう。

 ならば少し困ったことが俺の身に起きている。


「なあ、ちょっといいか……?」

「はい、大丈夫ですよ」

「すまん、酔った……」


 樹から樹へと飛び移っているせいで大きく視点が上下に揺れる上、樹から樹へと飛び移るたびに急制動・急加速がかかるので目が回る。レールの先がどうなっているかわからないジェットコースターに乗っている気分だ。しかも吐こうにも吐ける口がないのでただひたすらに気分が悪い。


「ええ……軟弱ですねぇ……」

「いやそれ酷く、ぐふっ……」


 酷くないか、と言おうにもただただ強烈な頭痛と吐き気に襲われ、言葉もろくに話すことが出来ない。


「そもそも酔ったっていっても、あなたは痛くなる頭も気持ちが悪くなる胃もありません。頭痛も吐き気も本来あるはずないのです。それは魂に刻まれたまやかしです」

「魂に刻まれてたらどうしようもなくないか……」

「あ、たしかに」


 納得されてしまった。

 平衡感覚がある以上乗り物酔いはあるとは思っていたが、ここまで酷いとは思わなかった。


「分かりました、じゃあ急げばいいってことですね?」


 個人的にはじゃあ休みましょうという返事を期待したのだが、それと真逆の回答が返ってきた。それと同時に、フィリーが走る速度が大幅に上がる。


「なんでそうなる、ちょっと止まってくれ、休ませてくれ」

「それは無理です」

「なんで……だ……」


 喋るごとに強烈な吐き気に襲われ、まともに文句も言うことが出来ない。そんな俺に、フィリーは困ったように語りかけてくる。


「単純にこの頻度で休んでいたら丸一日どころか丸五日はかかります、そうなるとあなたは死にます、そんなの私は嫌です」

「そう、だな……」


 俺も嫌だ。

 俺の魂のタイムリミットは二日とフィリーは言っていた。俺の魂はこの埴輪型の器から拡散し続けている。そして俺自身もそれは感じているし、確かに二日くらいしか持ちそうにないような感覚もあるのだ。

 このままでは間接的な死因が乗り物酔いになってしまう。流石にそれは嫌だ。


「万が一遅れるようなことがあればあなたは死にます。私としてもそれは困るので、何と言われようが余計な休憩時間は取りたくないのです。予め決めた休憩地点まで急ぐので、それまでは耐えてください」

「お、おう……」


 曲がりなりにも俺のためと言われてしまうと、あまり我儘わがままは言っていられない、とはいえ速度を上げたせいでさらに視界はブレ、酔いは酷くなっていく一方であった。


(も、もう無理だ……)


 フィリーは速度を緩めず、この旅路の終点は遥か彼方である。限界を悟った俺は、意識を手放すことを選んだ。


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