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2-3.謎の集団

―――

―――

―――


 フィリーが眠った後、俺は一人見張りを続ける。

 虫の声もいつの間にかなくなり、辺には静寂が訪れている。視線には月明かりに照らされた大草原、時折吹く風により、草が揺れる音だけが時折聞こえるというのが現状であった。


「何も起きない」


 それに越したことはない。だが、退屈なのである。フィリーはくぅくぅと規則正しく小さな寝息を立て続けている。先程東に見えていた月も、かなり高くまで登っているように見える。

 感覚としては何時間も経っている。そろそろフィリーを起こそうか、そう思った直後であった。がさがさと、聞き慣れない音が聞こえてきた。


「何かが動いた……?」

「はい……、静かに……」


 いつの間にか目を覚ましているフィリーに、俺の口は塞がれる。

 するとフィリーは俺を持ち替え、俺とフィリーは向かい合う形になる。


「(聞こえますか?)」

「(あ、ああ)」


 目を見るだけで言葉が頭に入ってくる。これは契約か、あるいは"ライン"という魔法の効果だろうか。

 俺とフィリーは目を見ることである程度意識を共有することが出来るのである。


「(契約の効果です。考えていることがある程度伝わってしまうので、気をつけてください)」


 俺の視線の前に、碧い眼を持った黒目がちの少女がいる。俺の世界基準だと小柄な方だと思うが、それでも俺が束になっても敵わないほど強い。だが、この少女はとても可愛いと思うし、俺も触れたいとかもっと沢山話したいと思う、せめて隣を一緒に歩きたい。

 だがそれを考えてはいけないとは、なんともどかしいことか……。


「(わ、わわ、わざとやってるんでしゅか!?)」


 真っ赤な顔で涙目になったフィリーが俺に言ってくる。舌がまったく回っていない。

 流石にやりすぎたと思ったし、今はこれ以上遊んでいる場合ではない。


「(すまん、ところでどうした?)」

「(ぐ……。人間です、その数六人。村に向かっているようです。この時間となると、猟のために外に出ることはあるでしょうが、返ってくるのは妙です)」


 フィリーが岩陰から顔を出して確認した後、再び俺に向かってそう伝えてくる。


「(むしろ猟から今帰ってきたんじゃないのか?)」


 俺が確認するが、フィリーは小さく首を振る。


「(私達はかなりの時間ここにいました。私は寝ながらでもある程度気配を感じ取れるはずなのですが……、タクミは何か見たり聴いたりしましたか?)」

「(視界には入っていない、音も聞こえなかったと思う)」


 間違いないはずである。その言葉に、フィリーは口元に手を触れて何かを考える。そして暫くの時間の後、視線をこちらに向けた。


「(一応目視で確認します)」


 俺がフィリーにそれを伝えると、フィリーは厳しい目つきで再び岩陰から眼を覗かせる。

 そして、じっくりと観察する。

 数分後、再度ゆっくりとこちらに向き直ると、再度俺に厳しい目を向ける。


「(村人、という風体ではないですね。風体に関して言えば私が無知の可能性があるにせよ、農作業や狩猟の帰りとは思えませんね)」

「(なんでだ?)」

「(この暗さで松明さえ灯していません、妙です。さらに衣服が妙に暗い色をしています。闇に紛れようとしているとしか思えません)」

「なるほど……」


 そこまで来ると露骨に怪しい。相手の正体はどうあれ、わざわざここから出ていって話しかける必要は一切ない。そう考えた上で、フィリーに対して確認をする。


「(どうする?)」

「(やり過ごします)」


 即答が帰ってきた。フィリーも同意見らしい。

 そして、俺にそう伝えてきた直後、フィリーは岩陰から顔を出して様子を伺う。

 だが、俺の方へ視線を移し、眉間にしわを寄せて言う。


「(一人こっちに来ました……)」

「(まじか、どうするんだ)」

「(……任せてください)」


 フィリーは荷物を背負い直し、俺を左手に握る。そして、片膝をついた状態で岩陰に身を潜める。


「あー……、今日は冷えるぜまったく……」


 聞こえてきたのはしゃがれた声。そんな言葉を発しながら、大柄な男が岩陰からこちらへ姿を現し、そしてゆっくりと岩陰に隠れる俺達の方を見下ろしてくる。


「あぁ? なんだおま……グフッ!?」

「ええ……!?」


 フィリーがしたことに俺は思わず声を出す。フィリーは大男の鳩尾に、躊躇なく拳を叩き込んだのである。魔力で威力を補正した拳で鳩尾を突き上げられた大男は、その場にバタリと倒れる。死んではいないだろうが、フィリーの突然の暴挙に俺は戸惑う。


「走ります」

「あ、ああ……」


 小声でフィリーはそう言うと、岩陰から飛び出し、飛ぶようなスピードで走り出す。二キロメートルくらいはあったであろう村までの距離を、ほんの二、三分ほどで踏破したのであった。


「はぁ……はぁ……。やはり、このくらいが、限界ですか……」

「大丈夫か?」

「ええ……、少し休めば……」


 フィリーの息は上がっている。今でも間違いなく人の域は超えているが、やはり森にいた時ほどは身体が動かないらしい。

 森の中でのフィリーは、悪路や木の上だったとしてもお構いなしに、それこそ飛ぶような速度で何十、何百キロメートルという距離を息も切らさずに走っていたのである。そのフィリーが高々二キロメートル前後の道のりで息を切らしていた。やはり魔力を潤沢に使えないという影響は大きいのだろう。

 当の本人であるフィリーは、木の陰でフィリーは腰を下ろし、俺を傍らに置くのだった。


「しばらくここで休みましょう。朝、日が昇って少ししたら村に入ります。あの人達が何者かは分かりませんが、手荒なことをした上に顔を見られた可能性があります。出来ることなら会いたくはないですね」

「俺も同感だ、碌でもない予感がする」


 お互い単なる直感ではあるが、俺とフィリーは同意見のようだ。そもそもいきなり鳩尾に一発叩き込んでいる、相手が普通の人間ならば、あれはマズいだろうとは思う。

 とはいえ、一瞬見えた大男の人相はあまりいいものではなかった。傷だらけの顏、腫れぼったいまぶたの下にあったのは澱んだ瞳。前歯は何本か折れていた。人を顔で評価するのは失礼だとは思うが、カタギの人間にはとても見えない。

 俺達は身体は休ませつつも、精神的には休まらない時間を過ごす。

 その後、やはりあの男たちがこの村へ来ることはなかった。つまりはこの村の人間ではなかったということだろう。

 俺達は日がある程度登ったところで、村の入口へと向かうのであった。


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