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2-1.エルフあれこれ

 少女はゆっくりと道を歩いていた。その背中には、身の丈に対してかなり大きなバックパックが背負われている。そして、腰にはあまりも場違いな土でできた人形を括り付けていた。

 高さ二十センチメートルほどの円筒形。ボーリングの玉のように配置された三つの穴。それは、俺の世界の人間がみれば十人中八人か九人くらいは『埴輪だ』と答えるだろう。そんな物体だった。


「いい天気だなぁ……」

「ええ、まあ、そうですね」


 運ばれているだけなのは楽とはいえ、たまには自らの足で歩きたいなと思うことがある。

 俺は知らないうちに身体を失い、土製の人形。いわゆる埴輪に魂を封印されてしまっている。

 そんな折、折れを運ぶ少女、フィリンシアことフィリーはコホンと咳払いを一つ、そして改まって話し始める。


「さてタクミ、森を出た以上、お話しなくてはなりません」

「ん、なんだ?」


 俺の名前は"長瀬ナガセ タクミ"だと自己紹介をしてから、フィリーは俺のことを名前で呼んでくれている。

 生まれてから名前で呼ばれることなど家族から以外なかったな、などと返事をしつつそんな感慨に耽りかけた折、フィリーは言葉を続ける。


「森から出ると私は魔法を使えません」

「え?」


 聞き間違いかと俺は聞き返す。だが、そういう話を過去に聞いた気はする。


「正確には"運命フォルタ"に補助してもらうことである程度は使えます。ですが、今はあまり使えません」

「契約する前に言ってたな、実際どのくらい使えるんだ?」


 "運命フォルタ"とは、エルフとパートナーとして契約している動物や精霊、ここでいえばつまりは俺のことである。

 そもそも"運命(フォルタ)"とは、エルフが森の外で魔法を使うための補助をする存在だと説明を受けたことがあった。森の中でほど魔法を自由に使えないということは、想像の範囲内ではある。


「私の得意とする魔法は"時間"あるいは"空間"に干渉するものです。たとえばそこに落ちている木の葉に火を着けてくださいと言われたら、それは道具さえあれば誰でも、当然人間でも出来ますね?」

「まあ、そうだろうな」


 ライターやマッチがあれば、一分とたたずに付けられるだろう。火おこし器や火付け石だったとしても、練習すれば出来なくはないと思う。

 俺がそう答えると、フィリーは今度は樹から落ちた葉っぱを拾い上げて言う。


「ではこの木の葉を枝に戻してほしいと言われたら?」

「俺には無理だ」


 接着剤でとめればいいとか、そういう頓智話ではないだろう。フィリーの魔法ならば時間を戻すことで木の葉を樹に引っ付けられるかもしれない。

 

「そういうことです。魔法とは現実へ魔力を持って干渉する能力です。現実的であればあるほど必要な魔力は小さく、現実的に難しいことならばそれだけ必要な魔力は大きくなります。私の魔法は、必要な魔力が非常に多いのです」

「それ、森ではどうしてたんだ?」

「森は樹が生み出した魔力で満ちています、なので魔力を樹にすること無く魔法を使うことが出来るのです。ですが、ここではそうはいきません。元々エルフは魔力を集めることは得意ではないのです」

「なるほど……」


 俺の疑問にそう答えた後、フィリーは『ちなみに』と言葉を続ける。


「運動機能も魔法で補助していたので、今の私は森のなかほどの速さでは動けませんし、筋力も人間と比べて圧倒的な差はないです。村に入ったら武器を買いませんと」


 フィリーはため息をつく。

 確かに森での速度を考えると、目的地が地平線の彼方にあろうが一足飛びに到着していたことだろう。だが、日は高いとはいえフィリーはのんびりと地面を歩いていた。


「武器は森から持ってこれなかったのか?」

「いやー……、森の方からやってくる武装した小娘など、エルフ以外の何者でもないと思いませんか?」

「確かに」


 再度深々とため息を付きながらフィリーが言う。今のフィリーはエルフ特有の長い耳を、魔法で人間と同じ耳に見せかけている。

 身元を隠すなら、森に近い村に入るときくらいは普通の人間のような格好で、ということだろう。

 フィリーは先程拾った落ち葉を投げ捨てようとし、そしてその葉を見て立ち止まった。


「フィリー?」

「あ、いえ。珍しい樹が生えているなと思いまして」

「珍しい?」


 俺の視界には樹は一本しか生えていない。先程フィリーが落ち葉を拾った場所に生えている木だ。俺には普通のその辺にある樹と違いがわからない。


「えっと、この樹はマグカの樹と言いまして、通称『単位の樹』と呼ばれています」

「単位の樹?」

「ええ、こういうことも知っておいてもらってもいいかもしれませんね。――せい!」


 そう言ってフィリーは樹を蹴り飛ばす。すると、樹から二本の枝が落ちてきた。


「さて、この枝を見てなにか気づきませんか?」


 フィリーは俺を腰から外して地面に置き、そして先程落ちてきた二本の枝を見せてくる。


「そうは言ってもなぁ……、強いて言うなら長さが同じ……とか?」


 妙に長さが揃っているなと思っていると、フィリーは満足げに笑みを浮かべる。長さで言えばちょうど1メートル程だろうか


「その通りです。この樹、わざと変なところで折らなければ、必ず同じ長さの枝が落ちてきます。1M(マール)と言われたら、この長さです」

「ほお……」


 凄い樹があったものだなと思っていると、フィリーは今度は俺を抱きかかえる。


「あそこに成っている実は見えますか?」


 俺の視線の先の一点を指差す。そこにはボーリング玉より一回りほど小さい、茶色い実が成っていた。


「でかいな」

「ええ。あそこまで育つとそろそろ自然と落ちてくるのですが、自然に落ちたマグカの実は必ず同じ重さなのです。ちなみにその実1個分の重さを1KG(カーグ)と言います。ちなみにマグカの種千個でマグカの実1個と同じ重さになるので、そちらも単位になっていますね。種1個が1G(グー)です」

「ええ……、どういう原理だ……?」


 流石に都合が良すぎるだろうと思い、俺はフィリーに質問する。いくらなんでも出来すぎではないだろうか。


「大昔に測量とかが好きなエルフがいたらしく、魔法で作った種子をばら撒いたと言われています。その後紆余曲折を経て、周辺の国での共通単位となっているそうです」

「へぇ……、なるほどなぁ……」


 エルフが作ったものは、人間の生活にもずいぶん貢献しているらしい。とはいえ、人間とエルフは根本的にあまり仲が良くないというので、エルフが作った単位が共通単位になるまで、さぞ大変な紆余曲折があったのだろうと考える。


「さて、行きますか」

「おう」


 俺が物思いにふけっている間に、再度俺はフィリーの腰に括り付けられていた。

 フィリーは再び何事もなかったかのように歩き始める。暫く歩いていると、再びフィリーが口を開いた。 


「旅は不安でしたが、話し相手がいるのはいいものですね」

「ああ。そうだな」


 まるで独り言のような呟きだったが、俺はそれに言葉を返す。

 他愛もない会話だったが、心から同意していた。もしも俺が目覚めてからすぐにフィリーに見つけてもらっていなければ、流石に不安で心が押しつぶされていただろう。

 けれど、やはり一人じゃないというのはそれだけでも心強いものだと改めて思う。


「まあその相手は"埴輪"なんですけどね」

「一言多くないか……? 俺、これでも人間なんだけど」

「ではその身体を探しませんとね」


 俺は元々人間だった。だが、この世界に来た時に何故か身体と魂が分かれ、魂のほうがこの埴輪の身体に入ってしまったというのである。

 そして身体はというと、何故かその場には無かったのだ。

 その後俺はフィリーの"運命フォルタ"として契約した。"運命"とは、エルフのパートナーというべき存在である。その見返り……というわけではないが、俺はフィリーに俺の身体を探してもらっているのであった。


「まあ旅立ち初日だ、折角だし明るい話をしようぜ!」

「うーん、明るい話……、といいますと?」


 俺はしばらくここ数日のことを思い出す。何か聞きたいと思っていたことはあるかと考える。

 ふと、小さなことな気がするが疑問にぶち当たる。


「あ。そういえばエルフって皆女の人だなって思ったけど、男のエルフはどこにいるんだ?」

「え? いませんよ?」

「え、そうなの?」


 あまりの即答ぶりに、思わず聞き返してしまった。フィリーはきょとんとした声色で言葉を続ける。 


「エルフは世界樹に生った実から生まれるというという話は前にしたと思います、覚えていますか?」

「ああ、うん」


 エルフは樹になった実から生まれる。そういうことを前にフィリーから聞いたことがある。


「実のところ、実の中のエルフはどちらの性別にもなれるのです。生まれるまでに本能で性別を決めるのですが、ほぼ全てのエルフは女としての生を選びます」

「そうなのか。なんでだ?」

「エルフは平和主義ではありますが戦闘民族でもあります。内臓(急所)が身体の外に露出しているのはちょっと……」

「お、おう……」


 苦笑いか照れ笑いか、フィリーの顔が見えないのでわからない。

 男の俺としては、何を言っているのかは分かってしまうだけに言葉に詰まる。


「それは冗談としても、世界樹がこの身体(性別)を選ばせているのは間違いないので。きっと何かの意思は働いているのでしょう。私は考えたこともありませんでした」

「そうなのか……」


 本当に冗談なのだろうか。そもそも樹から生まれるエルフは本来男女という概念を必要としないし、筋力などの男が有利と言われる部分も魔法で補助できることを考えると、フィリーが言ったことも強ち冗談ではないのではと思える。 


「ていうか気になってたんだけど、エルフってどのくらいまで人間に近いんだ?」


 あの夜、フィリーが黒い騎士と戦ったあの日のことを思い出す。シエルリーゼは右手を矢で貫かれ、フィリーは脚を剣で斬りつけられた。その時、舞った鮮血は赤かった。

 樹から身体が与えられるというが、妙に人間に近い気がする。


「えっと、血は赤いですし臓腑もあります。胸を貫かれたり、頭を吹き飛ばされると即死します。骨格もおそらく人間のそれとほぼ変わらないでしょう」

「そうなのか……」


 フィリーの声からは抑揚が失われている。フィリーはなにか思うところがあったのだろう。おそらく、思い浮かんだ人物は過去に亡くした友人のことだろう。あまり、聴かないほうがよかったことなのかもしれない。

 そんな事を考えていると、今度はフィリーから質問が飛んできた。


「……この話題、明るいですか?」

「……。あんまり明るくないな……」


 ごもっともな言葉であった。

 話下手の俺が、無理に話そうとした結果なのだが、やはりつまらないらしい。しばらく気まずい沈黙が流れる。怒らせたわけではないだろうが、次の会話をなんと切り出せばよいのか分からない。


「ふっ、ふふ…」

「フィリー?」


 だが、沈黙を破ったのはフィリーの笑い声だった。俺は思わず尋ね返す。


「いえ、タクミの為人ひととなりが分かってきた気がしますので」

「え、あ、ありがとう……?」


 俺はフィリーの為人ひととなりが分かったとはまだ言い難いのだが、フィリーとしてはそれなりに俺の何かが分かったらしい。

 今の話題でフィリーが不機嫌にならなかったことにホッとしたような、なんとなく合点がいかないような、そんな感覚の俺を腰に付け、フィリーは道を歩き続けるのであった。


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