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27.旅立ち

―――

―――

―――


 森を出るその日、俺達は森の外縁部にあるフィリーの家にいた。


「さて、タクミ、行きましょうか」


 フィリーはそう告げ、いつものように腰に俺をくくりつける。そして、大きなバックパックを背負い、部屋の窓から飛び出す。


「あ、ああ」

「? どうしましたか」

「いや、なんでもない」


 あれからフィリーは名前で呼んでくれるが、そのたびにむずむずする。やはり中々慣れることが出来ない。


「それよりも、いいのか?」


 なんとか動揺が態度に出ないように注意して話題を変える。


「はい」


 地面に降り立ったフィリーに俺は尋ねた。フィリーはただ短く、いつもの返事を返してくる。

 空に目を移すと雲ひとつなく、風もない完璧な快晴である。だが、俺には一つ心に引っかかるものがあった。


「シエルリーゼ、見送りに来てくれたらよかったのになぁ」

「あはは、言わないでくださいよ。私もそう思ってるんですから」

「そうだよなー」


 最近少しだけフィリーが本音を漏らしてくれるようになった気がする。

 旅立ちの時、友人がいてくれたらと思う気持ちは人間もエルフも同じなようだ。


「来れないのは仕方ないです、ああみえてシエルは忙しいですから」

「まあ、そうだよな」


 結界の崩壊、黒騎士の侵入。樹のが折られるところだった日からまだわずか数日しか経っていない。

 結界の修復、補修、見回り、その上で日々の鍛錬。さらには結界の要石の場所がかなりの精度で漏れていることが判明してしまったのである、その対策にも走り回っていることだろう。

 自警団として中央にいるシエルリーゼにとっては、時間がいくらあっても足りないはずである。


「さて、まずは北側にある王国に行きます。今は帝国はごたついているはずですから」


 ただでさえ戦ったばかりだ。フィリーは面が割れている可能性がある。

 エルフの森の方角から来た少女など、近くの村や街に立ち寄っても良くて門前払い、悪ければ捕縛されてリアと同じ道を辿ることになってしまうというクルルクさんの提案により、俺達はまずは北側の王国へ入り調査し、その後商隊などに紛れて帝国に入るルートを選ぶことにした。

 シエルリーゼと戦ったあの日、俺が最後に撃った光線は帝国の方へと飛んでいったとのことだ。

 まず間違いなくあの黒い騎士が何かを知っている。そう見て間違いないというのはクルルクさんの見立てである。クルルクさんにはずいぶんお世話になってしまった。忙しい合間を縫って、森のエルフから知り得る限りの情報を集めてくれたのである。


「気分は大丈夫ですか?」


 フィリーに声をかけられる。今フィリーは森の中を走っている。樹から樹へと飛び移り、森を出る最短ルートを走り抜けていく。

 フィリーの問いはつまり、俺の乗り物酔いへの心配である。


「無理……すまん……」

「えぇ……」


 元々揺れには強くないのに、括り付けられただけの俺はやはり揺れが大きい。


「仕方ないですね」


 そう言って脚を緩めると、腰の布を解いて俺のことを胸のあたりに抱き寄せる。


「こっちの方が揺れませんよね?」

「お、おう」


 多分フィリーはその辺りに頓着しないのだろうが、胸に抱かれている俺としては全く落ち着かない。とはいえ確かに乗り物酔いは吹き飛んだ。


「も、もういい。もう大丈夫だから」

「ふふん、嫌ですよ」

「ええ、なんで……」


 笑いながらバッサリと斬られる。そして、フィリーは俺の目を見つめながら語りかけてくる。


「また酔ったって言われたら時間がもったいないです、私は早く外の世界が見たいです」


 フィリーは腕を伸ばし、俺と顔を合わせる。満面の笑みにどきりとした。

 俺の目にフィリーの碧い眼が映る。そして、整った顔にエルフ特有の顔に尖った耳。――尖った耳?


「フィリー、人間の街に行くのに、その耳は大丈夫なのか?」

「ん……。あ、確かにそうですね」


 フィリーは近くにあった岩に俺を置き、両手を自分の耳に押し当てる。

 耳から手を離すとその耳は普通の人間と同じものになっていた。


「え、何したんだ?」


 俺には何が起こったのか、フィリーが何をしたのか分からない。俺が驚愕する様子に気づいたのか、フィリーはにこやかな笑顔を俺に向けてくる。


「単なる意識のすり替えです。人間の耳に見えてるだけですよ」

「そ、そうなのか。魔法ってすごいな」

「このくらいはどのエルフでも使えますよ。さて、そろそろ行きましょうか」


 再び俺は持ち上げられ、まるで散歩でもするようにゆっくりと森の外へと歩き出す。

 フィリーの家は結界の外縁部と言っても、森から外に出るにはかなりの距離を歩かなくてはならない。具体的には直線距離で七キロメートルほどだろうか。このペースで歩くと二時間程度はかかるだろう。次の街に着くまでに日が暮れないだろうか。


「おっせーにゃぁ」


 突如呆れたような、聞き覚えがある声が聞こえた。気づいたときには俺とフィリーは森の外にいた。


「シエル!?」

「けっ、今日出るって聞いたから待ってやってたのににゃぁ、とろとろ歩いてんじゃねーにゃ」


 悪態をつきながらシエルリーゼが右手で指し示す。フィリーがそちらを向くと、そこにいたのは一人は長身、方や小柄な二人の人影だった。


「クルルクさん! 族長様も!?」


 視線の先にいたのは、おそらく一番忙しくしているはずの二人であった。ほんの僅かの時間を縫って、もしくは無理矢理にでも時間を作ってフィリーを見送りに来てくれたのである。


「お、きたきた、待ってましたよー」

「そんなに待ってはいないだろうよ……。とはいえ、私達も今は時間がないからな、無理を言ってシエルリーゼに連れてきてもらった」

「そんなんじゃねーにゃ、とろとろ歩いてたから強引に魔法で飛んできただけにゃー」


 そう言って三人、フィリーの前へと並ぶ。シエルリーゼはこちらに視線を合わせようとはしない。


「息災でな。君の結界の守り方は参考になった。お蔭で私達はまだ生きている、ありがとう」

「たまには帰ってきてくださいな――っていうのは、まあ難しいですかね。とはいえ、森ではワタシや族長殿、あとシエルリーゼさんもあなたの帰りを待ってるってこと、忘れないでくださいね?」


 そう言って、族長さんは微笑みを浮かべ、クルルクさんはいつもの貼り付けたような笑みを浮かべながら、フィリーに握手を求めてくる。その二人の手を取りながら、フィリーはただ頷くのであった。


「シエル」

「なんにゃ?」


 フィリーは二人との会話を終えた後、二人の横でつーんと明後日の方向を向いているシエルリーゼに話しかける。

 と、想像通り不機嫌そうな声が返ってきた。


「絶対帰ってきます。その時は、また――」

「ふーんにゃ」


 シエルリーゼはフィリーと目を合わせようとせず、ぷいっと明後日の方向を向いてしまう。


「こら、お前が話さんとどうする」

「にゃっ!?」


 族長さんに背中を押され、シエルリーゼはフィリーの方へと押し出される。


「ぐぬぬ……、こっち来いにゃ」

「えっ!?」


 そう言うとシエルリーゼはフィリーの胸ぐらを掴み、額が当たるのではないかというくらい近くに顔を寄せる。

 また喧嘩か? などと思ったのもつかの間、シエルリーゼはフィリーから手を離し、距離を取る。


「これがわたしの思ってることにゃ、ぜってー守れにゃ」

「……! はい!」


 "ライン"の魔法を使えば、近くにいれば目を見るだけで思っていることが分かる。シエルリーゼは、フィリーに何かを伝えたのだろう。


「あとそこの"運命フォルタ"!」

「え、俺?」

「ぜってーフィリーを死なせるんじゃねーにゃよ!? 何があってもてめーが守れにゃ!」


 俺の方へ、まっすぐに視線を向けながら、そんな事をまくしたててくる。


「当たり前だ、俺はフィリーの"運命フォルタ"なんだからな」

「けっ、その言葉、忘れるんじゃねーにゃよ」


 その後、シエルリーゼはフィリーや俺と目を合わせることなく、腕を組んで目を閉じてそっぽをむいている。



「シエル、また会いましょうね?」

「早く行けにゃあ!」

「……はい!」


 そう会話する二人とも、声を震わせていた。

 だがフィリーは振り返り、一歩、また一歩と歩を進める。後ろを振り向かず、まっすぐに。


「なんていうか、思った以上に寂しいですね」

「だろうな」


 目をこすりながらフィリーは歩みを続ける。

 後ろを振り向けば、きっとあの三人はまだ俺達を見送ってくれているだろう。だがフィリーは振り返ること無く、ただ前へと歩き続ける。

 遥か彼方の地平線、その先にはまだ何も見えない。登り始めたばかりの太陽がただそこにあった。



第一章はこれで終わりとなります。

第二章がまた来週中にはスタートすると思います。その時はよろしくおねがいします。

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