23.戦いの後
俺とフィリーは気づけばシエルリーゼの部屋に居た。俺達の突然の来訪に驚いたのか、枝からバサバサと数羽の鳥が飛び立っていく。
流石にそろそろ慣れたが、やはり突然視界が変化するというのは不思議な気分になる。
「にゃー……。疲れたにゃね」
部屋に戻ってすぐ、フィリーの対面へと腰を下ろしたシエルリーゼは、あまりにもぎこちない笑顔のようなものをこちらに向けてきた。
「なんか笑い方、下手になってませんか?」
フィリーが辛辣な言葉をかける。確かにそうなのだが、あまりにもストレートすぎやしないだろうかと思わないでもない。つい数時間前までシエルリーゼに一方的に罵られ、それにただただ謝り続ける関係だったとは想像できない。
だが、シエルリーゼはうつむき気味に頭を掻き、ぽつりぽつりと言葉を漏らす。
「にゃぁ……、ここ二年くらい、楽しくかったり嬉しくて笑った記憶がないからにゃぁ……。どういう笑い方をすればいいのか忘れちまったのにゃ……」
「私のせい、ですね」
フィリーは寂しげにそう言葉を漏らす。
だが、シエルリーゼは首を横に振り、フィリーの言葉を否定する。
「ちげーにゃ……、わたしがてめーを信じきれなかったのがわりーにゃ。気にすんにゃ」
「ほんとですよ! 信じてくださいよ!」
「にゃぁ!? てめーそれ、こっちのセリフにゃ!? 最初から本当のことを言っとけにゃ! クルルクもてめーも、なんで隠してたにゃ!!?」
「なっ、ちょっと!?」
あまりにも綺麗な逆ギレを見せたフィリーに対し、シエルリーゼが飛びかかってくる。
元々直線的な瞬発力はシエルリーゼがフィリーを圧倒している。フィリーはほぼ抵抗できず、後ろに押し倒される格好になった。
それと同時、俺も床へと投げ出される。
「いたた……。シエルリーゼ、ちょっとやりすぎ――」
頭を擦りながらフィリーは身体を起こそうとする。だが、途中でフィリーは動きを止めた。
シエルリーゼが肩を震わせながら顔をフィリーの胸に押し当て、両腕をがっちりとフィリーの背中へと回していたのである。
「なんで……、てめーは……、いつもいつも大事なことを最後まで言わねーのにゃあ……」
シエルリーゼは泣いていた。顔はフィリーに擦り付け、自らの感情をフィリーへとぶつけていた。
フィリーもゆっくりとシエルリーゼの背中へ手を回す。そして、目を閉じ、何も言わずにシエルリーゼの感情を受け止めていた。
「どれだけ待ってたと思ってんのにゃ……、何回家まで行ったと思ってんのにゃ……!! 何度他の奴ら
とてめーのことで喧嘩したと思ってんのにゃぁ……!!」
その姿は痛哭と言ってもいいだろう。シエルリーゼはこれまでの全てを吐き出そうとするように、フィリーの肩を叩きながら泣きじゃくる。
シエルリーゼはフィリーのことを信じていたのである。信じて、信じて、信じ続けて、それでもシエルリーゼのことを遠ざけ続けるフィリーの態度に、ついにはシエルリーゼの心は折れてしまったのである。
それがシエルリーゼを守るためだったとしても、フィリーの決断が二人の心に溝を作ったのは違いない。
フィリーはただ、シエルリーゼの小さな身体を抱き留めていた。
「信じて……、くれていたのですね……」
「あたりめーにゃぁ……!! 信じてないと本気で思ってたにゃ!?」
顔を埋めながら、フィリーの問にシエルリーゼは即答する。最初に逆ギレを見せたフィリーだったが、目を閉じ、シエルリーゼの背中を撫でながら口を開く。
「信じてないなんて……思ってるはず、無いじゃないですか……」
「にゃぁ……、じゃあさっきのはなんにゃぁ……!!」
その言葉は、最初の逆ギレに対してであろう。
フィリーはというと、バツが悪そうな苦笑いを作り、視線を動かした後に静かに言う。
「……。照れ隠しです」
「あほぉ……!!」
口にはしないがシエルリーゼの言葉に大いに同感である。この相棒は、とことんいい性格をしているなと時々思う。
とはいえ、この会話で少し場の空気が緩んだのか、今度はフィリーから口を開いた。
「シエルリーゼ、ごめんなさい。友人を信用しきれなかったのは、私だったのかもしれないですね……」
「そーにゃ。はんせーしろにゃ」
涙や鼻水でグシャグシャになった顔をフィリーから離す。そして泣き腫らした顔をフィリーに向けて言うのだった。
「あとシエルって呼べにゃ」
「……はい、シエル」
床に押し付けられるフィリーの目から、一筋光るものが流れ落ちる。
二人は眠りに落ちるまで、これまでの時間を埋めるように、抱き合い続けるのだった。
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石で作られた建造物、そこに突如紫黒色の空間が揺らめく。その空間は陽炎のように揺らめいたかと思うと、そこから所々が溶け落ちた鎧を身に着けた男が現れる。
その男は地面に脚をつけると同時、石造りの床へと崩れ落ちた。
「だ、団長殿!? ご無事だったのですか!!」
「くっ……。ふふ、殺さ、ないでくれよ……」
近くにいた鈍色に光る鎧を着た兵士が、手に持っていた武器を投げ出して駆け寄ってくる。
それを右手で制し、ボロボロになった鎧のような物を身に着けた男はなんとか身体を起こすと、壁にもたれかかった。
「大丈夫、自分で動ける、から……」
「い、今救護の者を呼んでまいります!!」
「ああ……、ありがとう……」
男は武器を拾う時間も惜しむように、部屋を走って出ていく。
漆黒の騎士は帝都へ帰ってきていた。
それは早馬によって、『"漆黒"が森の中で消息を絶った。エルフに討たれた可能性がある』という報告を受けた帝都が、混乱に包まれかけていた矢先のことであった。
きっと補佐の者に、『仮にも英雄なのだから、もっとその自覚を持ってください』などと小言を言われてしまうのだろう。そんなことが頭によぎったが、"漆黒"にとって、そんなことは当然些事である。
「さて、せっかく時間をあげたんだ……。精々足掻いてみてくれよ……」
騎士はエルフの森がある方を向き、ただ一言、そう呟くのであった。




