1.俺、埴輪だった。
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(俺、どうなっちまったんだ……?)
声が聞こえた気がした。
視界が突然暗転した。俺は倒れた。そこまでは覚えている。
だが目が覚めた今でも身体が動かない。どうなったのかわからない。
いや、多分俺は埋まっているのだろう。肌に触れるのは土の感触だった。泥遊びなんて何年もしていないが、この感触は間違いないだろう。瓦礫や土に俺は埋まっているのである。
だが、そもそも何故埋まっているのかが理解できない。
俺はアスファルトで出来た道を歩いていたはずだった。
非現実的な状況ではあるが、思考は冷静だった。息もできる、空腹もなければ喉も乾いていない、体に痛みもなく、意識もはっきりとしている。すぐにどうにかなるということはないだろう。
そんな現状が少年の心に、僅かながらの余裕を生んでいた。
「誰か!! だれか、そこにいるのですか!!」
そんな折、声が聞こえた。女の人の声だった。口調や声質からして幼女なんてことはないだろう。ならば、なんとか俺を掘り起こしてくれないだろうかと、叫ぼうとした。
(……!?)
声が出ない。喉が潰れてしまったのだろうか。
だがそれでも声を出さなくては気づいてもらえない。がむしゃらに叫ぼうとする。
『ここにいるぞ!』
自分でも驚くくらいしっかりと声が出た――気がした。
(……?)
間違いなく俺の声だし、俺から発せられたのだが、妙な違和感があった。不安に思いもう一度と声を上げようとするが、再び声が出ることはなかった。
だが、その声に気づいてくれたのか、上のほうから物音が聞こえる。俺を掘り起こそうとしてくれているのだろうか。助けてくれることを、俺としては祈るしかなかった。
・・・
・・・
・・・
どれほど時間がたったのだろうか、辺りは依然闇に包まれている。
声も出ないし身体も動かない。だが音は聞こえる。
俺を掘り起こそうとする音は、少しずつだが確実に大きくなっている。
「そこに、いてください」
何度か聞こえる懇願の声。
声は出ないし身体も動かない。何とか居場所を伝えようとするが、その手段はない。
だが、その間にも俺を掘り起こそうとする音は続いていた。
その間も、俺は何度も声を出して場所を伝えようとした。
だが相変わらず声は出ない。しかし時折聞こえる相手の声は次第にはっきり聞こえるようになり、そして土を掘っているであろう音もまた途切れることもなかった。
そして、ついに俺の目に光が差し込んだ。
「お願い、いてください……!」
今度ははっきりと声が聞こえた。その直後闇が完全に晴れる。
「えっ……?」
見えたのは少女の姿だった。
ただ、その見た目に特徴があった。色素の薄い真っ白な肌と、背中で一つにまとめた金色の髪、そしてこちらを見る瞳の色は碧色。さらには日本人離れした整った顔立ち。
そして何よりも特徴的だったのが耳だった。その少女の耳は長く、そして尖っていたのである。
(エルフ……?)
目の前で呆然とした顔を向けてくる少女は、物語で聞くエルフ像そのままであり、その少女はこちらに不安そうに碧い瞳を向けてきている。
そりゃそうだ、瓦礫の下に人が埋まっていたら、そりゃ困惑もするだろう。
なんとか感謝の意を伝えようとしたが、声が一切出ない。
喉が潰れたというよりは、まるで喉が消えてしまったかのような感覚であった。
怪我でもしたのだろうか、ここまで声が出ないとなると治るのか不安にも思うが、とりあえず命はあるし目も見えている。
呼吸が出来ないということはない。
別に声が出せなくても別にそれほど困らないだろうと思い直す。なにせ話したい相手など、誰もいないのだから。
「えっと、これ……は何でしょうか……。でも、これですよね……?」
『これ』とは失礼なと思う。そう思うや否や、眼前の少女は俺の額に人差し指を当ててきた。
触れられると同時、パチっと静電気が飛んだときのような感覚があった。
「呼んだのはあなた……ですか?」
「呼んだんじゃない、呼ばれたんだ。って、喋れる!」
先程まで全く喋れる気がしなかったが、急に話ができるようになった。
だが俺の返答に対し、少女は明らかに俺よりも困惑し、瞳が揺れる。
「えっと……はい。私とあなたの間にラインを通しましたので……、私の声はあなたに伝わりますし、あなたの声は私に伝わります」
「便利だな、魔法みたいだ」
「魔法……。はい、魔法です」
俺なりに素直な返答をしたつもりだったのだが、少女は首を傾げ、怪訝な顔を向けてくる。
何を考えているのだろうかと思ったが、少女はふるふると首を振り、俺にまっすぐ碧い瞳を向けてくる。
「ところで、あなたが私の"運命"ですか……?」
「うん? ふぉ……なんだって?」
「あなたが私の"運命"ですか!?」
言葉尻は小さく、細々とした言葉だった。聞き慣れない単語に俺は反射的に聞き返す。
その言葉に、少女の瞳が再び不安に揺れるのがわかった。だが再度真っ直ぐな瞳をこちらに向けてきたかと思うと、強い語気で言葉を発する。
真っ直ぐに俺の顔を見つめる、入り交じる感情は期待と不安だろうか。
ただ、少女には申し訳ないが、俺として答えられることは一つである。
「違うんじゃないか? 俺は呼ばれただけだ」
聞いたことがない単語であった。多分それは俺ではないと否定の言葉を返す。
首を振ろうとしたものの、それは体が動かず叶わなかった。
「そう、ですか……。でも……、いや、あなたがそう言うならそうなのでしょう……」
少女は寂しそうな顔をする。泣きそうな顔にも見えた。少女は小さくため息をつく。
俺の返答は少女を失望させてしまうものだったようだが、少女はそれでも困ったように一度俺に微笑みかけてきた。
「なんにせよ、こんなところに置いておくわけにはいきませんね」
「助けてくれるのか? ありがとう、瓦礫の下にいたせいか身体が動かないんだ」
「え、動くんですかあなた」
「そりゃ動く……ってええぇ!?」
そう言うや否や、俺の身体は少女に持ち上げられたのである。
文字通り、両手で軽々と持ち上げ、様々な角度から俺をまじまじと見ている。
それは少女があまりにも巨大なのか、俺が小人のように小さくなっているのか、あるいは俺が頭だけになって生きているのか、そのどれかであることの裏付けであった。
「いやちょっと、ちょっと待ってくれっ!」
「えっ、な、なんですか? 何か痛いところでも!?」
声が裏返るのにも構わず、少女を制止する。急に大声を出したからか、少女は俺を見つめ、目を見開いている。
だがそれよりも、今は俺がどのような姿になってしまっているのかを知りたかった。
「鏡とか持ってないか? 俺が今どうなっているのか知りたい」
「え? あ、はい。分かり、ました」
少女は俺を抱きかかえたまま走る。ただ、場所は樹の上をまるで平坦な道をスキップするがごとく軽快に飛び跳ねていた。
そして数十秒後、少女が樹から飛び降り、ゆっくりと歩を進める。そして立ち止まった先には、小さな川が流れていた。
「えっと……、これで見えますか?」
少女は流れの緩やかところまで行き、水面に俺の姿を映す。
「何だこれ」
水面を見ると同時に、思わず正直な感想が口から漏れた。
水面に映った姿は長さ二十センチメートルくらいの、先が潰れた砲弾のような、つるっとした円筒形のフォルム。そしてそこにボウリングの玉のように配置された三つの穴、色は土気色というよりは完全に土色。両サイドからはかぎ状の突起、まさにそれは――。
「埴輪……?」
視界に映ったものは完全に古墳時代の産物。装飾は一切ない、あまりにも何の特徴もない埴輪だった。