15."漆黒"と"右腕"
突如現れたエルフには見覚えがあった。
迷彩柄の貫頭衣を身に着け、短い髪を後ろに纏めている。身長はフィリーより頭一つ低く、かなり小柄なことが分かる。先程見た印象だと、顔立ちはエルフという種族の特徴なのだろうが、人並み外れて整っている。
そしてなにより、常に貼り付けたような笑顔を浮かべていたのが印象的であった。
「ほう、ワタシのことをご存知で……。こちらはあなたさんのことは知りませんが、なんにせよこれ以上のおイタは許せませんねぇ。次はワタシが相手をしましょう、かかって来てくださいな」
ただ楽しそうにクルルクさんはそう告げ、騎士とフィリーの間に入ったクルルクさんは、腰を落とし拳を構えた。
が、黒い騎士は剣を収め、首を横に振る。
「いや、やめておこう。"迷いの森"が再起動された以上今回の強襲は失敗だ。そこの彼女には伝えたがこれは所詮八つ当たりだからね」
フィリーを指差しながらそう言い、黒い騎士は言葉を続ける。
「君が来ているということは族長殿もこちらに向かっているのだろう? 君たちの族長様と事を構えたくはない。僕としては撤退したいものだね」
そう言うと剣を鞘に収め、黒い騎士は両手をあげて後ずさる。
「ほほぉ、よくおわかりで。ですが逃げられるとお思いで?」
「無理だろうね、今は――」
言葉を言い切った瞬間、黒の騎士の姿が消えた。直後、拳を構えるクルルクの背後に現れる。
騎士の剣がクルルクを襲うが、それに反応して頭を伏せて剣を避け、背後を振り返ることなく前方へ跳んで距離をとる。あまりにも自然な動き、その動きに一切の無駄はない。それだけでフィリーよりも戦いに慣れていることが分かる。
「フィリンシアさん、後ろの同胞さんを運んであげてくださいな、ここはワタシがなんとかしますので」
「は、はい!」
そう笑顔で指示するクルルクさんの声でフィリーは我に返る。
フィリーは木に寄りかかっているシエルリーゼを抱え、再び樹に向かって走り出した。
俺の視線の先にはどんどん遠ざかっていくクルルクさんと黒い騎士の姿がある。
二人はただ、向かい合い何かを話しているようだったが、その声は俺たちにはもう聞こえなかった。
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守るべきエルフたちの背中を見送った後、クルルクはゆっくりと漆黒の騎士へと目を移す。
「さて、行きましたね。ところで"ヴァルドルフ"さん、あなたなら彼女らを追えたのでは?」
笑顔を浮かべ、首を傾げながらクルルクは黒い騎士に尋ねる。
「ふう……、さっきも言ったがこれは所詮僕の八つ当たりだよ。それより、やはり君は僕のことを知っていたな?」
名前を呼ばれた漆黒の騎士は、先程までとは打って変わって気怠げに言う。クルルクはそんな様子の相手にしても普段と同じ様子で対峙していた。
「ええ、そりゃもう。あなたを知らないエルフはいませんよ。十年前、突然現れた帝国の英雄ヴァルドルフは有名ですからねぇ。お手柔らかにお願いしますよ?」
大仰な態度でクルルクは騎士に向かって深々と礼をする。その様子を黒い騎士はため息混じりに見つめている。
「ふむ……。で、どうする気だい?」
「お暇なら一勝負しませんか? 族長殿が来るまでくらいはあなたと戦える、そう思えるくらいには自分のことを信頼していますので」
フィリンシアによって映された太陽はもう存在しない。月明かりだけに照らされた森の中で、クルルクは黒の騎士に言う。ゆっくりと、試すように。
言葉と同時にクルルクは腰を落とし、拳を構える。が、黒い騎士は首を横に振る。
「それも魅力的だが……、やめておこうじゃないか。そろそろ時間稼ぎは十分だろう? お互いに」
「まあ、まあそうですねぇ。お互いに、その方が良さそうですね」
その答えは分かっていたとでもいうように、クルルクはあっさりと構えを解いた。先程まで辺りは静寂が広がっていたが、今ではパチパチと何かが燃える音も聞こえる。ここまで火の手が広がってきたのだろう。ここは風下だ、離れなければ炎に巻かれてしまうかもしれない。
「それよりもまあ、進んで囮役とはお優しいことですねぇ」
「ああ、一応同じ塀の中で過ごした仲間だ。彼らが虐殺されるのもいい気はしないからね。じゃあ、僕は行かせてもらうよ」
そう言いながら剣を下ろし振り返る黒い騎士を、クルルクはただ見送る。その様子を確認してか、黒の騎士、ヴァルドルフは樹の反対側へと向かって歩き出した。
クルルクの目的はフィリーを逃がす時間を稼ぐこと、ヴァルドルフは自分が囮となることで、北側の兵団を粉砕した上、さらに追撃をかけようとするエルフの本体を自分に引きつけることであった。
自らと出会ったエルフが何らかの手段で仲間を呼ぶことは、ヴァルドルフの想定通りだったのである。同様にクルルクも、それを承知で騎士の策略乗った。
あとはここで話し合った通り、お互いここで別れたら終わり、二人の思惑は共に完遂される。誰も不幸にはならない。
「――なんて、逃がすと思っているんですかぁ?」
だが、それにもかかわらず、クルルクは一歩前へ。黒騎士、ヴァルドルフへ向かって飛びかかった。
一対一でクルルクが勝つ見込みは皆無と言ってもいい。
だがエルフの族長もこちらへ向かってきているはずだ。"ライン"による連絡は先程から何者かの妨害で出来ないが、すぐに来てくれるという信頼を預けるくらいには、族長を近くで見てきたと思っている。
時間を稼げるかは完全に博打、だとしてもこれは、森を襲う人間の英雄を討ち取る絶好の機会なのだ。ならば、それをしなくてはならない、何よりもそれが一番楽しそうだと、小柄なエルフは黒い騎士との間合いを詰める一息の間に、そう思ったのであった。
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俺たちは無事に樹の下に帰ってきていた。施設にシエルリーゼを預けた後、フィリーは俺を抱いたまま樹に寄りかかって休んでいた。
「ここってどういう施設なんだ? 治療のための場所ってのは分かるんだけど」
「単純に樹の中は魔力が多いので回復が速早まるのです。ほら、見えますか?」
そう言ってフィリーは俺に自らの脚を見せる。すると、先程切り裂かれたはずの脚が、傷跡一つ残さずに治っていた。
「何が起こったんだ……?」
「魔力を取り込むことによってエルフは体を修復出来るのです」
「そうなのか、便利だな……」
思わずそう呟くが、フィリーは苦笑いを返してくる。
「ええ、そのかわり代謝が殆ど無いので自然な治癒は望めません。ですからそういった怪我をしたときに魔力で補助してもらうためにもエルフには”運命”が必要なのです」
「"運命"はエルフにとって死活問題なんだな……」
エルフという種族についての知識がまた一つついた。などと思っていると、どこからともなく一人のエルフがやってくる。それは先程別れたばかりのクルルクさんであった。常ににこにことしているのだが、どうも感情が読めない。妙な雰囲気をまとった人だ。
それを助長しているのが、異様にボロボロになった服にもあると思う。
「おやぁ、視線を感じますね。そちらの"運命"さんですか? だめですよー、自分の主さんから目をそらしちゃ」
なおも茶化すように、クルルクさんは言う。
「何があったんですか?」
俺の疑問をフィリーが変わりに尋ねてくれる。
「いやー、別れた後、あいつを殺してやろうと喧嘩を売ってみたのですが見事に返り討ちにあっちゃいまして」
あっけらかんと笑うクルルクさんだったが、事実ここまで来れたということは無事に逃げおおせたということなのだろう。
フィリーは何か言いたそうにしていたが、クルルクさんの背後の人物を見て口を閉ざす。
「何を笑っているのだ貴様は」
その声の主は、エルフの族長のものであった。
「あ、族長殿、先ほどぶりです」
「『あ、先程ぶりです』ではないわ戯けが、先走ってあの黒騎士を逃しおって……。それよりフィリンシア、"迷いの森"の復活、大義だったな」
「いえ……。私では力が足りず、遊ばれただけでした……」
「ふむ、ヴァルドルフのことか。あいつは仕方ない、ただ精進せよ」
微笑みながらフィリーに言う。族長としてはフィリーを最大限労いたいのだろう。
「ところで族長殿、遅かったですねぇ、何をしてたんですか?」
「む? 貴様が取り逃した"黒いの"を見つけたからな、追撃して一撃食らわせてきた。時空跳躍で逃げおったがな、忌々しいやつだ」
「時空跳躍?」
首を傾げながらクルルクさんが尋ねる。
「ああ。人間の癖に大した魔法を使うものだ、忌々しい」
そう言って族長さんは苦虫を噛み潰したような顔で東の方――俺たちがさっきまでいた方向を睨む。
フィリーがあれだけ苦戦していた黒い騎士を、族長さんは一撃を食らわせた上で追い払ったという。恐ろしく強いというのは本当らしい。
「なるほどなるほど、ワタシの仇をとってくださったのですね」
笑いながら、俺達に踵を返して族長さんの方へとぴょこぴょこと歩いていく。身長が百八十センチメートルくらいありそうな族長さんと、百四十センチあるかどうかというクルルクさんが並ぶとやはり親子か何かにしか見えない。
「アホウめ、そんなわけあるか」
「おっと、えい!」
族長さんはクルルクさんを小突こうとしたのか右手を振り上げるが、クルルクさんはそれを難なく避けて族長の背後に回り込むと、そのまま抱きつくのだった。
「っと……、お前。私にも威厳というものがだな……」
呆れ顔の族長と笑顔を振りまき続けるクルルクだが、きっとお互いを信頼しあっているのだろう。族長も言葉ほど嫌がる素振りは見せない。
後ろからクルルクさんに抱きつかれたまま、族長さんはフィリーに尋ねる。
「シエルリーゼは無事か?」
「はい。毒を受けたようですが、恐らく受けた毒は少量、ここまで無事だったなら大丈夫だと思います」
「そうか。黒騎士の目的は時間稼ぎだったか。だが妙だな、そもそもなんで"奴"はあんな場所にいたんだ? 時間稼ぎと聞いたが、それにしてもあそこまで森の内側に入る必要はなかろう」
「確かに、むしろ彼なら"迷いの森"の復活を妨害出来たのでは」
確かにそうだ。あいつはあんな場所で何をしていたというのだ。
俺は考えを巡らせる。樹を折ろうとしていた? 一番ありそうだ。だが、それならフィリーと戦う必要はない。何かを探していた……? いや、それも違う。だが、一つ可能性があるとすれば――。
「……、私を見つけた時点でその必要がなくなった……?」
そう呟いたのはフィリーであった。俺と同じ思考であった。確かにそれなら辻褄があう。あいつがフィリーを探していたのだとすれば、あいつの目的はフィリーを見つけた時点で達成されたのである。
だがそれだと一つの疑問が生まれる。
「あいつと過去に会ったことが?」
「いえ、まさか」
「まあ、そうだろうな」
族長さんの問に、フィリーは首を横に振る。
もしもあの黒い騎士がフィリーを探していたとすると、その動機がわからない。
「ふむ……。分からないな」
これで振り出しか。他の可能性をここにいる全員で考えるも、これと言った可能性が思い浮かばない。と、族長の後ろにぶら下がっていたクルルクさんが声を上げた。
「あ、そうだそうだ。ワタシが着く直前に撃った魔法、アレすごかったですねー! あれ何だったんですか?」
クルルクさんが来る直前に撃った魔法……、何だったかと思案するが明らかに俺の穴という穴から出てきたアレである。言い方については自分でもどうかと思うが、それ以外の言い方がわからない。
「多分それは私の"運命"が撃った魔法ですね」
俺を二人の方に掲げる。一段と興味を示したのはクルルクさんであった。
「ほほー、確かに魔力を感じますね。これは……、うん? 少々借りて構いませんか?」
「え、あ、はい」
俺の身体はフィリーからクルルクさんへと渡され、クルルクさんが俺の顔をまじまじと見つめてくる。
「んー、ここですかねぇ……?」
そう言って、人差し指を躊躇なく俺の口に差し込んできた。
「ふごっ!?」
「ああ、感覚はあるんですねぇ。少々我慢してくださいな」
微笑みを浮かべながら、クルルクさんが俺の中をかき混ぜる。
「む、ここですか。何やら魔法陣がありますね。構文が少々古めですが……、大きさの割に複雑ですねぇ……、どんな強大な魔法が込められて……、うん?」
口元に浮かんでいた微笑みが消える。そして、俺は地面へと置かれた。
「あなたに質問です」
そしてまっすぐにこちらを見据え、尋ねられた。
「あなたの撃った魔法はどこに行きましたか?」
「え? 確か黒い騎士にまっすぐ飛んだ後、切られて消えた」
その言葉の後しばらく考え、そして再びこちらを見据えて言う。
「そうですか……、では分かったことを一つ。あなたに仕組まれていた魔法陣の構文は明らかに探知系です。何かを探してそれに向かって飛翔体が飛んでいく、といったところでしょうか。あの魔力量ならこの星の裏側にいても届いたでしょうねぇ」
「つまり、俺のビームは黒い騎士に向かって飛んでいったってことは……?」
何者かがあの黒い騎士を俺に探させようとしていた? 何故?
今度はそんな可能性にぶち当たるが、それに先んじてクルルクさんが口を開く。
「まあそれも可能性の話です。あの黒いのが持っていた剣、魔法を切り裂く剣でしたのでそれで打ち消された可能性はありますね。本当に探していたものはあいつの後ろにあったのかもしれないです」
「魔力を切り裂く?」
「おや、お気づきじゃなかったですか? まあそれは今は関係ないですね。それにしても、あなたに成り代わった者は何がしたいんですかねぇ」
そういえばフィリーの魔法を何度も打ち消していた。なるほど、そういうからくりがあったのか。
「ちなみにその探知魔法、あと二回ほど使えますね。二回使うと魔法陣が崩壊し、発動する魔法が変わります」
「魔法が変わる? そんな事があるのですか?」
フィリーがクルルクさんに質問する。
「普通は無いですねぇ。でもこの魔方陣は何重にもなっています。本来魔法陣は発動すると欠損し、使い物にならないのですが欠損した結果別の紋様が浮かび上がり、違う効果を及ぼすように魔法陣が構築されていますね。そんな芸当が出来る人はそうはいません、あなたの身体に魔法陣を刻んだ人、一体何者なんでしょうねぇ」
笑いながらそう言うと、クルルクさんは再度俺を持ち上げ、フィリーに手渡す。そしてくるりと踵を返し、族長さんの横に並んだ。
「ま、ワタシが分かったのはそんなところです。とはいえ、参考になるかと言うと怪しいですねぇ。話をもとに戻しましょうか」
もともと俺たちは黒い騎士の目的を探っていたはずだ。少々脱線してしまった感がある会話を、クルルクさんが戻そうとする。
その後いくらか話し合いに戻る。話すべきことはやはり今何をすべきかということである。
「ふむ、今から無事なエルフで結界の他の要石の修復に入ろう。"迷いの森"が再起動してあるとはいえ、一度は侵入された上で破壊されたのだ、出来る限り急ごう」
「はいさ、まあそうなりますよねぇ」
その声にクルルクさんはいつものように軽く返事をする。
そうして、結界の修復作戦が始まった。
集められたエルフたちと協力して要石を復活させていく。手順は"迷いの森"を復活させたときと同じらしい。要石まで行き、呪文をかけて再生し、簡単に破られないように何かしらの魔法を施す。
フィリーは慣れた手付きで元あった場所に要石を戻し、魔力を込めていく。
本来はエルフ以外には壁が見えず、人間が迷宮を超えるのはまず無理とのことだ。
では何故彼らが迷宮を踏破できたのかと言うと、迷宮の壁は不可視とはいえ魔力が探知できれば、ある程度場所は分かるらしい。それを利用して気付かれないように少しずつ要石を魔力探知で探し破壊、ある程度要石を減らした時点で全て破壊して強襲したのだろうと言っていた。
何故フィリーの要石が残ったのかというと、フィリーの偽装方法が単純に本物と同じ魔力を通したダミーの要石を数千個単位で作成していたため、単純にダミーが多すぎて破壊しきれなかった、ということらしい。
それでも、迷いの森を復活させた時点で"迷いの森"以外の要石は全て破壊されたそうで、もう少し遅ければ危なかったと言っていた。
「敵、来ないみたいだな」
「ええ。”迷いの森”を起動した時点で敵は全員森の外に排除されます。これだけ時間が経っていますから、ヴァルドルフが言ったとおりもう撤兵済みなのでしょう。交戦中もほぼ敵に出会わなかったことを見るに数百程度の少数精鋭の強襲部隊です。動きは軽いでしょうね」
「いつもこんな感じで攻めてくるのか?」
「そうですね、基本的には小規模行軍です。大規模なものは王国側も察知して全面戦争になりかねませんから、帝国も今の所そこまではする気はないのでしょう」
「なるほど……」
王国というのは森を挟んで帝国と反対側にある国だと聞いた。エルフの森という緩衝地帯を挟んで対立しているらしい。そしてその緩衝地帯を守りたい王国と削りたい帝国、という構図のようだ。
「よし、これで私の担当は全部です。お疲れ様でした」
そう言うと、フィリーは共に作業をしていたエルフに声をかけ帰路につく。
全ての要石を復活させた時には月はかなり傾いていた。もう数時間も待たずに夜は明けるだろう。辺に闇が広がる中、世界樹の周りは松明が焚かれ、一足先に昼のような明かりに照らされていた。
そこに見えたのは百人以上のエルフたち。一様に疲れ切り、その場に座り込んでいるが、こちらの様子に気づいた一人のエルフがこちらを指さしてきた。
すると、木の方から一人のエルフがこちらに歩いてくる。今までこういう時にまず話しかけて着てくれるのは族長さんだったが、どうもその背格好を見るに違うように感じる。
目を凝らしてみると、近づいてくるのはシエルリーゼだった。
「怪我は……、大丈夫みたいです、ね」
「ああ、そうにゃね……」
フィリーは依然萎縮してしまっているが、シエルリーゼは今までと様子が少し違って見えた。
ムスッとした表情は初めて会った時と同じだが、向けて来る目に先程までの敵愾心は見えない。フィリーを見る時は常に蔑むような目つきをしていた翠色の瞳は、今は何故か泳いでいる。
そして何かを話そうとしているのか、口をパクパクとしていた。
その後じっくりと三十秒ほどの時間を開け、ようやくシエルリーゼが言葉を発した。
「話、聞いてやるにゃ……。後で家にこいにゃ……」
それだけを言い残し、再び風のように去っていってしまう。
「――、はい」
フィリーはただ短くそう告げ、シエルリーゼの方を見つめていた。
「やー、お疲れ様でした。フィリンシアさんは契約したばっかりなのに大変でしたねー」
そう話しかけてきたのはクルルクさんである。
「族長殿からの伝言です。『私達は再度見回りに向かう。負傷したシエルリーゼと本日契約したばかりのフィリンシアは待機だ、英気を養っておけ』だそうです」
「はい、ありがとうございます」
フィリーはペコリとお辞儀をする。族長さんは、フィリーにシエルリーゼと話す機会をくれたのだろう。
「ワタシも後ろで休んでる方々とすぐに出発しますので、旧交を温めておいてくださいな。ではでは」
いつもの笑顔でクルルクさんはそう言って他のエルフたちの方へと戻っていく。その様子を見送ることなく、フィリーは眼前にそびえ立つ大樹――世界樹を見上げていた。




