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10.逃げたくない

 俺達の目の前に現れた緑髪の翠色の瞳を持ったエルフの少女、名前は確か、シエルリーゼといっただろうか。

 身体は煤にまみれていて、結界の外で何かしらの行動を起こしていたことが分かる。語尾に反して目つきは厳しく、背筋を伸ばして族長さんに向き合う。

 その様子を見て、この少女も自警団に属しているといっていたフィリーの言葉を思い出す。


「ふむ、ではシエルリーゼ。貴様はフィリンシアと共に東側の結界に向かってくれ。そして"迷いの森"を復活させろ」

「にゃぁ!? 私がこいつとですにゃ!?」

「ああ。まあフィリンシア次第だがな。シエルリーゼにはフィリンシアを結果に運んでほしい。大部分の結界が破れている今、貴様の魔法なら結界までの道のりは無いに等しいだろう?」

「まあ、そうですけどにゃ……、けどにゃぁ……」


 シエルリーゼは更に眉間にシワを寄せながら、嫌なものを見るかのようにフィリーに視線を向ける。

 対してフィリーは完全にシエルリーゼに対して萎縮してしまっていた。

 しばらく沈黙が流れる。族長はフィリーを真っ直ぐに見つめ、シエルリーゼは族長とフィリーの方を交互に見比べる。


「私、行きます。シエルリーゼもいいですか?」


 フィリーは絞り出すようにそう言った。その様子を横目で見てシエルリーゼは鼻で笑う。


「イヤにゃ」


 そして、明確にフィリーを拒絶したのであった。


「私はもう"運命フォルタ"と契約しました。あの頃とは違い、ます……」


 涙声だが、フィリーなりにシエルリーゼに対して向き合おうとしている。

 だが目の前の碧色のエルフは、そんなフィリーに対して、冷たい視線を向けて吐き捨てる。


「"運命"と契約? そんなガラクタみたいなのが"運命"にゃ!? にゃーっはっはは、笑わせてくれるにゃ! そんなんと一緒にされたくねーにゃー、お前と一緒に行くくらいなら一人で行ったほうがましにゃ!!」

「おい、にゃー子。貴様いい加減に――」


 見かねた族長さんが間に入ろうとした。その瞬間であった。


「そんなこと、言ってる場合ですか!!!」


 声を震わせ、族長の言葉を抑え、真っ直ぐにシエルリーゼに向かって、フィリーが吼える。

 大げさに笑っていたシエルリーゼであったが、その様子を見て口を結び、目を細めてフィリーを見据える。


「あなたならわかるはずです、私ごときの魔法が万能なはずがない、今この時間も結界にかけた私の魔法は破壊され続けています、長くは持たないのです!! だから、力を貸してください!」


 フィリーの懇願、それを聞いていたシエルリーゼはため息とともに目を伏せる。


「言ってくれるにゃ……」


 そう呟き、顔を上げたシエルリーゼは顔を歪めていた。

 その表情から正確な感情は分からない。だが、負の感情がぐちゃぐちゃに入り混じっていることだけは理解できた。


「"あの時"逃げたてめーに何ができるにゃ……、リア一人さえ救えなかったお前に何ができるにゃ!?」


 その言葉にフィリーは気圧されることなく再び言葉を返す。


「私はもう"運命"と契約した!! それに、もう二度と逃げないってリアを救えなかった時に誓った!!」

「そんな覚悟、今更してどうすんにゃ!! もうリアは帰ってこねーにゃ!!!」

「もっともだと思っています。ですが契約をした今、私は結界を復活させられる。現に今生きているのは私の結界だけです! 信じて下さい!」

「……けっ、どうだかにゃ……」


 フィリーは一歩も引くことなく、シエルリーゼに向かって叫ぶ。そのその様子に、シエルリーゼは後ろを向き、何処かに去っていこうとする。

 そして一度立ち止まり、背中越しに話しかけてくる。


「それは前々から準備してた結界が残ってるだけにゃろ? "運命"と契約したところでてめーの心まで強くなるはずねーにゃ。また逃げるに決まってるにゃ」

「おいにゃー子!」

「族長様、人員の確保は任せるにゃ。わたしは行くにゃ、準備があるにゃ」


 シエルリーゼはもう話すことはないと言うかのごとくそう吐き捨てると、族長さんの静止を振り切って歩き始める。 


「逃げるはず……ないじゃないですか……!」

「けっ」

 フィリーその訴えに対しても不快感を露わにしつつ、現れたときと同じように突然姿を消した。来たときと同じ魔法を使ったのだろう。フィリーが歯噛みするのが分かった。感情が流れ込んできている、隠しきれない感情が流れ込んできている。

 俺の身体を握るフィリーの腕に力がこもる。

 

「すまん、フィリンシア。こうなったのは私のミスだ」

「いえ……、ここまで拗れたのは私が悪いです……」


 俺の胴体部分を握りしめるフィリーの力が強くなる。エルフの握力がどれほどかわからないが、やはりエルフの握力は人間のそれを遥かに超えている。

 メシッというあまり聞きたくない音が聞こえたのを機に俺は声を上げた。


「フィリー、痛い、割れる、死ぬ、俺死んじゃう」

「え? あ……はい……そうですね……」


 上の空といった返事をされたが、一応聞こえていたようで力は弱まる。


「奴もお前のことを気にしていないわけではない思うのだが。どうする? 族長の私としては封印の復活には君が一番適任だと考える。単機で行くには危険が伴う、奴には族長権限で命令できるが」

「それは……、シエルが嫌がると思いますから……」


 族長さんとしては、移動と離脱にはシエルリーゼの魔法が、封印の復活には経験からフィリーが適任だ

と考えたのだろう。だが、あの様子を見ると協力は無理そうだ。


「君は彼女との関係が拗れていると言ったが、関係が切れているわけじゃない。そもそもあの妙な語尾は元々君のためだろう? ならば大丈夫だと思うがね」

「そう……でしょうか……」


 あの変な語尾は趣味というわけではないらしいということに俺は心の中で驚く。


「一応言っておくがシエルリーゼが君を完全に拒絶しているなら、私とて流石に頼むことはない。もう一度私からも話しておくが、一方で君が拒むなら別の人員を探そうと思う。どうする?」


 族長さんも、間を取り持とうとしてくれている。俺から見たら流石にここまで拗れた関係がすぐに戻るようには見えないのだが、長い付き合いがあるのであろう族長さんからみれば希望はあるらしい。


「……少しだけ、時間をいただけませんか。ほんの少しでいいので……」

「……わかった。私はここにいるから答えが決まったら返事をくれ」


 すぐそばにいるということは、暗にそれほど時間はないと言っていた。それもそうだ、周りは火の海、フィリーの結界も破られようとしている。族長としての立場ならばすぐにでも決断してほしいはずだ。

 それでも時間をくれたのは、フィリーの結界を信用してくれているからだろう。


「フィリー、あの子となんかあったのか? 前は仲が良かったみたいな話だったけど」

「まあちょっと、共通の友人を私のせいで亡くしまして……」


 先程から何度か出てきたリアという人物のことだろう。本当にフィリーのせいならばここまでフィリーのことを目の敵にするのも分からないでもないが、フィリーや族長さんの様子をみるにどうも単純にそういうわけではないようにも思える。


「厳密には私のせいじゃないのですが、色々とすれ違いがありまして……」

「うーん……で、どうするんだ?」


 詳しい話を聞きたいとは思う。

 だが、今はそのことについて話し合っている場合ではない。フィリーは行くのか、というところに話を戻そうとする。


「そりゃまた仲良くなれたらいいですけれども……」

「いや、そっちじゃなくて族長さんに頼まれたほうのことだったんだけど」


 フィリーとしてはやはりシエルリーゼのほうが気になるらしい。あそこまで言われても後ろ髪を引かれるならば、昔は仲が良かったというのは本当なのだろう。


「え、あ、そっちですか。うーん……」


 だが、フィリーは悩んでいた。過去何があったかわからないが、根は深そうだ。踏み込んでよいのかか迷ったが、俺は背中を押してみることにした。


「こう言ったらなんだけど、やっぱりフィリーも結界に行くべきだと思う。結界についてのノウハウは少なくともシエルリーゼよりフィリーが上のはずだろう?」

「頭では分かってるのですが……、いざあの子と顔を合わせると気後れしてしまいまして……。あの子は昔から気は強かったですし、逆に私は昔から引っ込み思案でしたので……」


 フィリーはそう呟きながらため息を漏らす。


「いや、そうじゃないですね……、私はシエルとはまた友達になりたいです」


 フィリーはそう呟くと思案に入り、しばしの沈黙が流れる。


「一つ、アドバイスを頂いていいでしょうか」

「俺に出来るアドバイスなら」


 そういうフィリーの口調はさっきまでの弱々しさは消えていた

 俺はその言葉の意味を察する。


「じゃあ、私に”がんばれ”って、言ってもらっていいですか?」

 

 フィリーは小さく震えている。

 そんなフィリーが望んだのはアドバイスではなく、ただ背中を押す言葉だった。フィリーの決意は決まっている。なら、俺がすることは一つだ。


「がんばれ。今エルフが生きてるのはフィリーのお陰なんだ、じゃあもう一回くらいはいける! がんばれ!」


 もっと言いたいことはあったが、けれど今のフィリーにとってそれ以上の言葉は逆に決意を揺るがせるかもしれないと、そう思い口をつぐんだ。

 

「……」

「フィリー?」


 俺が言った後もフィリーは硬直し、動こうとしない。何かあったのだろうかと俺も視界の先を見つめるも、フィリーが足を止めるような物は何もない。


「あのですね……」

「うん」

「足が震えて動かないんです助けてくださいお願いします」


 俺の身体にずっと伝わっていた震えは止まることなく、カタカタと俺の身体も揺らしている。


「ええ……」

「いや、だって……」


 足どころか体全体震えているようで、その振動が俺にまで伝わってくる。そして大体いつも落ち着いているのに、時折妙に子供っぽくなる。

 だが今はそんなことを言ってる場合ではない。


「フィリー!?」


 焦って俺は尋ねる。だがフィリーの震えは更に強くなる一方だ。


「私だって分かってるんですけど動かないんですよ!」


 逆ギレ気味にそう返されてしまった。とはいえ俺としても今日出会ったばかりの種族が滅んでほしくない。なんとか声をかけ続ける。


「じゃあどうすんだよ! 行くのか!? 行かないのか!?」


 俺も引かないという思いでついつい語調が強くなる。


「行くに決まってるじゃないですか!! ――っ!?」

「じゃあ、そんな所でつったんてんじゃねーにゃ」


 不意に軽い衝撃。同時に聞こえてきたのはそんな言葉。

 声は聞いたことがある、シエルリーゼだ。先程の衝撃はフィリーの背中を叩いたのだろう。


「シエル……リーゼ……? どうして……?」


 フィリーの震えは止まっていた。

 フィリーは背後を振り返り尋ねる。その様子を見てか、シエルリーゼは怪訝そうな顔をして、フィリーへと言葉を投げる。


「はー……。これでも族長の命令にゃ、行くにゃよ」

「けどさっき、一人で行ったほうがましって……」

 

 そこまでフィリーが言うと、ため息をつきながらシエルリーゼは腕を組む。そして眼を細め、真っ直ぐにフィリーを見据える。


「わたしは『行かない』なんて一言もいってねーにゃ。それにさっきちゃんと『準備がある』って言ったにゃ。そもそも族長の命令を無視するとか自殺行為にゃ」

「そう、ですか……」


 シエルリーゼとしては、任務と割り切れば一緒にいることは問題ないらしい。


「で、わたしと違っててめーは選択肢を貰ってるはずにゃ。どうすんのにゃ? 行くにゃ? こねーにゃ?」


 この少女の言う通り、あとはフィリーの意思次第だ。

 その問いに、フィリーは一歩も引かず答える。


「行きます。絶対に成功させます。頑張りましょう、シエルリーゼ」


 今までにないくらい、自信に溢れた言葉だった。その言葉に、シエルリーゼが逆に一歩脚を引く。


「むっ……、しゃーねーにゃ……。族長、構わねーにゃ?」


 シエルリーゼは振り返り、族長さんへと話しかける。その先には、やれやれと両手を広げる族長さんの姿があった。


「まったく……。シエルリーゼ、フィリンシア。北側は全て私に任せておけ。君たちは自分の任務に集中しろ」


 族長さんがフィリーとシエルリーゼを真っ直ぐに見つめて言う。


「はい」

「にゃ」


 二人は短く返事を返す。それを聞いた族長さんは、頷いて背を向ける。

 俺達が向かうは東側、破られた結界のある場所。

 フィリーとシエルリーゼは、ただその方向へ視線を向けるのであった。

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