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9.襲撃


 轟音から十数秒の時間経て、揺れが収まる。

 少なくとも俺の身体は大丈夫そうであった。


「だ、大丈夫ですか?」


 すぐそばからフィリーの声が聞こえる。

 揺れ始めた直後から今まで、フィリーが俺に覆いかぶさるように守ってくれたのである。別に瓦礫が降ってくるようなことはなかったようで、フィリーも無事なようだ。


「俺は大丈夫。フィリーのほうも怪我はないか?」

「ええ、ですが外が気になります、行きましょう」

「あ、ああ……」


 早口でそう言い切ると、フィリーは俺を両手で持ち上げ、胸元に抱きかかえた。

 そしてフィリーは扉を開け放つ。


 また名前を言いそびれてしまった――。俺は一瞬そう考えたが、即座にそんな考えは吹き飛んだ。

 それほどまでに、俺たちの視界に映った世界は壮絶なものだった――。

 

 森が燃えていた。

 

 火事というようなものではない。俺たちのいる巨大な樹(世界樹)、その周りが全て燃えているのである。

 周囲にはこれまで何処にいたのだろうかという数のエルフが走り回っていた。エルフたちは周囲に獣や鳥、あるいは光る何かを連れている。あれが各々エルフたちの"運命フォルタ"なのだろう。


「フィリー、これは……!?」

「分かりません。ですが、ただ事ではないですね。周囲に人間の気配があります、この火事も人為的なものですね」

「落ちついてるな……大丈夫なのか?」

「まあ、慌ててもどうしようもないので……」


 不思議なまでに落ちついているフィリーに言われ、俺も落ち着きを取り戻す。


「樹の周りの結界は特別なので、しばらくは持つと思います。とはいえ進路も退路も断たれています、楽観視できる状況ではないですね」


 確かに樹を中心に百メートルくらいの範囲に、不自然なまでに炎が入ってきていない。火の粉なども降りかかってこず、煙もこちらには入ってこないようだ。


「元より、この樹がある時点でエルフに退路など存在しませんが……。まずは何が起きたのか把握したいです。族長様のところへ行きましょう」


 エルフにとってこの大樹は大切なものである。エルフは樹から生まれる、そしてそのエルフを生むことが出来るのは、この世界樹だけなのである。

 駆け出したフィリーは迷うことなく一直線に木の周りを駆ける。 

 どうしてか族長さんの場所は分かっているようで、元々ここに来るまでにもとてつもない速さで走っていたが、それよりも圧倒的に速い。


「フィリー、なんか速くなってないか!?」

「はい、魔力を速度に変換していますので。樹に近い上にあなたと契約しているため、魔力の吸収効率が上がっています。その影響ですね」

「すげーな魔力……、何でもできるのか?」


 俺の問いに、フィリーは少し考える。 


「私の使える魔法はかなり偏っているので、なんでもは無理ですが……、まあ見せる機会はあると思います。族長様!」


 おそらく樹を半周ほどしただろうか。一キロメートルほどの道のりを一分かからずに走破し、族長と顔を合わせる。その族長の顔つきは、先ほどまでの優しげな様子は微塵もなく、厳しい視線を外へと送っていた。


「状況は?」

「わからん、だが西側以外の結界は恐らく全滅している」

「西側ですか……」


 フィリーが呟く。何故かその声色に不安の色を感じる。


「フィリンシア、ここまで来る時気づいたことを、すべて話してくれ」

「はい、ここの来る際、結界に綻びがありました。それ自体はたまにあることですので報告は契約後にしようと思っていたのですが……、失敗しました……すみません」


 俯きがちにフィリーは族長と話す。

 それに対して族長は首を振る。


「いや、先に聞いていたとしても間に合わんかっただろう、それは仕方ない。それより契約は済んだか?」

「はい」

「うむ、そうか」


 フィリーがそう短く答えると、族長が俺に近づいてくる。そして俺の額に触れるのだった。


「聞こえるか」

「えっと、はい」

「うむ。触れられるし聞こえるな」


 触れられた時に"ライン"を通されたのだろう。なんにせよ、族長と意思の疎通がとれるようになったらしい。これも契約の影響なのだろうか。


「本当に君がフィリンシアの"運命フォルタ"なんだね?」

「え、あ、はい。そう、みたいですね……?」

「自信を持て。君と話したいことも無いではないが……、今はそうも言ってられんな」


 呆れ顔でそう言うと、族長は俺たちから離れ、再びフィリーへと顔を向ける。その時には最初のように険しい表情であった。


「私たちが取れる選択肢は二つだ」

「二つ、とは」


 フィリーが尋ね返す。胸に抱かれているのでフィリーの表情は分からないが、声色からは戸惑いが感じ

られる。心なしか俺を抱く腕の力も強い気がする。

 そんなフィリーに族長はゆっくりと語りかけるように話す。


「一つはここを囲んでいる人間共の殲滅せんめつ、もう一つは生きている結界を足掛かりに他の結界を復活させることだ。どちらにせよ時間は稼げる」


 端的に、族長さんは二つの選択肢を提示する。

 片方はあまりにも物騒だし、片方は言っている以上に難しいことに思える。それはフィリーも感じているようで、少し間を置き考えてから言うのだった。


「どちらも障害は大きそうな気がしますが……、今はどちらの方向で動いているのですか?」


 その問いに族長はため息をつく。そして重々しく口を開くのだった。


「動いとらんよ。話し合い中だ」

「え? そんな悠長な」


 相手に声が届くことも忘れて、俺はついつい言葉に出してしまう。そんな俺の言葉に族長は自嘲気味に笑って答える。


「私自身、そう思うよ。だがエルフとはそういうものなんだ。それにほぼすべての結界を破壊されるなど前代未聞だ。みんなどうすればよいか分らんのさ。フィリンシア、お前はどちらがいいと思う?」

「……、私に尋ねなければならないほど、事態は切迫しているのですか?」


 フィリーの声のトーンが下がる。多分、フィリーは自分に自信がないのだろう。


「それは勘違いというものだよ。フィリンシア、私はそれだけ君に信頼を預けているのだ」

「何故……?」

「なぜなら、生きている西方の結界はお前が守っていた場所だろう?」


 族長はただ優しく問いかける。族長が知らないはずないだろうが、それでも直接訪ねたいことだったのだろう。


「はい……、確かにそうです……」

「他は破られているがお前のところは無事だった。他のエルフが怠慢だったとは言わないが、お前が守った場所のお陰でエルフの首は繋がっているのだよ」

「そんな……ことは……」


 フィリーは俯きながら声を震わせる。喜んでいるというわけではないということは、契約していなかったとしても分かっただろう。


「今はどっちがいいか言ってくれないか。安心しろ、別に『お前がそう言ったから』、などと責任を転化することはない。意見を聴いて、そして私が決めるんだ」

「……はい」


 そこまで言われたことで、フィリーは意思を固めたのだろう。

 一息置いて、フィリーは口を開く。


「ともにハードルは高いと思います。真正面からぶつかって勝てるなら殲滅が確実でしょう。ただ、相手も恐らく何かしらの策を持ってきています、それに敵の数は把握できているのですか?」

「出来ていない、どうも完全に気配を遮断している者がいる、同胞も何人か討たれた」


 ただ淡々と、事実だけを族長は話す。すでにエルフ側に被害は出てしまっていると。


「ならば殲滅は厳しいと考えます。こちらの被害も大きくなるでしょうし、万が一討ち漏らした場合、結界を張り直そうとするたびに妨害が入ることになると思われます。その間に敵の増援が来てはもう守り切れないと考えます」

「ならば何よりも優先して結界を復活させるか? 今の話を聞くに、その方が難しそうだが」


 族長さんは粛々と選択肢を提示してくる。フィリーも雰囲気に気圧されることなく、意見をぶつける。


「要石の東西南北の四か所、破壊された要石のうち核となる四つだけでも復活させ、"迷いの森"を復活させればよいかと考えます」


 何やら知らない単語が出てきた。


「迷いの森ってなんだ?」

「あ、はい。"迷いの森"とは特殊な結界のことです。単に壁を作り出すのではなく、幻覚や幻聴を引き起こした上で強制的に外敵を森から排除します。さらに他の要石より内側に設置されているので、復活の難易度は低いはずです」


 フィリーはそう言うが、その言葉で逆に気になることが出来た。


「逆に言えば他の結界から外れた位置にあるなら、特別な要石だってことは敵から見ても明らかだ、見張りがいるんじゃないか?」

「はい。ですが西側の結界が生きていることが恐らく敵からすれば想定外なのだと思います。大半の人間はそちらの救援に向かっている可能性が高いです」


 普段の自信なさげな様子が嘘のように、はっきりとそう言い切る。


「何故そう思う?」

「私の用意したダミーの要石が破壊される速度が上がっています。私の魔法で作ったダミーですので分かるのです。まだ個数には余裕があるので大丈夫ですが、この速度で破壊されるとよくないです」


 フィリーは眉間にシワを寄せる。ゆっくりと平静を装っているが、俺を抱く力は強くなる。少々苦しいが、俺の方に構っているほどの余裕はないらしい。


「なるほど、わかった。ではそっちで行こう。南側の結界の修復にはクルルクを向かわせる」

「クルルクさんなら安心ですね」


 クルルクさん、聞いたことがあるなと記憶をたどる。


「(あ。あの人か)」


 契約を結ぶ直前、族長さんの隣りにいた糸目で常に笑顔だった小柄な女性を思い出す。妙な雰囲気だったが、二人の信頼は厚いようだ。


「それで、東側だが。さて、適任はと言うと――」

「……」


 そこまで言ったところで、族長さんは難しい顔をする。恐らく候補の心当たりがいないわけではないのだろう。フィリーも同様のようで、言葉を挟まない。

 俺からはフィリーの顔は見えないが、おそらくは族長さんと同じような顔をしているのだろう。


「その適任ってやつ、わたしのことにゃね?」

「……はい」

 

 その声の主に、フィリーはそちらを向いて小さな声で答える。

 緑がかった短髪、そして翠の瞳を持つ小柄なエルフが、いつの間にか俺達の真横に立っていたのだった。

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