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プロローグ

「じゃあまた明日、学校でな!」

「おうよ、またな」


 やや軽薄そうな見た目の男に対し、長身の男が微笑みを浮かべながら右手を上げて返事を返す。

 少年は手を振ってその男と分かれる。

 月の上る夜、今は平日水曜日。さあ、ここからが俺の時間だと、少年は自宅へ向かって歩きだした。


「はぁ……」


 笑顔で答えていた少年はの表情は数歩の内に陰鬱ものへと変わる。そもそもこの少年にとって『俺の時間』というものが、あまりポジティブな意味ではない。いうなれば、マイナスがゼロに戻っただけというところか。


「なにが、”おうよ、またな”だ……」


 現時刻は夜二十二時を過ぎている。

 月明かりの下、少年は頭を掻きながら、街灯に照らされたアスファルトとの上をコンビニへ向かって歩く。明日になれば学校に行き、その後適当な部活をして家に帰れば課題をこなして予備校へと通い、そしてその生活をあと二年は繰り返す――。

 彼にとって”友人”とは、話を合わせやすい相手、くらいの存在であった。

 彼にとって会話とは話を合わせるだけの行為。ただエネルギーを浪費するだけの行為とさえ言えた。

 そんな毎日が”マイナス”でなくてなんだと言うのだろう。


「あ、やっちまった」


 不意に家に財布を忘れていたことを思い出す。

 コンビニまでの道もまだ半ば、今からまっすぐ家に帰れば五分とかからない。

 いや、帰っても家族に小言を言われるだけだ。気晴らしに立ち読みでもして帰ろう。どうせこの時間さえも惰性だ。

 今日はなんの漫画の発売日だったかな、などとそんなことを考えながら毎日のように歩いてきた道を進む。

 少年自身も、もう半ば諦めていた。ただ立ち止まっていないだけである。

 漫画だって別に好きなわけではない。

 単に何かに興味を持つきっかけにならないだろうかと、そう考えただけだ。少年はあがいているつもりだったが、やはりそれも惰性であったのである。

 知らず知らずに少年は全てを受け入れていた。

 それが自分の()()だと。今後どこかの大学に行き、さして興味のない学問を修め、さらにはどこかに就職して、したくもない仕事を四十年ばかりすることになるのだろう。

 その人生に少年の意思はなく、意思を伴わない行動をするたびに、少年の中の針は大きく”マイナス”へと触れていく。


『……に……の……?』

「うん?」


 そんな折だ。耳にノイズのようなものが聞こえた気がしたのは。

 ノイズと言うよりは、誰かに呼びかけられた気さえした。


『……こに、いるの……?』

「む……?」


 今度は間違いない、誰か女の人の声がした。

 少年は周囲を見渡す。だが、当然のように誰もいない。


「気のせい、か?」


 そう決めて、再び前に歩き出そうとした。だが数歩の後、少年は足を止める。


「これもきっかけ、か」


 ただ惰性で少年は踵を返し、そして走った。声が聞こえた方、正確には聞こえた気がした方向である。

 その足の運びに淀みはない。陸上部で長距離走をしているのが功を奏した。

 入部した動機が単に練習でも一人で走れて、一番自由でいられる時間が長いという理由であったとしても、だ。


『――れか、だれか、そこにいないの――』


 声の主までの距離は確実に近づいてきていて、その声色には懇願の色を帯びてきている。

 そして明らかに、誰かに対して呼びかけていた。


「ここにいるぞ!」


 少年は走る。多分この曲がり角を超えた先、声の主がいるのだろうと、そう直感していた。何故、人を呼んでいるのかはわからないが、声色に余裕を感じられない。きっとろくでもないことが起こっている。暴漢か、それとも事故か。

 警戒しつつ、俺は声の聞こえた曲がり角を曲がる。


「……あれ?」


 そこには、誰もいなかった。

 広がっているのは静寂だった。ここから先は長い一本道の大通り、目は悪くないし街灯や居酒屋などの店のおかげで、それなりに遠くまで見通すことができた。

 だが、そこには怪しい人影はない。仕事帰りと思われる男女が疎らに道を歩いているだけだった。


「うーん……」


 今までのは幻聴だったのだろうかと考える。


「いや、誰かが呼んでた……気はしたんだけどなぁ……」


 どちらにせよ、コンビニから逆方向へと、かなりの距離を走ってきたため、もはやコンビニに行こうという気など失せてしまった。


「帰るか」


 帰っても特にすることはないが、汗もかいたし風呂に入って寝ようと、少年は振り返る。


 ――だが、振り向いた先あまりにも大きな違和感が眼前にあった。

 少年の視界には、ただただ闇が広がっていたのある。街灯がすべて消えているどころの話ではない。目に映る限り、遥か彼方まで光を全て飲み込まんとする孔があいていたのである。


「(やべぇ……)」


 少年の脳内で警鐘が鳴る。逃げなくてはならない。

 振り返ろうとするが、その途端に世界全てが闇に染まった。


「(あ……れ……?)」


 自分の視界が暗転したということに気付いたのは、少年の意識が闇に飲み込まれる直前であった。



―――

―――

―――




 森の中を一人の少女が走る。というよりも、木々を飛び跳ねていた。その速度は人としてはありえない速度なのは違いない。

 向かっている先にあるものは、森の中にある小さな遺跡だった。ただ、遺跡というにはあまりに小さい。どちらかと言えば祠といった方が正しい、記憶にある遺跡はそんな場所であった。


「向こうから気配を感じたのですが……」


 蔦をかき分け、差し込む太陽の眩しさに目を細める。まだ少し目的の場所は遠く、視界には映らない。

 少女が探しているの物は”運命(フォルタ)”と呼ばれる存在であった。

 彼女は森に棲むエルフと呼ばれる種族である。エルフは”運命”を見つけて初めて一人前になるとされていた。

 エルフはある程度成長すると、その森に棲む一匹の動物か、あるいは一体の精霊と繋がりが出来る。その繋がりは突然のもので、繋がる相手を選ぶことが出ない。

 一般的には十歳になる前、者によっては生まれる前にはすでに自然と繋がる相手――”運命(フォルタ)”は見つかるのが普通だった。むしろ、この少女のように十五歳にもなっても見つかっていなかったというのが稀なのである。


「そこに、いるの?」

 

 そうしている間に遺跡にたどり着き、少女は中に入り呼びかける。

 生き物の気配は感じられず、当然のように返事もない。

 少女の焦りは募る一方だった。感じた気配は気のせいなのだろうか。いや、そんなはずはないと少女は自分に言い聞かせる。

 遺跡の中に足を踏み入れる。小さな遺跡だ、やはり祠と言ったほうがいいかもしれない。

 中に入ってもそこには何もない。せいぜい十歩も歩けば端から端へと移動できるであろう、花崗岩を積み上げて作られた小さな祠だった。

 ぐるりと見回すがやはり誰もいない。生き物の気配などそこにはない。


「誰か!! だれか、そこにいるのですか!!?」


 それでもできる限り、精一杯の大声で叫ぶ。今までにこれほど大声は出したことがないし、きっとこれから出すこともないだろうと思った。

 返ってきた静寂に気恥ずかしくなり首を振る。聞こえてくるのは少女の声の残響のみ。呼びかけに応える声は返ってこない。

 この場所にいなければ、私の”運命”はどこに存在するのか、そんな考えが少女の頭の中をめぐる。


(いや……)


 だが急に頭は冷静になる。いままでと同じだ、と。

 焦っても良い結果が出るとは思えない。明日からもまた探せばよいのだと、焦燥する心を抑える。

 少女はため息を一つつき一瞬目を伏せるが、気丈な表情で踵を返して遺跡を出ようとする。


『ここにいるぞ!』

「え……?」


 直後少女の耳に入って来た言葉に少女は耳を疑う。誰かがいる、確実に。

 声が聞こえた場所は遺跡の隅にある瓦礫の下であった。瓦礫は結構な量があるように見えるが、面積としては大した範囲ではない。半日もせずに掘り起こすことは可能だろう。


(言葉がわかるっていうことは、精霊? 埋まっている面積からみて多分小精霊でしょうか)


 少女に動物の言葉がわかる能力は備わっていないため、そう結論づける。

 基本的に”運命(フォルタ)”としての力の大きさは単純な身体の大きさに比例している。”運命”がいないのは論外としても、あまりにも小さければそれはそれで馬鹿にされてしまうだろう。

 しかし少女はその声に従った。


「よし…………」


 少女は膝をつき、手を動かし始める。

 あまり腕力に自信があるわけではないとはいえ、それはエルフの中ではという話であった。

人に似た外見を持つエルフだが、人間よりも遥かに力は強い。

 瓦礫をどかすくらいは造作もない。とはいえ積み重なる花崗岩だけでなく湿った泥、その泥を硬く固めるように雑草の根が蔓延っている。それを一人で掘り起こすのにどれだけ時間がかかるかはわからない。だが、そこにいるというのなら、何としても掘り起こすと、ただひたすらに手を動かし始めた。

「ここに、いてください——」


・・・

・・・

・・・


 時間は刻々と過ぎていく。空高くにあった太陽も地面に落ちようとしていた。


「っ……」


 手は擦り切れ、血も出ている。爪もボロボロだ。ただ少女はただひたすらに手を動かす。雑草を抜き去り、瓦礫を取り除き、土を払い、ただひたすら掘り進んでいく。

 瓦礫の下にいてくださいというただ一つの想いをもって、少女は瓦礫を取り去ってゆく。


「絶対に……ここにいる……はずです!」

 

 その言葉は懇願に近いものがあった。

 ほとんどの瓦礫を取り除いた。日はもう落ち、既に月が昇っている。

 すでに殆どの場所は瓦礫を取り除かれており、花崗岩でできた床が見えている。手を開いたり閉じたりしてみる。手の感覚はもうないが、まだ動いてくれるらしい。

 本当にこんなところにいるのだろうかと、少女自身も疑問に思い始めていた。

 そもそも、明らかに最近崩れたわけでもなく、数十年単位で人の手が入っているように感じられない。いるとしても、確実にそれは動物ではないのは間違いがない。

 精霊かその類の者だろう。精霊が"運命"になることなど稀な上、非常に気まぐれなので不安は大きい。

 とはいえ可能性があるならば、掘り続けるしかないではないか。

 どうして、自分の"運命"を自分で諦めることが出来るのか、どれだけ手が擦り切れようと、しばらく手を使えなくなるくらい何だというのか。


「お願い、いてください……!」


 声は最初に聞こえて以降、今まで一切聞こえていない。

 何度も呼びかけた。だが、返事はない、それでも掘り進めた。この瓦礫が最後だ、それを取り除いて何もいなければ――。少女は頭を振って嫌な考えを振り払う。


「これで、最後!」


 大きめの花崗岩の塊を取り払う。

 取り払った場所にあったのは、あまりにも異質なものであった。


 「えっ……?」


 少女の視線の先、そこにあったのは見慣れない物体であった。目に映ったものに呆然とする。涙は出なかった。そこにあったのが、あまりにも予想から外れた物だったためである。

 これは……"()"?




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