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数十メートルを超える木々が並ぶ森の中。太陽が天辺に登っているにも関わらず、森の中はまるで真夜中のように薄暗かった。以前まで使われていたであろう補正された道は、辛うじて残っていた。その道を闇に溶け込みそうな真っ黒なローブを着たカノルたちが歩いていく。

その途中、木の陰から枝のような腕と丸々とした腹を携えたインプが、カノルたちに襲いかかってきた。


「邪魔」


カノルは腰に掛けているレイピアでインプを斬る。指と変わらない細さの剣筋は、ブレることなくインプの首を跳ねる。


「インプにゴブリン、スライムと……

随分色んな魔物が住み着いてるな」

「あぁ

魔族の瘴気が居心地よくて、そのまんま居座ったってとこか…

下級生物が共存出来てるとこを見ると、そこまで強い魔族じゃないみたいだな」


地面に落ちていた木を蹴り飛ばした。

魔族の瘴気はその魔族の強さを表す。瘴気の強さが、そのまま魔力の強さに繋がるからだ。瘴気が強いと下級生物はまず生活ができない。自身がその瘴気に取り込まれて、自我を失ってしまうのだ。

また、瘴気が弱いとそれを糧として下級生物は生活する。下級生物とはスライムやゴブリンのような弱い魔物のことだ。

カノルはバックを弄り、一枚の紙を取り出した。広げるとランクBと書かれている。ギルドから受け取った依頼書だ。


「ランクBね…

こんな雑魚にこれだけのランクと報酬をつけるとは馬鹿らしいな」


ランクはその地域のギルドが任意で決めることができる。そのため、地域によってはとても簡単でも、違う地域ではランクが違うことがよくある。

難易度は上からS、A、BからFまで、7つの難易度に設定されている。


「そんな馬鹿たちのお陰で! 結構儲かるじゃないですか!」

「別に金なんて、その日生きられる分さえあれば問題ない」

「カノル、お前…若いくせに随分年寄りくせーこと言うな」

「そうか?

オレはオレが生きていける力があれば良いんだ

その他は、ただただ身を滅ぼす」

「はー……お前勇者やめて神父にでもなったらどうだ?」

「あ! なら私! シスターやるね!!」

「僕も!」

「おい、オレは神父になんかならねぇぞ」


薄暗な場所にも関わらず、カノルたちは楽しい会話が繰り広げれる。すると、パキッという乾いた木が割れた音が森に響いた。その音が聞こえた途端、弾かれたように皆が武器を構えて辺りを見渡す。魔物たちの時とは違って警戒した様子で、皆が暗い森の先を見つめる。


「ニック」


カノルが名前を呼ぶと、元気な声で返事をして鼻を効かせる。その間も背中合わせになって四方を見つめる目は、休むことなく見続けた。しばらくするとニックの目が一点を見つめる。すぅと息を吐いて、カノルの方を向いた。


「カノルさん! 南南西の方角に人間です。数は1人で男性……ここでの生活長いのかな? 土や草で紛れてるけど、ソイツ自身は良い匂いじゃないな…腐った卵料理の匂いに近い…うえ……人間の血の匂いはしないけど、動物と魔物の血の匂いは微かにするね……呼吸の向的にもこっちの様子を伺ってるみたいです、微かに殺気も感じます!」


カノルは手を顎に添えて考え込む。

人間が嫌いなカノルにとって、必要最低限関わり合いたくはなかった。しかし、殺気を向けている相手に背中を向けるような愚かな真似もする気はなかった。

静かに舌打ちをして、道を逸れて男がいる南南西の方に草木を乱暴にかき分けて進んでいく。


「行くのかー?」

「面倒だが、魔族討伐の邪魔になりかねない…

さっさと行って斬ればいい」

「ったく…相変わらず物騒な考え方してんな……」


頭をかいてガナーはカノルについて行く。

リアとニックは戻ってこれるよう目印として、待たせることにした。

レイピアで草木を斬って進んでいると、プツリと先ほどまでとは違った感触が手に伝わる。



「カノル!」




真上から鋭利に削られた大量の木の棒が一斉に落ちてくる。

ガナーは呼びかけると同時に左手首に着けているブレスレットを外した。ボコボコという音を立てて太い腕がより一層太くなる。体も同じように大きくなっていき、着ていたTシャツは耐えられなくなって張り裂けた。何周りも大きくなったガナーはカノルに覆い被さるように膝をつく。今のガナーには小さく感じる斧を上に掲げた。

上から落ちてきていた大量の木の棒がガナーに襲いかかる。鋭利に削られている所為で木の棒はガナーの体に傷をつけていく。

しばらくして槍の雨が収まると、顔を上げて何も落ちてこないのを確認する。ほっと胸を撫で下ろすと、お腹に蹴りが入った。


「邪魔だ、暑苦しい」



不機嫌な顔をしたカノルが腹を何度も蹴りつけていた。全く痛くない攻撃だが、ガナーはやれやれと声を漏らしてカノルから離れる。

周りには大量の木の棒が地面に刺さっていた。ただ一つガナーのいた場所だけが無事だった。筋肉隆々の体には掠り傷こそあるものの、致命傷な傷もなければ、貫通もしていない。


「随分作ったなぁ〜」

「暇人かっての…」


カノルは刺さっている木の隙間をするりと抜けて、地面落ちていた金色に輝くものを拾った。複数の龍が互いを食べあっているようなデザインの物々しい形のブレスレットだ。


「ほらよ」

「おー! サンキューな!」

「……形見だからって身につける必要はないだろう、そんな魔力制御の神具マジックアイテムなんて」

「そうなんだが……まだまだ俺らは人間社会に共存は難しくてな

この鋭い牙も額にある一角も、お前の何十倍もあるこの体格も人間を怯えさせるには十分だ」


左手首にブレスレットをつけると萎むように筋肉が減っていき、筋肉質な人間と同じくらいのサイズになる。鋭い牙も額にある一角もみるみる小さくなり目立たなくなった。髪色は黒が混じっていた赤が、鮮やかなオレンジへと戻る。鞄から新しいTシャツを取り出して縮んだ体で着る。

荷物を抱えて体を伸ばし、そのまま手を降ろすとちょうど良い位置にあるカノルの頭を撫でた。


「心配してくれて有難うな…

姉貴の為にもこの姿でいたいんだ」

「だ、誰が心配していると?

大きいと鬱陶しいから、やっぱそれでいいと思うぞ!」


ガナーの手を叩き落として、カノルは男がいる方に進む。すれ違うときに頬が赤かったことに気づいてニカッと微笑んだ。


「照れんなよ〜」

「照れてない!」


次の瞬間、草木の隙間から、鋭利な棒がカノルの頭をめがけて突き出される。ゆらりとかわすと棒を鞘に入ったままのレイピアで叩き割る。地面に落ちた棒は先ほどの罠同様、人為的に削られ槍のように鋭く尖っていた。


武器がなくなった男は雄叫びを上げながらカノルに襲いかかる。全く動じる様子がないカノルは自身よりも遥かに背が高い男の懐に潜り込み、襲いかかってきた勢いを糧に、体格差のある男を放り投げた。

受け身を取ることも出来ず、背中を叩きつけられた男はうめき声を上げて寝転んだ。


「森の主かぁ? こりゃ」

「随分な悪臭をまとっているな……それに中々な筋肉だ

ガナーの親戚か?」

「いやいや、似てねーだろうが!!」


倒れ込んでいる男を覗き込むように観察する。無造作に生えたヒゲや髪は痛みきっていて、見ただけで固そうなのが分かる。顔には土や樹液がついていて、臭いもとてもじゃないが普通の生活を送っている人間の臭いとは程遠かった。

服装も良いとは言えず、上も下も破け、服を着ているというより布を掛けていると言った方が近い気がした。元々何を着ていたのかすら判別できない。


「さっさと終わらせるか」

「あ! おい! 待て!」


始末しようとレイピアを高く上げるカノルを慌てて止める。

殺す殺さないを言い争っていると、男は目を覚まして飛び起きた。カノルとガナーとの距離をとる。ガナーは両手を挙げて戦意がないことを示し、隣にいるカノルに強要する。嫌々カノルも両手を挙げた。

男は警戒を解かず、カノルとガナーを見つめた。


「さっき見たが、お前はオーガだな。それと……顔は見えねーが、馬鹿力と大きさを見てドワーフか?」


カノルがドワーフに間違えられた事に、ガナーは笑いをこらえる。


「この森で何してやがる

他にもエルフとハーフの獣人がいたな、まるでパーティを組むみたいな事して人間の真似事か?」

「…パーティを組んでんだよ

オレらはギルドから依頼があって、この森に来たんだ」

「ギルドから依頼…?

そんな亜人なんかに依頼なんて──っ!」


風を斬りながらレイピアを振りきる。男の首元には切り傷ができ、その切り傷をなぞるように赤い線が現れる。そして横にぱっくり割れて滝のように血が流れだした。

男は慌てて首元を抑えて血を止める。


「うるせぇな、おっさん

亜人の中に人間も含まれるって知らないのか?」

「お、オイ、カノル! 何してんだ?」

「大丈夫だ、次に息の根を止めれば」

「違ーよ!!」


怒られているカノルの隙を見て男は走り出す。反射的にカノルも走りだした。ガナーは慌ててカノルを追いかける。

男は獣道を抜けて、整備された道に飛び出す。同時に足に電撃が走るような痛みが男を襲った。その場に倒れ込み、自然と足に手が伸びる。肉が裂け血がぼたぼたとめどなく流れ出していた。男の狂気の含んだ叫び声が暗い森に響き渡る。

痛みを誤魔化すように地面を転がりもがき苦しんでいると、子供の足と血が垂れているレイピアが視界に入る。恐る恐る細い足を伝ってその人物を見上げると、自分の足を斬ったであろう人物と目が合った。ローブから微かに見えるピーコックの瞳。先程自分の首も斬ったその子供は、動じる様子もなく無表情で男を見下ろしていた。


「よお、逃げ回って転がるのは終わりか?」


無表情のカノルは転がっている男から視線を外して、風でレイピアについている血を拭く。

ゆっくり近づいてくる姿を見て死を悟った男は、固まったままじっとカノルを見つめる。すると、カノルの後ろから手が伸びてきて、動きを止めた。


「ったく! お前は!!」

「はっ、離せ! ガナー!」

「いくらアレルギー症状が出るくらい人間嫌いでも、直ぐに人を殺そうとするなって言ってるだろうが!

やっぱお前、神父に向いてねーや!!」


ガナーは暴れるカノルを抑え込み、レイピアを没収した。それでも抵抗をやめないカノルに苛立ち声を出す。

遠くから近づいてくる足音が聞こえ、そちらに目をやると待機していたリアとニックが血相を変えて走ってきていた。二人はガナーに抑えられてるカノルと首と足から血を流す男を見て、何があったのか一目瞭然だった。


「またやったの?」

「あぁ ニックこれ持ってろ!」

「うん!」


リアは血を流す男に近づき、慣れたように神法の呪文を唱えて首と足を治療する。ニックは男の悪臭に耐えるように鼻を抑えながらレイピアを受け取った。

暖かい光とみるみる塞がる傷を見て助かったと男は安堵する。その姿を気に入らないカノルは、舌打ちをした。


「お前の怪我治してやってんのも、亜人だぞ」

「コラ!」


ゴンっと鈍い音がカノルの頭に落ちる。


「何すんだよ! このデカブツ!!」

「蹴るなっ! ニック!!」


頭を抑えてカノルは大人しくなるが、続いてニックが声を荒げて怒り出した。カノルを尊敬しているニックにとって、ガナーの行為は許されないことだった。

ガナーはあしらうように、ニックの頭をポンポンと撫でる。

その光景を男は不思議そうに見つめていた。


「ごめんなさいね

私のパーティ、血の気が盛んなの」


困り顔で謝られ、男は罪悪感に覆われる。今自分が見つめる光景は人間の光景と何ら変わりなく、自分の足を治してるのは、カノルの言う通り自分が馬鹿にした亜人なのだ。

それ故に先程カノルが怒っていた理由が分かってしまった。


「いや…謝るのは俺の方だ……

亜人なんかと言ったのは、訂正させてくれ」


申し訳なさそうにカノルを真剣に見つめる。それに対してカノルはフイっと顔を背けた。リアたちはクスクスと笑う。

ガナーはカノルを置いて、男と同じ目線になるようにしゃがむ。


「よければ、アンタの名前教えてくれないか?」

「あぁ

俺はニコラス・フット、職業はクラッシャーだ

今は愛用していたハンマーはないがな…」


ニコラスは情けないように微笑んだ。

その表情に皆は首を傾げるが、ニコラスは話を続けた。



「カノルって言ったか? ドワーフかと思ったが、さっきピーコックアイが見えたんだ。

もしかしてお前は神族なのか?」

「……いや、お前と同じただの人間だ」

「そうなのか? 珍しいんだな」


感心するようにニコラスはカノルを見つめた。


「人間だとすると、十代前半くらいか?

子供がパーティを組んでギルドで活躍するには、随分早いな

もしかして騎士の血族か?

ファミリーネームはなんだ?」

「……ない」


その発言に、ニコラスは驚きを隠せなかった。このまま会話が続かないようにと、リアはニコラスの目線の先に顔を出して遮る。


「私はフラメリューア、愛称はリアだよ! 見ての通りパーティでは僧侶をしてるの!

はい、治ったよ〜」

「俺はガナー・ハンドラー、斧のウォリアーだ」

「僕はニック! 機械師さ! 戦闘は肉弾戦だけどね」


皆はギルドプレートを見せながら自己紹介を済ませる。


「へー…。 凄いな

オーガにファミリーネームがあるなんて……ぁ、いや! 今のは悪気はねー!」


「構わねーよ

俺は特別でね…人間の孤児院育ちで一緒に出た人間の姉弟がいるんだ、だからこの“ハンドラー”は人間の姉貴のなんだ」

「そうなのか。奇遇だな、俺も孤児院育ちなんだ

一緒に旅してたダチも一緒で……


──って、そういえば、ギルドからの依頼だって言っていたな

この森は強い魔族が出るんだ

何かあるなら、さっさと出た方が良いぞ」



ニコラスの忠告を聞いて、皆はカラ笑いしてお互いを見合った。不思議そうに見つめていると、言いにくそうにガナーが口を開いた。


「あー…俺たちはその魔族退治しに来たんだ」

「駄目だ!」



ニコラスは血相を変えてガナーに摑みかかる。


「アイツは俺が殺す!!」

「おいおい、突然どうしたんだよ!」

「ニコラス!」


ガナーとニックの呼びかけに正気に戻ったニコラスは大人しくなって、小声で謝る。


「悪いが、ここの魔族は俺の獲物だ

その為に3年くらいこの森に住み着いてんだ」

「3年!?」

「なんでそんなに…?」

「死んだダチの為、俺のパーティの仇だからだ」

「ニコラスのパーティって…ここの魔族にやられたの?」

「あぁ…俺は背中を抉られて気を失った

僧侶が傷を治してくれたお陰で傷が塞がっていたが、俺が気絶してる間に、俺のパーティは…仲間は……」


しんみりとした空気が流れる。




「そんなの冒険に出たんだから、死ぬのは当然だろ」


静まっている空気が、ピシャリと音を立てて凍りついた。



「オマエのパーティが弱かった、ただそれだけだろ

その為に3年もここに居たのか

オマエ随分、無駄な時間を過ごしたな」

「お、おい! カノル!」

「お…お前に何がわかる!?

俺がいたパーティはな! そこらへんの普通のパーティじゃなくてだな!!」


カノルの胸ぐらを掴み上げる。その反動でローブのフードがはらりと落ちた。あらわになる銀色の髪とピーコックの瞳が視界に入る。

ニコラスの威勢が段々と静まっていく。目線の先には頭に身につけているサークレットがあった。カノルは絶望したような顔をしたニコラスの顔を見つめる。次にプルプルと震えるニコラスの手に目線を下ろした。

カノルは納得したようにニヤリと笑った。


「やっぱりな、オマエ…野良人のらびとか」



──END──


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