四
──998番目。
深い深い光が届かぬ森の中。
瀕死状態の4人の人間が立っていた。
「勇者様!! 逃げてください!!」
「ふざけるな!!
お前らを置いて逃げれるか!!」
「危ねぇ!!」
自身の丈を超える大きなハンマーを持った大男は、身を呈して勇者を守る。血しぶきが雨となって勇者に降りかかった。守られた勇者は血を拭い、大男の方へと顔を向ける。勇者は目を大きく見開いて、大粒の涙を流した。大男の背中は抉れていて、傷口からは骨が見え、内臓が今にも溢れ落ちそうだったからだ。
「あ…ぁ……」
「…っ、ぐぅ……にげ、…だ……
…お、お前さえいれば……また、パ……ティを、くっ……魔王をっ…」
「ダメです! 喋ってはいけません!!」
僧侶は大男に駆け寄り、背中の傷口を治す。
泥と血が混ざり、僧侶は目眩と吐き気に襲われる。
「ふざけるなあああああ!!」
勇者は等身大の大剣を抱え、目の前で微笑んでいる魔族の元へ駆け出した。
「僕たちには到底敵わない!!
勇者さん!! 逃げるのです!!」
「お前らだけでも逃げろ!!
ここは俺が食い止める!!」
勇者の行く手を阻むように、木から垂れている蔦が勇者を襲う。大剣を振り回し、蔦を斬り、勇者は魔族との距離を詰めていった。
「勇者さん! 危ない!!」
呼ばれた声に振り返ると、真後ろに蔦が三方向に裂けていて、鋭い牙がキラリと光った。「喰われる」そう本能的に感じると勇者は衝撃を耐えるために力強く目を瞑った。
しかし、一向に衝撃がなく、代わりにヒュンと風を切る音とグチュと何かが貫通する音が聞こえた。
慌てて目を開くと、蔦に矢が刺さっていた。
「勇者さん! 逃げて下さい!!」
矢を撃った狩人は叫ぶように勇者に伝える。
しかし、勇者は魔族への進路を止め、その狩人に向かって駆け出した。
「逃げろ!!」
慌てた様子で狩人に手を伸ばした。
パシッと音を立てて腕を掴み、安堵したように狩人の顔を見上げる。
「…ぁ……」
見上げた先には、顔がなかった。
ドタッと音が下から聞こえ、ゆっくりと視線を地面へ移す。
眼球が溢れ落ちた狩人と目が合った。
「くそ……くそっ…くそおおおおお!!!」
持っている大剣で何度も地面を突き刺した。
自分の不甲斐なさと怒りを地面に向けて発散する。
「キャアア!!!」
甲高い叫び声を聞き、我に帰った勇者は大男を治していた僧侶の方を振り返る。
僧侶の首には蔦が巻きついており、蔦を引っ掻きながらジタバタと暴れていた。一刻も早く助けないと、と勇者は僧侶の元へ駆け寄る。
「クックック…
哀れだねィ……仲間たちが逃げろと言うのに……」
頭上から聞こえたかと思えば、足元をすくわれて地面へと倒れこむ。足元に目線を向けると、蔦がぐるぐると両足に巻きついていた。
勇者は蔦を振り払おうと足を揺らす。しかし、ギチギチと蔦が肉に食い込むだけで、一向に振り払われない。次に蔦を掴み上げる。びっちりと足に巻きついた蔦は、ビクとも動かなかった。
また次の手を、そう考えているとズルズルと蔦は勇者を引き込むように連れて行く。焦り出した勇者は蔦を引っ掻くが、ちょっとした傷が出来るだけで、剥がれそうもない。それどころか、自身の爪がガリと音を立てて割れる。ヒビからはジンジンとした痛みと血が伝った。
「…くそ──!!」
ブチブチと複数の糸が切れるような音が背後から聞こえた。次の瞬間、耳を塞ぎたくなるような断末魔が森に響いた。
勇者は恐る恐る振り返る。僧侶の姿を見て、まるで喉に栓がつっかえたように声が出せなくなった。
僧侶の目からは涙が流れ、口からはダラシなく涎が垂れている。パクパクと開閉する口からは呻き声が漏れ、以前に聞いた可愛らしい声からはかけ離れていた。そして、ビクビクと痙攣した体には先ほどまであったはずの左右の腕がなかった。
「……な、なな…な、にを……」
「アタシはねェ、人間の女の肉が大好物なのさァ
美食家だからさァ、他の種族も男も駄目ェ、
あんたの仲間は本当に美味しいねィ
だけどォ、もっと肉付きが良い方が好みだわァ」
グチャグチャと僧侶の左右の腕は蔦によって食われていく。ピチャピチャと蔦の口が動く度に血の音を出し、骨は吐き出され地面へと捨てられていく。
「…ぅ、…もう……やめてくれ……」
「あらあらあらァ?
壊れたら詰まらないじゃない?
まァ良いわァ、食べるのは人間の女だけど、男のあんたにも利用価値はあるからさァ」
ズルズルと引きずり込もうとしていた蔦は、勢いをつけて勇者を引っ張る。地面に擦られながら、仲間が見えないほど暗い森の奥へと連れていかれた。
辺りを見渡すと、逆さまに吊るされていた。そして、複数の蔦が勇者を見つめている。
「アハハハハハハハ!!!
さぁ、お前たち思う存分遊びなさい!!」
魔族の声を合図に蔦たちは勇者の体に絡みつく。右足は強い力で締め付けられブチュと肉が潰れる。叫ぼうと開いた口から蔦が侵入し、そのままお腹を貫通して出てくる。それでも生きている勇者を弄ぶかのように、蔦たちは遊び続けた。
──END──