二
──999番目。
ここは世界四大王国の一つ、スィーツィット王国にあるシュガレット教会。
神聖の地とされたこの場所は、普段は限られた者しか入る事ができないよう結界が張られている。しかし、極たまに種族・階級・老若男女誰でもが入る事が出来る。
それは世界に一人だけの勇者が、誕生する瞬間のみだ。
「! おい見てみろ、あそこの…ほら壁の近くにいる子ども!
“白”持ちじゃねーか。神族かね、あんなに綺麗な髪見たことねーぞ」
「……おい馬鹿、あれが今回の“勇者様”だぞ」
「えぇ!? じゃあ、あれ人間かよ!?」
ひそひそと小さな声が教会にこだまする。
そこには勇者の誕生を祝おうと、人間やエルフ、獣人にドワーフと様々な種族が揃っていた。その勇者を見て様々な声を漏らす。
「人間にあれほど、美しい容貌の者がいるのか…?」
「なんでも瞳はピーコックアイだそうだ」
「神族でもないものが、宿しているのか!?」
「様々な神法が使えるらしい」
「あら、それは凄い。魔法と違って白持ちでも使えないものが多いのに」
「剣術も見事なものだそうだ」
「珍しいのぉ、あれほど幼くして勇者になるなんて」
「中性的な顔立ちだな。女なのか? 男なのか?」
「あぁ…お近づきになりたいわ」
「何百歳差だと思っとるのだ。あの歳に手を出したら犯罪だぞ」
「俺をパーティに入れてくれないだろうか?」
「お前なんかに無理だろ」
「王族の血筋かしら…?」
「まあ なんて凛々しい佇まい…」
「どれほど高貴なお方なのだろうか」
「静粛に」
静かな声が教会に響きわたる。ハイエルフの男の言葉に、皆口を紡いだ。静まり返った中、噂の中心となっている人間の子供はゆっくりと壇上に上がる。
期待、羨望、好奇、希望、興味、想望、切望、喜び、魅惑。様々な感情の視線が、人間の子供へと注がれる。
「ひとつ、勇者は魔王を倒すため存在する
ふたつ、サークレットは必ず所持し、身に付けること
みっつ、死が訪れるまで職務を全うすること──」
若いエルフの男は長い巻物を広げ、勇者としての心得を読み上げていく。数十もの項目を長々と読み上げ、巻物を閉じた。その巻物を壇上の中央に立つ年老いた人間の男へ差し出す。その老人の隣には先ほどのハイエルフがいた。シワだらけの手に、余った皮で見えない顔。数千年と生きていると云われるハイエルフの風貌は、一目では若いエルフと同じ種族とは思えなかった。
貫禄のある老人の男やハイエルフの前に、場違いなほど幼い容姿を持つその子供は、臆することなく片膝を立てて身体を屈めている。
「汝は勇者とし、
良き時も悪き時も、恐ろしき時も危うい時も、病める時もいぶかしい時も、
死が訪れるまで
神聖なる契約のもとに、勇者であることを誓うか?」
「誓います」
老人の男は純白の翼が付いたサークレットを子供の頭に着ける。サークレットを着けた子供は堂々と立ち上がった。老人の男に深々と頭を下げて、一礼する。
「そなたが魔王を討つ日を楽しみに待っているぞ」
「必ずや遂行して見せましょう」
まだ舌ったらずな高い声には、似つかわしくない言葉使い。光に反射して、七色に変化する銀色の髪。クジャクの羽の色合いと同じように、瞳は緑色の縁に青色の瞳孔。神にしか宿らないと云われているピーコックアイだった。
振り返った子供は集った者たちを見渡す。その神々しい凛とした姿から、教会に集った者たちは見惚れ、息を飲んだ。
「っ…999番目の勇者様の誕生です!」
若いエルフが声を詰まらすも、高々に声を上げる。その場にいた全ての者が立ち上がり、拍手と歓声を送った。
──END──