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天に紫の月が昇る頃。


「あんた聞きました?

隣町で“勇者様”が現れたらしいのよ!」

「あーあの、見た目もさながら性格も変わってる勇者様か」


とある宿屋の亭主は、噂好きの女房と他愛のない話をしていた。どこかからか耳寄りな新情報を持っては、毎日のように噂する。今回は唯一無二の勇者についてらしい。


「そうよそうよ

ギルドの掲示板に写ってたじゃない? 七色に光る銀色の髪に、神にしか宿らないピーコックアイ! 髪にしても瞳にしても、生まれつきの“白”持ちなんて、よっぽど神様に愛されてるんだわ!

それに同じ人間とは思えないくらい整った顔つきのイケメン! 童話に出てくる王子様ってあんな感じかしらね~、一度で良いから会ってみたいわ~」


女房は頬に手を当て、惚れ惚れと勇者について語りだす。その態度に面白くなさそうな亭主は、鼻で笑い頬杖をついた。


「勇者なんてそんな迷信みたいなやつ、こんなへんぴな街には来ねーよ

だいたい亜人をパーティに加えてる変人って噂じゃねーか

童話に出てくる王子様? ──ハっ! その面だって事実かも怪しーし、事実だとしても不気味で仕方ねーや、本当に人間かも疑わしいぜ」

「ま! 勇者様は人間にしかできないのよ! 勇者を選ばれた教会が間違うはずないでしょうに!

あーやだやだ、男の嫉妬ほど醜いもんはないよ」


そのまま女房は呆れて奥の部屋へと下がる。言い返す言葉が見つからなかった亭主は、近くに置いてあった新聞を荒々しく開いた。


するとギィっと建て付けの悪い古びたドアの開く音と、カランカランと錆びた鈴の音が店内を響かせる。音とともに、足先まで隠れる黒いローブを羽織った四人組が入ってきた。

カウンターにいる宿屋の亭主は、新聞からその四人組に目線を移し、その面々に驚いた表情をする。


「はー、エルフに獣人か

変人と噂される勇者以外にも亜人をパーティに加えてる変わり者はいるんだな

商人にしては荷物少ねーし、大男さん あんたら浪人かい?」


むしゃくしゃしている亭主は、一番手前にいた大男を冷めた目で見つめる。大男は気にした素振りもみせずカウンターに近づいた。


「いや旅人だ

この街のギルドに用があってな

しばらく滞在するんで、部屋を2つ貸してほしい」


天井に手が届きそうなその大男は、覗き込むように屈んで亭主に話しかけた。

その姿に店主は圧倒され、声を詰まらせる。


「っ……べ、別に貸すのは構わねーが……亜人を連れてる奴がギルド?

本当にギルドに入ってるかも怪しいけどなぁ?」

「おっと、証明なら…」


そう言うと大男は荷物の中から鎖に繋がれた2枚重ねの金色のプレートを取り出す。五角形のプレートには2本の剣が交差し、その中心には大きな薔薇のデザインが彫り込まれていた。この2本の剣と薔薇は、ギルドを表す紋章だ。


「ほら、ギルドの会員証だ」


店主はプレートを受け取ると、二枚重ねを横にズラす。

ズラされた箇所から光の粒子が集まり、ホログラムとなって現れる。そこには額に一本の角が生えた鬼の顔と名前などの情報が表示された。亭主はそこに表示された鬼の顔に小さい悲鳴を上げ、会員証をカウンターに落とした。


「オーガだと!?」


驚愕する亭主はホログラムに映る鬼の顔と目の前にいる大男を見比べた。ホログラムに映るオーガは、どことなく大男の面影があった。


「お前も亜人だったのか!? 騙しやがって!!

ガナー。……ハンドラーだと? 亜人の癖にファミリーネームがあるとはな!」

「あはは、まぁな

騙したつもりもなかったが、これでギルドに入ってる証明はできただろ?」

「ん〜…

この仕組み、確かにギルドの会員証だなぁ……ギルドの紋章が刻まれてるしな」


亭主は渋々といった感じで納得する。


「にしてもアンタ、オーガなんだろ? このホログラムと顔が違くねーか、本当にアンタか?」

「あー、証明するのは構わないが

この店の天上を突き抜けても文句言うなよ?」


そう言って左手首に着けているブレスレット型を見せた。複数の龍が互いを喰いあっているようなデザインが彫られていたそれは、魔力制御の神具マジックアイテムだった。

亭主は顔を青ざめて、ギルドの会員証をガナーに返した。



「チッ…亜人を泊めるなんてな……」


そう亭主が呟くと、ガナーを含めた4人は口を紡いだ。

先ほどからの敵意。差別的な言葉。しかし、亭主の態度は別に珍しいものでもなかった。この宿屋にたどりつく前に、街に入った時からガナーたちは人々に奇異な目で見られている。

ガナーが元のオーガの姿だったらもっと酷かっただろう。オーガを見ただけで子供は泣き出し、大人は顔を歪ませる。例えギルドで活躍していても、それが現実だ。

宿屋の亭主は盛大にため息をついて、ガナーの後ろにいる残りの三人を見る。


「(エルフの女か…でけー胸、中々にイイ女じゃねーか

その隣にいる獣人のガキは、よりによってハーフかよ……兎の耳に狼のしっぽなんて似合わねーな…

で、中心にいんのは何の亜人だ? フード被ってて面がわかんねーな……)

おい、その真ん中にいる奴のフードを取って顔を見せろ。 怪しいったらありゃしねー」

「……」


フードを被った人物は、カウンターにいる亭主の声に反応する。しかし、亭主の言葉とは反対に、フードをより深く被りなおした。亭主は苛立ちながら頭を掻く。


「お前も亜人か?」

「あぁ」

「チッ…ったく、バケモノしかいねーのか」

「いやぁ…コイツは……」


ガナーは続けようとした言葉を止める。フードを被った人物に足を踏まれ、頭をぽりぽりとかいた。

すると獣人の少年がガナーを押しのける。ジャラジャラと金属が擦れる音を出しながら、カウンターによじ登った。そして、視線を交わすとお互いしかめっ面へと変わる。


「バケモノバケモノ煩いなー…

あの方は怪しくないし、失礼だぞ!

僕ら長旅で疲れてんだから、さっさと二部屋の鍵渡せよ」

「生意気なガキだな

いいか? こっちも商売でやってんだ。信用が大事なんだよ! あんたらみてーな亜人だらけの 絵に描いたような怪しい団体を簡単に泊まらせるわけにはいかねーんだよ!

どうしても泊まりてーならな、五千 クラムくらい出しやがれ!」

「なっ! ゼロが二個も多いぞ!!

それぼったくりじゃん! 亜人亜人って差別だろ!?

ああー! ムカついた! こんなボロ宿屋解体してやる!」


獣人の少年は肩に掛けてるバックの中からスパナやトンカチを取り出し、亭主に襲いかかる。亭主は情けない声を出して、腕で顔を覆った。


「ニック! いい加減にしろ!」


しかし、ニックの短い腕は亭主に届かなかった。ギリギリのところで、ガナーに首根を掴まれて止められた。


「おい!! ガナー! 離せ! この、デカ物!!」


ニックは鋭い牙を見せて、手足やしっぽをバタバタと揺らして暴れる。子供とはいえ、生意気な態度にガナーは深々とため息をついた。


「こ、こうなったらぜってーに引かねーぞ! 五千 クラム払えねーなら出ていけ!」


先ほどまでの情けない姿から一転し、亭主は顔を真っ赤にさせて怒鳴り散らした。

すかさずエルフの女性は手を合わせてカウンターに寄りかかる。


「まあまあおじさん、そんなこと言わないで二部屋五十 クラムに戻してよ~

お願い!」


暴れるニックをガナーがなだめている間に、エルフの女性は頭に血が上りに上っている亭主の機嫌を直そうとする。


「ね? 考え直しておじさん、確かにウチらの連れが悪いことしたけど、ほら子供相手に大人気ないじゃない?」

「子供扱いすんな! ババア!」

「ババアって!? ウチはまだぴっちぴちの十代よ!」

「リア!」


ニックの言葉にムキになって声を張り上げるが、ガナーは話が進まなくなると見越た。


「お前が大人気ない行動をとってどうする

ニックも大人しくしてろ」

「「だってぇ…」」


2人は納得いかない顔をするが渋々従い、黙ってお互いを睨み合う。

大人しくしてる間にガナーは再び亭主に頼み込んだ。

ガナーの頼みを他所に、亭主はリアを頭のてっぺんからつま先まで舌舐めずりしながら見つめる。


「そうだな…嬢ちゃんが身体張ってくれるなら考え直してやるよ」


亭主は未だにニックと睨み合っているリアの腕を乱暴に掴み上げた。


「エルフなんてそうそうお目にかかれねーしな、亜人とはいえ顔も身体も上々じゃねーか

五千 クラムか、嬢ちゃん

どっちか選んでもらえるかい?」

「いや! やめて! 離して!」


抵抗するリアを見て、ガナーは助けようと手を伸ばす。しかし、その手よりも早く、別の手がリアを引き寄せていた。それと同時に、亭主の首元に指先ほどのレイピアを突き立てている。先ほどのフードを被っている人物だ。


「きゃあ!」

「な、なんだよ…ガキ……

こんなもんで、きっ、傷つけてみろ?

あ、あんた、おおお尋ね者になるぞ!」


亭主は怯えながらも強気で言い放つ。

しかしレイピアの剣先を向けてる本人は、動ずることもなく黙ったままだった。


「な、何か言ったらどうだ!」

「五千 クラム

「は?」


首元に当てていたレイピアを、ブンっと風を切って鞘にしまう。そして、カウンターにクラムと書かれた金貨が溢れている袋を投げた。


「それなら五千 クラムくらいあるだろ」


フンっと鼻で笑うと、フードの人物は近くにあった荷物を背負う。


「えー! 何でですか!? こんな店に払わなくて良いじゃないですか!」

「そうよ!」


ニックとリアが口々に文句を言う。

それに対し、フードの人物は手で払いのけ、早く荷物を持つように促した。



「あ、そうだ」


荷物を背負うと、思い出したようにフードの人物は亭主に振り返る。亭主はカウンターで輝いている金貨に気を取られていた。


「一応伝えとくが、オレは人間だ」

「は、はぁ? だってさっき亜人だって…」

「学が足りてないようだから付け足しとくが、亜人には人間も含まれているぞ。生物学上“亜人”とは二本足で歩く人型のことを言うんだ

よく人間の亜種とか、人間の劣化版と勘違いする奴が多いけどな

この宿屋は普段、亜人を泊めねぇみたいだが…

オレらが寝るとこは動物小屋じゃないとこにしてくれ」


その言葉にリアとニックはケラケラと笑う。ガナーも眉を下げながら、腹を抱えて豪快に笑った。その状況に亭主だけは、頭から湯気が出るほど血を上らせた。


「ばっ! …馬鹿にすんじゃねー!

待てぇえええ! くそガキ!」

「カノル!!」


リアの伸ばした腕も虚しく。怒りが最高潮に達した亭主は、カノルのフードを強引に引っ張った。当然 素顔が表に出る。その光景にリア、ガナー、ニックの3人は笑顔が消え苦い顔をした。



「くそガキのクセに大人をコケにしやがって! 何様だあ? コラァ!!

大人なめて、んの……って……んな、なあ……あ、あんた……その頭に、ついてるもんって……」


カノルの頭には、純白の翼のチャームが付いたサークレットが輝いていた。

そのサークレットを見るなり、店主は段々と言葉を失い、その顔はみるみる青ざめる。


「純白の翼がついたサークレット……

そ、その七色に光る銀色の髪…亜人をパーティに加えてる、変人……


……た、確か噂では、瞳は…神にしか宿らないピーコックアイだと…

もしかして……あ、あんた……いぃいいや! あ…ああ、あなた、様は!?」


亭主は舌が回らず口をパクパクさせ、混乱した様子で女房の言葉を思い出していた。


小さく舌打ちをし、深々とため息を吐くと、面倒くさそうにカノルは亭主の方に振りった。緑色の縁に青色の瞳孔と目が合い、亭主の予想が確実なものとなる。


「勇者様!!?」


翌日、噂好きの女房によって街中に知れ渡った。



──END──


色々書き直しました。

今まで書き終わっていたページは、なるべく連投で更新します。

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