真実と虚偽と複アカウントの世界
理世の言葉に、里音の隣に座っていた樹里が軽く、椅子に座ったまま、彼女から遠ざかる。
「嘘って、私がいつ、どんな嘘をついたって言うの?」
敵意を含んだ言葉が理世に向けられる。
だが、彼女は動じず、淡々と答える。
「箝口令が敷かれたのに関わらず、次の日には一年生の間で誰かが先輩のクラリネットを盗んだって噂が、朝の時点で広まっていた」
「吹奏楽部の誰かが言っちゃったんじゃない?」
「それはいつ?」
「登校してすぐとかじゃないの? 知らないわよ」
「私が登校した時点で噂はすでに広まっていて、みんな優穂のこと見てた。始業二十分前。電車組は早く学校に付くけど、全校生徒の半数も満たない。クラスのみんなが前日のテレビとかの話題で盛り上がってくるのは始業十分前くらいかな」
「だから?」
「悪い噂は舌が速い――」
「脚が速いだと思うよ」
新夏が訂正する。
「まあいいや、早く広がるっていうけど、それにしても早すぎると思った。まるで前日、誰かが言いふらしたみたい」
「でも、吹奏楽部の全体練習が終わるのは六時過ぎ。その頃学校に残ってるのは、運動部くらいじゃない?」
「そう。でも、噂って口だけで伝わるものじゃない」
理世はブレザーの右ポケットに手を入れる。――が、取り出したいものが見つからないのか、一度立ち上がり、全身を触って、それを探す。
やっと見つけて、スカートのポケットから取り出し、横一列に並んだクラリネットの面々に見せるように掲げる。
「りっちゃん! 画面逆! それじゃ使ってるメーカーしか伝わらないから」
「あ、そっか」
新夏に指摘され、モニタをみんなの側に向ける。
「SNなんとかって、学校のグループ? アカ?」
「もう!」
新夏は立ち上がると、理世のスマートフォンを奪い取り、代わりに説明する。
「ソーシャルネットアプリ、先輩たちも使ってると思うんですけど、その中でもヴォイシンク登録者は多いですよね?」
「まあ、いろんなコミュが多いから」
そう答えたのは留海だ。
「私も、イラストとか見るためにアカウント持ってるよ」
浅葱の言葉に、周りの二年生たちも頷く。
「理世が言いたいのは、ここに優穂が吹奏楽部でクラリネット盗んだって書き込みがされたってことです」
その言葉に、みんなの目が見開かれる。
「で、でも、その日の夜に、もしかしてクラのこと、書き込みしてる人いるかもって、私覗いてみたけど、その時は何もなかったよ」
動揺気味に紗久乃が言う。
動揺は、たぶん、自分が書き込みしようとしてたと思われるんじゃないかという邪推からだろう。
「書き込みは数分で消されたみたいです。だけど、リンクヴォイスでの発言は結構残ってました」
リンクヴォイスシステム――ヴォイシンクでは、書き込みを「ヴォイス」という。リンクヴォイスというのは、誰か、もしくは自身の「ヴォイス」と関連付けて、一緒に書き込むシステムだ。
この場合、関連付けに使われた「ヴォイス」は消去されてしまっても、関連付けの書き込みは残る。
「リンクヴォイスが残ってて、元のヴォイスは消えている。しかも数分で消されたとしたら実際に見た人も、リンクヴォイスだけ見た人でもその話題に興味を持ちますよね」
「私はそういうネットワークに詳しくないんですけど、火事場の馬鹿ってやつですよね?」
「違う!」
「野次馬根性だ」
「そう、それ」
「事件現場が残ってるだけでいいんです。それだけで人の好奇心は高まって、時間を問わず、その……ネットで情報を持ってる人から聞き出すことができる。――新夏、誰でもそれって見れるの?」
「サイトのアカウントを持っていれば」
「そうじゃなくて、フレンド機能だっけ?」
事件の話の最中だが、理世の質問に新夏は答える。
「あー、フレンズ機能のことか。えーっと、コミュ内情報は、コミューン管理者の情報共有設定にもよるんだけど、これが全共有の場合はコミュに参加してなくても閲覧可能。だけど、基本的にはコミュに参加してないと見れない情報って多いかな。――優穂の事件は、学校コミューンに書かれてたから、コミュに参加してない人は見れない。でも、コミュシンクじゃなくて一般ヴォイスとして書き込んだら全世界レベルで閲覧可能だね」
「すごく怖い世界だね」
「だからやらない人もいるよ。初めは面白半分でやって、そのうち怖くなって辞めるとかね」
説明の終わった新夏は、スマートフォンを理世に返して、元の席に着く。
「……なんで、私が書き込んだって言いきれるの? それこそ嘘なんじゃないの?」
理世をにらみつけるように里音は言う。
「みんな実名じゃないから嘘つき放題の世界だと思うけど」
慣れない手つきでスマートフォンの画面をいじりながら、理世は続ける。「ヴォイシンクって、ちゃんとした企業さんたちも自社製品の宣伝用とか、天気予報情報とか、国営機関も……アカウントを作ってて、裏付けされた情報を流してる。このヴォイシンクっていう世界は本当もあるし嘘もある。でも、それを見極めるのは参加してる人任せ」
「で、私が犯人だって証拠は?」
「私、電子機器に弱くて、入学してクラスのみんなからヴォイシンクやろうって、勧められたんだけど、わからなくて、アカウントってどうやって作ればいいのかなって」
「そんなもん、メールアドレスとか、電話番号――」
「電話番号とか、端末メールアドレスだと、個人情報がばれるかもしれないから、新しくメールアドレスを作ったほうがいいよって。そういうのもわからないから、結局、自分のメールアドレスで作ったんです」
里音の顔が徐々に血色を失っていく。
「藤田さん、入学式の後、教室で少し話をして、メールアドレス教え合いましたよね?」
留海と浅葱が咄嗟にポケットから自分の端末を取り出して何かを調べ出す。
理世よりも慣れた手つきで、すぐに一つのアカウントにたどり着いたようだ。
そして二人とも、里音に顔を向ける。
「でた」
今度はしっかりと、モニタをクラリネットの五人に向ける。
「この人が、最初に情報を流したって。たどり着くのにいろんな人に手伝ってもらいました」
そこには、クラリネットの五人が、「里音」としてフレンズ登録しているハンドルネームとは別の名前が表示されていた。




