表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの時が聞こえる  作者: end&
本編
3/42

過去:五月病ストローク

 五十メートル×十本、一分でこなすインターバル練習。

 五本目を終えてから目に見えてタイムが落ちてきているのがわかる。


 それでも、ようやく一般メニューについてこれるようになった。

 周りのみんなも息をするので精一杯だ。


 五月のプールはまだ冷たい。都心のほうは五月でも夏のような暑さだとニュースでしっているけれど、ここは北国。桜だって散ってまだ間もない。

 だけど、今は暖かさよりも酸素が欲しい。


「六本目、スタート!」


 監督の掛け声と共にみんなキックスタートで泳ぎだす。


 この練習は、一分間で五十メートルをクロールで泳ぎ切り、なおかつ休憩をとるというメニューだ。速く泳げばその分、休み時間も長くなる。だが、泳ぎ続けるうちに速度が落ち、休み時間も少なくなる。


 たった五秒、三秒でもスイマーにとっては貴重な休憩タイム。


 疲労は溜まり続ける一方で、持久力に自信がなければ、九本目、十本目は休憩なしでそのまま泳ぎ続けることになる。


 泳いでる最中は必死で、考えている暇はないが、一日のメニューを終えた時、「なんでこんなに辛い練習がんばってるんだろう?」と真顔になることがある。

 きっと、泳いでいる最中は酸欠で頭が馬鹿になってるんだと思う。



 

 高校に二十五メートル、全七レーンのプールがあるのは、過去の栄光の名残り。そして贅沢なことだ。

 昔はインターハイ常連校だったらしいが、今では地方大会に進むのも難しくなっている。


 それでも、学校側はかつての栄光を取り戻そうと、昔県の強化選手だったこの監督を呼んだそうだ。


 それから少しずつ成績は上がってきているようだが、決勝に進める選手のほとんどは、県外から呼び込んだスポーツ特待生らしい。


 ゴールデンウィークも過ぎて、練習の厳しさについてこれない生徒たちが辞めていって、ようやくチームがまとまりそうなところだ。


 だけど、競泳は所詮個人種目。リレーでも最大四人のチームプレイ。


 唯一のチームも、国際選手権でさえワンシーズン、一度の大会で解散してしまう。結局、個人種目なのだ。

 水泳強豪校など、大所帯の高校の場合は、まず自分が得意とする種目に出れるかも難しい。


 一種目に付き、一校からの出場人数が決められているのだ。

 リレーも当然一チームだけ。予選から決勝に進んだ際、メンバーの入れ替えは可能だが。


 新入生は余った種目しか選べない。


 校内選抜で良いタイムを出せればその限りではない。


 あの鬼監督のことだ。練習中も学年を気にせず、泳ぐ順番を入れ替える。

 泳ぐ場所は有限だ。


 一人に付き一レーンなんて贅沢はさせられない。種目別に分けられ、なおかつタイム別で組み分けされて、タイムの速い順に泳いでいく。


 さっきのインターバル練習もそうだ。

 早い順から泳がされる。


 前泳者が遅かったら追い抜いても構わないが、それが先輩だったりすると気後れする。


 県の強化選手に選ばれているような生徒はそんな「些細なこと」気にしないんだろうけど、自分は無理だ。平の部員として年功序列を優先してしまう。


 第一、自分は追い抜けるほど速い域に達していない。


 脱落せずに練習についていくだけで精いっぱいだ。


 練習後の更衣室。

 みんな口々に疲れたとか、寒いとか言って体を拭いている。


「寒いぃ、せめてシャワーは温水にしてほしいよ」


 シャワーで塩素を落としてきた高橋一生が抱き着いてこようとするのをサッと避ける。


 他の人たちは平気でやってるようなスキンシップが、自分は少し苦手だ。


「なんだよ、ひと肌で温めてくれたっていいじゃないか」

「それよりも早く体拭いて制服に着替えたほうが暖かいから」

「君の心は冷たいなー」


 先に着替え終わった先輩たちが足早に更衣室から消えていく。


 (まば)らに「おつかれさまです!」と声をかける。


「これから塾なんだろうね、すごいな」

「自分たちもそのうちそうなるんじゃない?」


 ワイシャツのボタンを留めながらこたえる。


「あれ? 君って進学組?」

「わかんない」


 将来の夢なんて、将来が近づくにつれて色々考えられなくなった。


 幼い頃はあんなにもたくさん、いろんな夢を抱いてたはずなのに。


 水泳部に入ったのもただ体を動かしたいだけ。チームプレイは苦手。

 陸上ははっきり言って、足は遅いし持久力もないから無理。

 水泳部に入ったのは小さい頃にスイミングスクールに通っていたってだけ。


 一般的な習い事はほぼほぼやらされたような気がする。


 連休明けに部員数が減っているのを見て、自分も文化部にすればよかったかなって思ったけど、やっぱり思いっきり体を動かして汗をかくのは気持ちいい。


 練習中に大きな声で返事するのもストレス発散になる。


 ネクタイを締めて、ブレザーを羽織る。


「一生、まだ?」

「まだー。帰りどっか寄っていかない?」


 他の同級生が更衣室から出ていく。気軽に「お疲れ」と声をかけて手を振る。


「寄るって、またハトー?」


 あなたの生活応援ハトーショッピングセンター。


 言葉にするのと同時に、CMのキャッチコピーと店内で流れるBGMが脳内再生される。

 全国チェーンの大手スーパーの介入を許さず、それが県内に入ってきても地元民の心が離れないハトーショッピングセンター。


 そのせいかどうか、真偽のほどは知らないが、それに準ずるほぼ全国制覇しているコンビニがこの県にはない。


 もし進出してきたとしても県庁所在地に数店舗できるだけで、自転車ではたどり着けない。


 電車に乗って行くくらいなら、駅前のファッションビルで服を買いたい。

 お金ないけど。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ