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あの時が聞こえる  作者: end&
本編
2/42

現代:二本のレールと五線譜

 ――続いては、最新の音楽情報をお届けします。


 デビューから六年、数々のヒット曲を出しながらも決して人前にでなかったあのUMAの、一日限りの武道館ライブが決定しました。


 最新曲の発売と同時に告知されて、すでにご存じの方も多いんじゃないでしょうか?

 デビュー曲は深夜アニメの挿入歌にも関わらず、大ヒット曲として、新人レコード大賞をとり、その後、様々なバンドや作曲者とのコラボを続け、いまだにその人気は衰えることは知らず、二年前の紅白で、初めて人前に出るんじゃないかと、ヴォイシンクの投稿ワード一位にもなりましたが、結局の出場キャンセルに、がっかりした方も多いんじゃないでしょうか?


 ライブでその姿を見ることができるのか、気になりますね。


 お便りもいくつかいただいています。

 ペンネーム、「利根川のトッシー」さん


『UMA、いきなりの武道館ライブおめでとう! チケット争奪戦に勝てるかどうか、今から緊張しています。新曲も含め、改めて過去の曲を聞いて、やっぱり生で声を聞きたいと思いました』


 もう一通、お読みしますね。

 ペンネーム、「UMAは本当にいたんだ!」さん

 本当にいましたね!


『UMAさん、ライブ決定おめでとう! デビュー時からずっとファンでした。最近はドラマや映画の曲が多いですが、またアニメソングを唄ってください。私は地方在住なので、できればライブ映像ブルーレイ販売希望です』


 とのことです。


 私もUMAさんと言ったらアニメソングというイメージが強いんですけどね、意外とアニメソングを歌っていたこととか、レコードショップで流れているのがアニメソングだって気づかない人が多いみたいですね。

最近はCD売上の上位にランクインすることもあり、多くの人の耳に届くようになり、ライブを期に、UMAさんの独特の歌声と世界観に触れる人がますます増えると思います。


 では、UMAでデビュー曲「私のために」、新曲「Who are you?」。

 二曲続けてどうぞ。


   *


 少女は駅のホームで電車を待っていた。

 黄色い線の内側にいた。


 放課後と呼ぶにはまだ少し早い時間で、ホームも人が(まば)らだった。後ろに並んでいる人もいない。


 制服は都内で音楽科を持つ有名な女子高のもの。


 今日は大学の先生に演奏を聴いてもらうため公欠をもらった。今はその道中ということになる。


 耳にはイヤホン。

 周りの喧騒を消すのはピアノの旋律。

 ピアノコンクールの課題曲。

 予選は余裕で突破できるはず。本選の常連だし、きっと大丈夫。今度はもっと上に行ける。


 少女の口から自然とメロディが零れ落ちる。


 学校指定の鞄の上で、左手がリズムを刻む。


 刹那。

 浮遊感が彼女を襲う。


 次にやってきたのは衝撃だ。


 耳からイヤホンが外れて、周りの音が鮮明になる。


 膝が痛くて周りの音は二の次だった。


 でも、徐々に状況が把握できてくると、痛みは恐怖となって少女を襲う。


 ――なぜ、目の前にレールがあるの?


 見上げれば、みんなが私に手を差し出してくる。


 ――なぜ、私はホームから落ちたの?


 レールの向こうから、電車が叫び声を上げながらこちらへ近づいてくる。


   *


 デスクの上はめちゃくちゃだった。


 ゲラ校、色校の紙は無駄に大きいし、サイズもそれぞれ。


 そんな紙束の間にこっそり巣作りをしている固定電話。

 みんなポケットに二台、私用と仕事用でスマートフォンを持つ時代。

 無駄に場所を取るのでお役御免したらどうかと思うのだが、こいつはたまに鳴る。まるで忘れないでくれ、捨てないでくれと訴えるかのように鳴る。


 だが大概、電話の主人は記事を書くための取材で不在のことが多い。


 その他に、毎月掲載する流行りの曲をピアノバージョンにアレンジした楽譜の受け取り。

 インタビュアーと共に駆け回るカメラマン。――まあ、カメラマンの場合は外注で、他から来てもらう場合が多いのだが。


 ここは音楽雑誌の編集部。


 親会社が楽器メーカーということで、売り上げはそこそこ。


 最近は雑誌も電子版に押され気味だが、「楽譜が付く」という売りが長いこと効いているのか、売り上げがガタンと音を立てて下がるということはなかった。


 楽譜というものは、扱いがとにかくシビアだ。


 楽譜は本であるが、本にあらず。


 たとえるならば、算数や漢字のドリル、ぬりえ絵本のように、その酷使っぷりは辞書以上だ。まあ、辞書も最近電子辞書やネット端末のおかげでページがすり減るなんてことはないのだろう。


 音楽家は楽譜がボロボロになるまで使い込む。弾きながらページをめくる際に紙が破れるというのが破損原因第一位だと思われる。次に、書きこみ。赤いペンや色鉛筆で書きこまれる注意点や、指示、ミスしやすい部分を力いっぱい囲った円。


 そんな楽譜を初めて目にする人はきっと思うはずだ。


 ――こんなに書き込みが多くて楽譜が見にくくはないのか?


 そこは大丈夫だ。


 楽譜を読むのはプロだ。


 印字された文字と、教師なり、自分で書いた注意書きと、しっかり判別して楽譜を読みながら楽器に向かうことができる。


 だが、いざという時のためにまっさらな状態のコピーを残す場合がある。

 このコピーという行為は、厳密に言えばどんな出版物だってアウトだ。セーフなものは、その本に、「コピーして使ってね」など、あらかじめ許可サインが明記されたものだ。


 音楽の授業で配られる楽譜なんかも、原本を持っている状態で、授業で使うのであればコピーしていいものもある。


 当社の楽譜付雑誌の電子配信で、この「コピー厳禁」が守られるか? という点で上の偉い人たちは大いに揉めたらしい。


 雑誌社といっても、元は楽譜の出版から始まった子会社だ。

 電子版の発行に異を唱えるものが大半を占めた。


 だが、雑誌を買うユーザーは電子版の楽譜を求めた。


 そんな声はアンケートから拾うのだが、普段演奏する楽器のチェック表で見る限り、当社の楽譜付雑誌購入者は、ギターやドラムなど、バンドマンが多く、なるほど、相応にして高い印刷版を買うお金の少しを練習スタジオを借りるための資金に回したいという気持ちが見えてくる。


 楽譜の不正コピーも若気の(いた)りで許してやりたい気もする。


 いまだに原本を持っていて、予備としてコピーをとるのも、「けしからん!」と目くじらを立てる音楽教師もいるらしい。


 自分たちの時代は手書きで写したものだぞと。


 確かに、文房具売り場からなかなか消えない五線譜ノート。あれもいつまで生き残れるのだろうか?

 紙の束をかき分けながら、「楽譜がすべて電子になったらこの苦労から解放されるのか」と、ふと思った。


 いや、電子になったらなったで、別の問題が降りかかってくるに違いない。

 それに、整理整頓できないのは、紙に限ったことではない。


「成田さん、また失くし物ですか?」


 向かい側のデスクから照山嬢が顔を覗かせる。


 本の山が高く積み上げられていて、座っている彼女の顔が見えない、というわけではない。


 身長百五十センチ(本人断言。個人的には百五十より少し足りないと思っている)。冗談抜きに彼女の場合、立ち上がったり、顔の位置をずらさないと、視線が合わせられないのだ。


「失くし物じゃなくて、探し物」

「言い換えただけじゃないですか。で、なんですか探し物? その分だと鞄の中も机の中も探したけれど見つからないってオチですか?」


 眼鏡越しに向けられるあきれた目線は痛いし、どこかで聞いたことのある歌詞に、近くの誰かが軽く噴き出すのが聞こえる。


 だが、その言葉でパッとひらめいた。


 机の引き出しの上段。

 親切でついてきたペンや小物入れのトレイ。それの下に探していた物があった。


「そうだ、大事なものだからって隠してたんだった」


 見つけた物――親指の爪程度の小さなそれをショルダーバッグのポケットに入れるのを見ながら、照山さんは言う。「私のおかげで見つかったってことで、あとで何か美味しいものおごってくださいね」


 なんで女の人って、「太る!」と言いつつも食事にこだわるのか?


「うーん、頼んでたチケット、あれと合わせてお礼っていうのは?」

「大衆居酒屋とかじゃないですよね? 別にそれでもいいですけど」


 いつもは雑誌を広げて「ここに行ってみたいんですよ!」って言うのに、今回はずいぶんと潔い。


 マウスを動かしながら、照山は言う。


「今回の頼まれたチケットですけど、ネット上の盛り上がり具合見てると取れるかどうかけっこう難しいんですよね。こういう時、ファンクラブとかに入ってたら確実なんですけどね」

「ファンクラブあったらとっくに入ってるよ」


 ですよねー、と軽い返事が入ってくる。


「まあ、とれたらで構わないから」

「期待しないで待っててください。今のところ、先行順になってますけど、抽選に切り替わる可能性が出てきてるとかって」


 さすがの情報収集能力。そこを買われてここで働いているんだろうけども、彼女なら十分週刊誌関係でもやっていけるのではないだろうか?


「ま、コンサートの話は置いておいてですね、」


 彼女は身を乗り出して耳打ちしてくる。

 ゲラ校の山が一つ崩れる。


「今バッグに入れたマイクロSDの中身って、例の事件関係ですか?」


 まったく、どこまで見通しているのだろう。

 この分だと、もう一軒、彼女が気に入りそうなお店を探しておいた方が良さそうだ。


「それ、編集長に言った?」

「まさか、言えるわけないじゃないですか。成田さんが今やってるのって音楽雑誌記者の仕事じゃなくて報道記者の仕事ですからね」


 自分で勝手に連続事件――同一犯の仕業だと決めつけて、勝手に追いかけている事件。


「でも、本来の仕事もちゃんとこなしてくださいね。成田さんが仕事をしなかったら、その分のしわ寄せがこっちにくるんだから」

「わかってるって」


 バッグを肩に下げ、扉横に貼られたホワイトボードの自分の名前の横、「外出中」のところに赤いマグネットを置く。


 エスカレータに乗り、下りるのボタンを押して鞄から手帳を取り出し、折りたたんで挟んであったコピー用紙を広げる。


 ――日学ピアノコンクール出場者名簿。


 名前の隣につけられた赤い点。


 この印がこれ以上増えませんように。


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