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「人とまともに話せるようになりたいだぁ〜? どーいう風の吹き回しだよ、兄貴」

 久々に顔を合わせた暗殺者の弟は思い切り顔をしかめてそう言った。

 相談したいことがあると暗殺者が自分の弟を近所にある、いかにも怪しげなバーに呼び出したのは彼が彼女を連れ帰った二週間後の事だった。

 僕は兄貴と違って優秀な魔術師だから超忙しいんだよねえ、とか言っときながら弟が兄の呼び出しに応じたのは、多少なりとも兄に恩義を感じていたからだったのかもしれない。

 暗殺者の名門の出身である彼が普通の魔術師になることができたのは、暗殺者として天才的な才能を持つ兄の存在あってのことだったのだ。

 幼い頃、弟は才能のある自分の兄のことをだいぶ妬んでいたが、色々あって暗殺者ではなく魔術師としての道に進み始めた頃から、その妬みもずいぶん収まったようである。

「人殺しの才能しか必要としてなかった兄貴がなんでコミュ力欲しがってるわけぇ?」

 弟の疑問もその通りだろう、彼の兄の暗殺に話術は必要ない。

「……何かを言うべきなのに、何を言えばいいのかわからない」

 その説明にはどこで誰に対してどうしてそうしたいのか、と言う理由がスコンと抜けていたが弟は兄が話し下手であることを十分すぎるほど理解していたので、ただ溜息を吐いた。

「――兄貴のコミュ障、ひどすぎて僕じゃどうにもできないと思う」

 常に人を小馬鹿にしたような笑みを貼り付けている弟に真顔でそう言われて、暗殺者は項垂れた。

 その様子を弟は愉快だと思った。

 誰よりも才能のあった兄が、神に愛されているとしか思えないほど天賦の才を持つ自分の兄が。

 かつて気が狂うほど妬ましく、道を違えた今でさえふと蘇る悪夢のようにどうしようもなく妬ましくなる嫉妬の対象である自分の兄が。

 たいていの人が意識せずとも簡単に行えることができずに、こんなにも項垂れている。

 天は二物を与えず、なんて諺が弟の脳裏に浮かぶ。

 その直後に弟の真顔は嘘のように崩れ去って、次に浮かんだのは心の底から嬉しそうなひどく醜悪な笑みだった。

「兄貴は可哀想だなぁ〜? 人殺しの方法しか教えてもらえなかったから、人殺し以外になーんにもできないんだ」

 無様だねぇ〜と笑う弟に彼の兄は何も返さなかった。

 弟はニタニタと笑い続ける。

 ここまで馬鹿にされても彼の兄が怒りを見せなかったには、本当にその通りだと思っているのか。

 それか、仕事ではあったとはいえ10年ほど前に当時弟の友人であり現在は妻である女を殺そうとした事に多少なりとも負い目を感じていたのかもしれない。

 何も言わない兄に、弟はそういえばと思い出す。

「あぁ、そうだ。そういえば僕の知人の知人に喫茶店を経営してるオネエがいてさぁ〜? 最近人出不足らしいんだよねぇ〜? それで一ヶ月だけ雇える人を探してるらしいんだけどぉ〜? オネエってすごくコミュニケーション能力高いらしいからさぁ〜? そこで修行すればコミュニケーション能力皆無の兄貴でも少しはまともになるんじゃない?」

 そう弟は半笑いでそう言って、どこからともなくメモ帳とペンを取り出す。

 そして短く何かを書き連ねた後、そのメモを破って兄に押し付けた。

「はい、これ。その店の住所。僕の紹介だって言えば雇ってもらえるんじゃないの? あ、くれぐれも自分の正体はバラすなよ? 親の遺産を食いつぶして暮らしてるとでも言ったらぁ〜?」

 それじゃあせいぜい頑張ってみればぁ〜? と弟は兄に背を向けて何処かに消えていった。

 ――この時、弟はからかい半分で自分の兄にその喫茶店を紹介した。

 どうせろくなこともできずにすぐにクビになるだろうと、その様子を思い浮かべてほくそ笑んでいた。

 基本的に性格が捻じ曲がっている弟は、そんな妄想をひとしきりした後、自分の器の小ささにとても大きなため息をついたあと、表情を引き締めた。

 こんな顔で家に帰ったら、彼の鬼のような嫁に何をされるかわかったものじゃないからだ。

 いや、いっそ一発ぶん殴ってもらった方がいいのかもしれないと弟はほのかに笑う。

「――やっぱり、クソ兄貴のことになると僕はどうしようもないな……わかっていてもどうしようもない」

 そう小さくこぼしながら弟は鬼嫁が待つ家に向かって足を早めた。


 一方、暗殺者はメモ帳を片手に黙り込んでいた。

 暗殺者である自分が暗殺以外の仕事をする?

 その事に躊躇いはなかった。

 ただ強い違和感があった。

 しかし、少しでもこの感情を彼女に伝えるすべを身につけられるのなら、何をやる事になっても構わない。

 どうせこの身はすでに堕ちるところまで堕ちきっている。

 なら、何をする事になっても何の躊躇いもない。

 暗殺者は弟から押し付けられたメモ帳を懐にしまい、マスターに金を払って店を出る。

 店を出たその足で暗殺者はそのままメモに記されている住所に赴いた。

 華奢な見た目の喫茶店のドアを開くと、からんからんと耳障りの良い鐘の音が店内に響く。

「あら、いらっしゃい」

 カウンターの奥で人当たりの良い笑顔を浮かべた男に、暗殺者は弟から押し付けられたメモを示しながら、短く一言。

「――雇ってくれ」


 その日、何を考えているのか一切わからない暗殺者が帰ってくるなり、仕事で一ヶ月ほど家を開けると言ってきた。

 そしてテキパキと一ヶ月分の女の食事やら生活用品やらをきちんと用意してしまった後、慌ただしく去っていった。

 ついでに暇だからなんか買ってこいと何日か前に女が頼んでいたからだろうか、遊び道具らしきものがいくつか入っている袋をテーブルの上に置いて行ったが、一体何を買ってきたのやら。

 というか何なんだあの男は一体、と1人取り残された女は思った。

 ここに閉じ込められて二週間ほどになるが、本当に男は何もしてこなかった。

 ただあの暗い赤色の目でこちらをじーっと見つめて、時々ほのかに笑うだけだ。

 襲われるとかそういったこともなかった、時々抱きしめられたがそれ以上は何も。

 最初の一週間は女は喚き暴れて部屋からの脱出を試みてはいたのだが、あの結界に与えられる痛みに辟易としてしまい、今はもうおとなしく頭を使って何とか脱出方法を考えているだけだ。

 この二週間の間に女は何度も自分をここから出すように訴えているが、男は首を横に振るだけだった。


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