弐
押さえつけられている女の正面に、彼女を囲っている男の中で最も大柄な男が立つ。
おそらく男達のリーダー格なのであろう。
その男が、女の露わになった胸元に顔を寄せ、舌をでろりと出す。
女はその男に罵倒の声を吐く。
その声は、その甲高い声は、最早悲鳴と聞き分けることはできなかった。
男の唾液にまみれた舌が女の柔肌に触れる直前、暗殺者はすでに動いていた。
ほとんど反射的に動き出した自らの身体に驚く暇もなく、暗殺者は女を穢そうとするその醜い男の首を切断していた。
ぼとりと熟れきった腐れかけの果実のように男の頭が地面に落ちる。
落ちたのは女の柔肌を穢そうとしていた男だけではない。
女を押さえつけていた男も、その周りで卑下た笑い声を立てていた3人の男達も。
その全ての首を切り落とした暗殺者は、首を失った男達の首の断面から血が勢いよく吹き出すその前に女の肩を抱いてその場から離れた。
暗殺者が数歩分離れた地点まで移動し、女の肩から手を離す。
そして暗殺者が女と向き合ったその時、首のない死体達は噴水のように血をぶちまけながらバタバタと音を立てて倒れていった。
「――え?」
暗殺者の目の前で、何もかも理解できていない女が間抜けな声をあげる。
女の目がまず自分の真正面に立つ暗殺者の姿を捉えて、次に先ほどまで女がいた場所で首を失くし首の断面から噴水のように赤い液体を撒き散らす男達に移った。
次に女の視線が暗殺者の顔に戻った時、その目は恐怖に染まっていた。
全身から力が抜け、女は地面に腰を打ち付けた。
「え……? な……なに……?」
完全に腰を抜かし、暗殺者と男達の遺体を交互に見る女の姿を目にした暗殺者の背筋にゾクゾクとした甘美な痺れが走る。
暗殺者は女の手を掴んで、腰を抜かした女を無理矢理立たせる。
随分と細い腕だった、少し力を入れただけでポッキリと脆い飴細工のように折れてしまいそうな腕だった。
立たせてみると暗殺者が思っていたよりもその女は小柄だった。
そして随分と痩せていた。
骨と皮ばかりにみえるその体は、それなのに触れたら柔らかそうな色と形をしていた。
無理矢理立たせられた女は暗殺者の腕を振り払おうとしたが、華奢で大した力を持たない女がそうしたところで、暗殺者の手はびくともしない。
振り払うとした女のあまりの無力さに、暗殺者はゴクリと生唾を飲んだ。
「は、離せ!!」
そう叫んだ女の要求通り暗殺者は女の手を離した。
そして本当に離されると思っておらず驚愕していた女の体を両腕で抱きしめる。
薄い肉付きの体は抱きしめると柔らかいが骨の硬さがその柔らかさを邪魔する。
その抱き心地を暗殺者は少しだけ不満に思った。
もっと太らせなければ、と。
――ああ、それでもこの容易く折れそうなこの細い身体を力一杯抱きすくめるのはとてもよい。
突然抱きしめられ驚愕したのか硬直した女の薔薇色の唇に暗殺者は自らのそれを重ねた。
驚愕に叫び声を上げようと開きかけだったその唇の奥に暗殺者の舌は容易く入り込み、その中を貪った。
初めは激しい抵抗を見せていた女は、次第に力を失い、最終的にされるがままになった。
暗殺者は時に女の暖かな舌に自らのそれを絡ませ、時にその舌を強く吸い。
暗殺者は自分が何故こんな事をしているのか自分でもよくわからなかった。
だが、とても気分がよかった。
女の口内を貪りながら、思考をどろりとした糖蜜でつけ込まれたようなその感覚にしばし暗殺者は浸っていた。
長時間責め立てられたからなのか、単に酸欠に陥ったのか。
暗殺者が満足して女の口内から自らの舌を抜いた時には女は意識を飛ばしていた。
意識のない女の顔を見下ろして口元にほんのりと笑みを乗せた暗殺者は、女を担ぎ上げて再び闇夜に紛れる。
そして、その場には地面に転がった5つの男の首と、5つの首のない男の死体だけが残された。