8話 獣
宿を出る際に、ラナが俺の耳元で
「八尋。少し相談したいことが……」
あ、びっくりしたいきなり来るもんだから、耳でも噛まれるのかと思った。てか、近いっ!
「ど、どうした? 」
「レベッカなんですが……」
「レベッカがどうした? 」
「嫌な感じがしました……」
嫌な感じ? いやまぁ、出会った頃はいきなり「おまえ、強い? 」なんて聞かれて、嫌な感じはしたものの、今は至って素直ないい子ではないか。
「もっと詳しく言ってくれ」
「はい。……魔の臭いが致しました」
「魔? というと、魔犬とか悪魔とかそういう類の、魔? 」
「はい……」
「それはもともとの体臭とかじゃなく、今日だけなのか? 」
「はい、昨日までは全く……」
「そうか……」
ポンコツ天使でも、こういう時には役に立つ。
とりあえず、レベッカに何かがあった事は確かだろう。
とりあえず、街中を探してみるか……。
「ラナは、宿屋付近を。俺は門付近を探してくる」
「分かりました」
────探すこと1時間。
いつもなら、こんな狭い街10分もあるけばれレベッカに遭遇できる。
だが、1時間。ラナと確認しながら探したが、影すら見つけられない。
おばちゃんにも言った方がいいな、とラナに提案したのだが、
「少し外に行っているだけかもしれませんし、いなぬ心配を掛けてしまうのも気が引けるので、とりあえず今は私達で探してみましょう」
「まぁ……そうだな」
嫌な予感が強まってきた。
これは一筋縄ではいかないような気がする。
そして、街の外に出た。
────俺でも明らかに分かる
いつもは、少し見渡せば何匹か敵は見つかる。だが全く、1匹も、1体も、敵が見つからない。
いや、それ自体は良いことなのかもしれないが。それはそれで本当におかしい事なのだ。
「ラナ……これはやはり何かおかしいな」
「えぇ」
「急ごう。嫌な予感がする」
「私もです……」
ラナに、敵や、仲間の居場所が分かる魔法は無いのかと聞くが、そんな便利な魔法は上級魔導師しか、使うことが出来ないらしい。
サポート天使は、その世界に干渉しすぎないよう、強くても、中級レベルの魔法しか使いないらしい。
今、知っている限り、ラナが使える魔法は
『ファイア』『ヒール』『シュール』『ストーン』『ブレス』だ。
『シュール』は、相手を魔法の縄で縛りつけ、一時的に動きを封じる。
『ストーン』は、空中に人の頭サイズの石を発生させ、それを敵にぶつける。
『ブレス』は、強く息を吹くと、氷のブレスにより、相手を凍らせる事ができる。
だが、どれも初級魔導師の使うような魔法だった。
さすがは、ポンコツ天使だ。
「八尋。何かが近付いてきます」
「何体ほどだ? 」
「10は超えているかと」
「……10!? まじか。そうか。分かった」
「これは、やはり何かがありますね」
「恐らくな、最悪のタイミングすぎる……」
すると、前方からゴブリンが3体。
左方向から、魔犬を2匹つれたゴブリンが1体。
右からも同じく魔犬2匹とゴブリン1体。
後方からは、ゴブリンが3体。
作戦行動でもとっているかのような、死角を狙う好きのない隊列だった。
これは、やばいかもな。
「よし、ラナ。覚悟して行くぞ。前と横は俺がやるから、後方の3体を頼んだ」
「……大丈夫ですか? 」
「いいや、正直言って大丈夫じゃない。だから早く片付けて、加勢してくれ」
「そういう事でしたか。分かりました」
やるなら、敵のチーム同士がまだ離れている今しかないと、決めた。
俺はまずは左方向に走り出す。
前方に走れば、後のち左右から敵に挟まれる事になる。
すぐに、敵は魔犬を放った。
魔犬との戦闘は、腐るほどした。
こいつらは馬鹿なのか、最初は必ず、飛びかかって喉笛に噛み付こうとする。
それなら、左に避けて背中からブスリ。だ
しかし、
「ゴウアアゲゲゴゴル!!! 」
後ろにいる、ゴブリンが叫ぶ。
すると、魔犬が左右に別れ、両方向から飛びかかって来た。
「うっ、そだろ!? 」
ゴブリンが、魔犬に指示をしたとでもいうのか!? まじかよ。
俺はなんとか、その攻撃を回避した。
しかし、さすが魔犬。地面に着地するな否や、すぐに、俺の動きを止めるため、太ももとわき腹に噛み付いてこようとした。
1匹は、頭上から剣を振りかぶり、頭蓋を貫いた。黒い血液が俺の顔や服に飛び散る。
だが、もう1匹は……無理だった。
俺のわき腹へ、鋭く尖った牙がめり込む。
「うっ! 」
魔犬に、こうもダメージを与えられたのは初めてだった。
痛い。
「死ねっ! 痛いんだよ! 」
そう叫び、その魔犬を背中から剣を突き刺す。
犬のような鳴き声を上げて、すぐに絶命した。
わき腹からは、血がトクトクと、少しずつ滴り落ちる。
すぐに、前方にいた奴らと、右方にいた奴らがこちらへ来るだろう。
ラナは……と、思ったが今は見ないことにした。今は自分の戦闘に集中しなければ……本当に死ぬ。
気が付かなかった。右方のゴブリンが、手に弓を持っていたということを。
粗悪な作りのため、弓に見えなかった、というのもある。
ぐさり。
「え? ……」
右肩に、何かが刺さった。
恐る恐る見てみると、木の棒の先端を鋭く尖らせた、矢だった。
肩を貫通していた。
「や、やべぇ……」
わき腹もかなり痛むが、これはわき腹よりも相当な痛みだった。血はまだ、あまり出てはいないが、これを抜けば大量に吹き出すだろう。
まだゴブリンは、100メートルほど遠くにいる。このまま、何本も矢を放たれては、本当に死にかねない。
しょうがない。行くか。
スタートダッシュを切り、全速力で弓を放ったゴブリンの元へ向かう。
左に3秒走れば、方向を変え右に2秒走る。そして、また左に2秒走って、右に3秒。
これは、以前ラノベで読んだことのある、遠距離攻撃への対策だった。
途中、何度か矢を放たれたが、全速力で走っているため掠りもしない。
そして、ゴブリンに近くなると、魔犬がこちらへ向かって駆けてくる。
こいつらはどうしようか。
よし、投げナイフを魔犬のこめかみに投擲する。1匹は当たりどころが良く、一瞬で動かなくなった。
だが、もう1匹は、耳に刺さり、致命傷は与えられず、未だこちらへ向かって駆けてくる。
ゴブリンに、投げナイフを投擲したいが、まだ距離があり、届かない。
しょうがない。
魔犬が、飛びかかってきた。俺は数歩、後ろにジャンプし、魔犬が着地した瞬間を狙って剣を振りかぶる。
魔犬が着地し、すぐに俺に食らいつこうとする瞬間に、振りかぶっていた剣を振り下ろし、危機一髪、魔犬の頭蓋を真っ二つにした。
その後、すぐに矢が飛んできた。
前方にいた、ゴブリンも近くまで迫ってきている。早めに、かたをつけないと。
真っ二つにした、魔犬の体に剣を突き刺し、それを俺の前方に構え、矢から体を守る。
そして、後は全速ダッシュだ。
何本か矢が飛んできたが、犬の死骸に刺さり、俺には全く当たらない。
そして、やっと決着が付いた、
魔犬の死骸ごと、ゴブリンの腹を貫く。
避ければいいものの、このゴブリンは最後まで弓を引いていた。
ラナ以上のポンコツ野郎だな。
あー。痛い。
肩に刺さった矢と、わき腹の魔犬に噛まれたところがとても痛い。
さぁ、最後のゴブリン3体、やっちゃいますか。と振り返ると
「お疲れ様です、八尋」
「お! おう、びっくりした……」
返り血を大量に浴びたラナが立っていた。
手に、中型のナイフがある。
これは、念の為といって、ラナに持たせていた護身用の武器だ。
遠距離は得意だが、接近戦に持ち込まれると危ないしな。
「優秀なサポート天使が、八尋の命の危険を察知し、先に片付けました」
「それはありがたい」
「だけど、本命はまだだよな」
「えぇ、残念なことにですね」
会話の間、ラナは俺のわき腹に、ヒールをかける。
「いきますよ」
「……優しくしてね……」
ラナが俺の肩に突き刺さる矢を握り
「ぐわっ!!!! 」
力の限り、引っこ抜く。
肩から矢を抜いた途端、血がドバドバと大量に流れ出る。
すぐにラナがヒールをかけるが、その間も血は止まらない。
回復した頃には、かなりの量の血液を失っていた。
────風が吹く
「くるな」
「はい。もう近くまで来ていますね」
俺でも感知できるほどの、獣臭さと、異様な雰囲気が近くにある。