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5話 始めて

「どこから見て回りましょうかね」


「ミラの街自体、小さい街ですからね」


「ですねー」


 この街を、見て回ろうかと思っていたのだが、少し歩けば、見てしまえるほどの街なので、どうしようかと悩む。


「やっぱり、特訓するか……」


「無理しなくていいんですよ八尋様。昨日の事もあり疲れているでしょうし」


「いや、よくよく考えたんだ。今はラナルクスさんがいるからゴブリンとか魔獣とか簡単……ではないけど、まぁそれなりに戦えているけど、五ヶ月後には俺一人になるんだし」


「八尋……」


「はい? 」


「あ、いえいえ。一丁前にまともな事を言うものですね。今朝は、遊んで寝て食って引きこもりたいなんて言っていたのに」


「いやまってください。そこまでは言ってないでしょ! 」


「あら、そーでしたか? 」


「もー……」


「まぁとりあえず、街の外で敵と戦うのなら、安物でも武器や防具を揃えませんとね」


「まぁ、確かにそうですね。また死んじゃっても困りますしね」

 

 1度死んだからこそ言えるジョークだ。

 しかし、ラナルクスさんは笑うどころか、少し悲しそうな、辛そうな、そんな表情になった。


 しまった。何か地雷でも踏んだな。そう思い


「まぁ、お金も少しはありますし、早くいきましょラナルクスさん! 」


 そう言って、ラナルクスさんの手を握り歩き始める。


 今、ラナルクスさんがどんな表情なのかは見えないが、俺のやる気を見て、少しでも元気が出れば、と思う。


「八尋様……」


 ラナルクスの足が止まり、俺も立ち止まる。

「どうしました? ラナルクスさん」


「ラナ……や……い」


 上手く聞き取れなかった。


「はい? すいません聞こえませんでした。もう1度いいですか? 」


「ラナルクスと、呼んでください」


「はい? 」

 いや、今のは確実に聞き取れたのだが、あまりにも唐突だったもので、驚いた。


「あ、聞こえましたよ! 全然いいんですけど。でも、なんでこんないきなりなんですか? 」


「……いえ、特に深い意味がある訳ではありませんが……」


 ラナルクスさんの時折見せる、悲しそうな、辛そうな、複雑な表情。


 過去に何かあったのだろうか。


「全然大丈夫ですよ! それなら条件があります! 」


「条件……ですか」


「はい! 」


「エッチな事は、止めてくださいね……」


 はぁ。こっちは心配してるっていうのに、馬鹿なんですかあなたは。


「俺の事も、八尋って呼んでください」


「……」


 ラナルクスさんは、とても、心底驚いたような表情だった。


「それなら、おあいこでしょ? どうです? 」


「あ、は、はい! 八尋様がそう言うのなら」


「では改めて、今後とも宜しくお願いします! ラナルクス! 」


「は、はい! こちらこそ。八尋!」


 なんだ、俺らは付き合いたてのカップルかよ! と思わなくもなかったが、ラナルクスが珍しく、満面の天使スマイルを浮かべているため、口には出さなかった。


 その後、鍛冶屋で、安い銀の剣と防具を購入し、街の外へと赴いた。


 ラナルクスと過ごし始めて、およそ2日。

ラナルクスが時折見せる、悲しげなあの表情の裏にはどんな出来事があったのか、個人的に気になる。

 相談くらい、して欲しいものだ思うが、まだ出会って2日だ。

 ゆっくりと信頼関係を築き、のちのち聞くとしよう。


 あ、いま思い出したけど、この人、仮にもサポート天使とか言う役職だったよな。

 サポート天使が、サポートする側に心配させてどうすんだよ。


 ────それから、1週間が過ぎた。

 


「今日は、頑張りましたね」


「いやー疲れた。いつの間にか夕方になってましたね」


 今日は、やけに目覚めた時から体が軽く、朝から夕方まで特訓し続けていた。


「それだけ真面目に、頑張ったということですよ」


「ありがとです。あ、今日は、俺が先に体洗ってきますね」


「どうぞ」


 こっちの、生活もだんだん慣れてきた。

 まず、こちらの世界には、温泉やお風呂の概念がなく、お風呂ではなく、井戸水で体を拭くのが常識だった。


 だが、さすがに汚れが落ちずに、臭いと言われるのは嫌なので、布キレで体を擦るようにしている。


 こちらの食事には、油や香辛料があまり使われておらず、そのお陰で体臭を気にすることは殆どないのだが。


「いやー、でも冬とか寒くなったらどうするんだろなこれ」


 水の入った桶に、布キレを浸し、ゴシゴシと体を擦る。

 当然、今は全裸だ。

 風呂場というものはないのだが、個室のような、壁でしきられた場所はある。


「寒くなると、そのときは水を火で熱して、ぬるくなってから使うそうですよ」


「あー、さすがにそうですよね…………って! 何でラナルクスがここにいるんですか!? 」


「私は、体を洗ってはいけないのですか? もしや、そういうフェチなんですか? 」


「フェチって……、いや! そういう訳じゃないですけど! 」


 ラナルクスの声は後ろから聞こえる。俺は振り向かない。恐らくラナルクスは裸だから。


 こんな場面で、俺のアレがアレしてしまって、そんなのを、見られたら、今後どう付き合っていけばいいか分からなくなる。


「別にこちらを見ても、私は気にしませんよ? 下着姿なんて毎朝見られていますし」


「人聞き悪いこと言わないで下さい! 仕方がないでしょ! 」


「あら、言い訳ですか。男らしくありませんね」


「はぁ、もー……」


「フフフっ……」


 この人と話してると、やはり疲れる。


「隣、失礼しますね」


 そう言い、広くもない場所に無理やり入ってきた。


 あ……見てしまった。本当に全裸じゃないか。

 俺の前に、ラナルクスが背中を向けてしゃがむ。俺の桶の水を使うらしい。


「おれ、汗かいてましたし、水汚いかもですよ? 」


「かまいませんよ」


「そ、そうですか」


 本当に目のやり場に困る。

 前を見れば、ラナルクスの綺麗で小さなお尻と、透き通った白い肌がはっきりと見えてしまう。

 なんて美しい後ろ姿なんだ、と思ってしまう。


「やっぱり八尋も、お年頃の男の子ですね」


「え、えっ!? 何を言ってんのですかな? 」


 動揺して、口調がおかしくなった。


「別に私は、八尋になら見られてもかまいませんけどね……」


「え? それはどういう……」


 俺が言い終わらない内に、ラナルクスがこちらを振り返り、体の全てが視界に入る。


 胸も、とても綺麗な形をしており、下半身は特にアニメやラノベで見たような綺麗なものだった。


「ちょ、せめて、下くらいは隠して下さい」


「嫌です……」


「はい!? 」


「嫌です……」


「……」


 今までふざけて話していたラナルクスの口調や態度が明らかに変わった。


「嫌です……」


 今にも泣き出しそうな、悲しそうな、辛そうな表情だった。


「嫌……です。私を置いて……行かないで下さい……」


 時折見せる、あの表情だった。


 元気になりかけていた、俺のアレも、完全に萎れていた。


 俺は立ち上がり────


「ラナルクス。大丈夫だよ、俺は何処にも行かない」


 優しく抱きしめる。色んな者が当たっているが、今は気になんてならない。


「やひろ……」


「俺を1人前の冒険者にしてくれ」


 ラナルクスは泣き始める。俺を強く抱きしめ返す。


「俺、決めたんだ。勇者になりたい」


 ラナルクスは、泣いている。静かに。


 そのまま、ラナルクスと向き合い、涙で濡れた唇に、俺の唇を重ねる。


「風邪ひくかもしれないし、部屋に戻ろうか」


 ラナルクスは黙って頷く。


 そして、部屋に戻ってからは、お互い何も言わずとも分かっていた。

 

 俺はラナルクスを安心させるため。

 ラナルクスは……とにかく俺を求めた。


 そうして、ラナルクスと出会って1週間。

 お互い、始めての経験となった。

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