4話 それはダメです。
「ふわぁぁ〜」
昨日はあのまま、ベッドに倒れ寝てしまっていたようだ。
さすがに汚れ破れた、学校の制服のままじゃいけないと思い、夜にそのへんのお店で洋服を買っておいた。
気が付くと、俺の体には薄い布がかけられていた。
もしかして、ラナルクスさんか。なんだいつも毒舌ポンコツの癖に、こういう所もあるのか。
「おはようございます」
「うわっ! びっくりしたー」
隣から声がしたかと思うと、その通り。俺の隣でラナルクスが寝ていたのだ。
「あ、あの布団かけてくれて、ありがとうございます」
「いえいえ、あさだちしておられたので、目障りだと思い、隠させて頂きまし」
「あさだちって……なんでそんな言葉知ってるんですか、仮にも天使でしょう」
「それは企業秘密というやつですよ八尋様」
「そうですか……」
ラナルクスさんの頬は少し、ピンク色に染まっていた。やはり、優しさで布団をかけてくれたんだな。
「ところで、腹へってません? 」
「はい。少し」
「それじゃ、下でなにか食べますか」
「そうですね」
そういい、立ち上がる。
「あ、ラナ……」
あ、ラナルクスさん、好きな食べ物とかあります? と聞くつもりで、振り返る。
俺の全ての動きが停止した。
「八尋様? なんですか? そんなにジロジロ見て、気持ち悪いですよ? 」
「い、いや。その格好……」
ラナルクスさんは……下着姿だった。
髪の毛の色と同じ、薄い青色のブラジャーに、同じ色のパンツ。
華奢な体に、透き通るような白い肌。
正直言って、めっちゃエロい。
「……な、な、なんで下着姿なんです? 」
「暑かったので」
「暑かったから、脱いだと……? 」
「暑くなくとも、私は下着姿でないと寝れません」
「あ、そ、そうなんですか」
え? 女性って皆こんななの? そうだとしたら少し怖い。
「嫌でしたら……」
「嫌ではないですっ! 」
即答してしまった。
あ、やばいキモいって思われた。絶対。
「フフっ……」
「え? 」
今、ラナルクスさんが天使のような笑顔で微笑んだ。
今のは、軽蔑されてもおかしはなかったと思うが。
「すいません、少しおかしくて」
「俺がですか? 」
「発情期の、盛った猿みたいな顔をされていたので」
「えぇぇぇ!? 」
「フフフっ」
また笑った。
「そ、それじゃあご飯食べにいきましょうか! 先に行ってるのできちんと洋服着てから来てくださいね! 」
「あたりまえです。私は露出狂のマゾ女ではありませんので」
「……」
スルーした。
というより、昨日と比べてふざけた発言や笑うことが多くなった。
少し、距離が縮まったのかな? と嬉しくなる。
「よっし、今日も1日頑張ろう! 」
「なんだぃ? 坊や、やけに元気がいいねぇ。昨日ヤッたのかい? 」
昨日会った、おばちゃんがニヤニヤしながら話しかけてきた。
「何言ってんですか。やめてください! 」
「ははは、若いっていいねぇ! 」
「はぁ……」
朝っぱらから元気なおばちゃんだ。
ロビー兼フロント兼食堂の、ような場所には俺とおばちゃんの他に、五人ほど客がいた。
いかつい装備や武器を持っている怖そうな人もいれば、いかにも旅人というような大きな荷物を持った人もいる。
「お、おはようございます」
挨拶をしてみたものの、誰からも返事はこなかった。
適当に、二人用机の椅子に腰掛け、ラナルクスさんを待っていると。
「おまえ、強いのか? 」
後ろから声がした。
振り向いてみると、小さな女の子が立っていた。服装は無地の黒いTシャツに下は白いスカートを履いていた。
髪の毛はセミロングで暗めの赤髪。
「そりゃ、あたしの娘! 」
おばちゃんが、その子の後ろにドスドスと歩いてきて、頭をわしゃわしゃと撫で回す。
女の子は、嫌そうな顔はするものの、抵抗はせず、なされるがままにわしゃわしゃとされていた。
「お子さんがいたんですか! かわいいですね」
「ふんっ!あたりまえさ! 」
「お名前聞いてもいい? 」
「……レベッカ」
「レベッカか! よろしくね」
「ちょっと、この子は冒険家に憧れててねぇ、何か聞いてこられたりしたら適当に流して大丈夫だからね」
「冒険家かぁ……」
「冒険家になりたいの? レベッカは」
すると、レベッカはぷいっと、そっぽを向いて店の外へ走って行ってしまった。
「すまないねぇ、恥ずかしがり屋なんだよ」
「あはは、俺も小さい頃はそうでしたよ」
そして、その後ラナルクスさんが降りてきて、二人でどうでもいい会話をしながら食事をした。
見たことのない食材や料理だったが、かなり美味しかった。
「今日はこれからどうされますか? 」
「んーどうしましょうか」
「街の外にでて、特訓でもしましょうか」
「あはは……もう宿でお金が尽きるまで休んでいましょうよ……かなり疲れるし」
「……八尋様、それはダメです」
ラナルクスが、いつにない真剣な眼差しでそう言った。
ラナルクスさんの口調からは、最初に出会った時よりも鋭く、重みを感じた。
「ど、どうして? 」
俺も、恐る恐る聞く。
「……いいえ。やはり何でもありません」
「そ、そう」
二人の間に気まずい雰囲気が流れる。
「ま、まぁ!とりあえず今日は街のいろんな所回ってみようよ。特訓は明日から! 」
「そうですね、そうしましょう。」
「じゃあ先に部屋で準備しておくね! 」
そう言って、俺は先に部屋へ向かった。
「八尋は、分かってない。なにも。」
ラナルクスの小さな呟きを聞いていたのは、宿屋のおばちゃん一人だけだった。