7 暗闇での出来事
暗闇には二種類ある。
いつも眠る時、体を休めるためにやってくる安息の闇。
そして――以前、僕が死んだ時に感じた絶望の闇だ。
「先生、患者が目を覚ましました」
「ん~……悪いなシエル。退屈だったろ」
先生と呼ばれた女は欠伸をしながら眠そうに茶髪の少女に聞く。
「いえ。先生のお役に立てるなら不眠不休でいくらでも頑張れます」
「そう? じゃあ、ちょっと街まで行ってポテチ買って来てくんねぇかな」
「それはお断りします。私が壊滅的方向音痴なの先生が一番理解してるはずでしょう?」
「たしかに。お前も私が直してやろうか」
からからと笑う女は実に愉快そうにシエルの頭を髪がグシャグシャになるほど撫で回す。
「……ぁ、」
「おっと、まだ動くな少年! 縫合は完璧だが、神経がオンラインになってない部分がある。せっかく治したんだから、五体満足で復帰してくれや」
痛い。
いたい、痛い、イタイ、いたいいたいいたいいたいたすけてたすけていたいいたいんだからだが。
「しばらくは激痛だろうが我慢しろ。ま、死んだほうがマシなくらい痛いとは思うけどな」
「ああ。先生も経験した事あるんでしたっけ」
「おうよ。私の場合は腹だけだったから一晩で治まったが、こいつの場合はほぼ全身だ。下手すると一生痛みがつきまとうかもしれねぇ」
「それは大変ですね」
「たす、け、て」
痛い中、必死に手を伸ばす。
手を?
これは誰の手だ……?
「僕の手、おかしいんだ。体も痛い。助けて!」
叫ぶ。理不尽な世界に向けて。
「おかしなことを言うな少年? 助けてやっただろう。新しい手足も付けてやった。それなのに、感謝されども侮蔑を向けてくるとは何事だ」
熱にうなされていた体が一瞬にして凍えた。
そう錯覚するかのような声を女はしていた。
「ご、ごめんなさ」
「謝ることはありません」
震える体を何か柔らかい物が支えてくれる。
「先生は腕は良いですが患者のケアをしなさ過ぎです。現在の患者の容態を見れば簡単に察する事が出来ると思うのですが」
「お、おう。そうだな! わかってたぜ!! ごめんな、怒ってるわけじゃないんだ。ただ、ちょっと……」
「ちょっと?」
「ねぇ少年~、シエルが冷たいんだけどー」
知らないよ。ていうか、あんた誰だ。
「ほら、嫌がってますから離して下さい先生」
「ほーい」
「良いですか? 先生が忘れていることを教えますね」
では――――
「にゃるほどね。私が悪かったな今回は」
「いつもです」
患者は九歳になったばかりの幼い少年。
なんらかの事件に巻き込まれ、両腕両脚をちぎられ、心臓、またその他周辺の臓器を多数破損。
さらに右眼は潰れ、左眼の視力もほとんど残っていなかった。
まさに死んでいるといって良い。いや、実際死んでいたのだろう。
しかし、先生の手により奇跡の復活を遂げた。
死体を蘇生させるなんてことはいくら先生でも少しだけ無理があった。だが、その不足していた分は少年が持っていた運によって補われたのだ。
この時代における最先端の技術、パーソナル・エクステンド・ツール……ペットにより構成された機巧人形の素体を先生は運搬中だったのだ。
もちろんそれはとある国の偉い方が発注したもので、しかも特注品だ。だからこそ管理面においてもっとも適任である先生が運搬していたのだが…………それはこの際いいだろう。
先生は瀕死の少年を見つけると、すぐさま施術をした。
法律とか運搬中の素体を使うとか色々気にせずに。
ちなみに、国の認可無しにペットの移植手術をすることは世界的に禁止されている。
四肢の移植だけなら結果により罰金だけで済む場合もあるのだが、今回は違う。
眼球及び、最もしてはならないとされる心臓の移植をしたのだ。
普通の移植用に造られたペットなら問題は無かったのだが、使ったのは機巧人形に使用されている大出力の心臓だ。
これを使い成功した例は未だかつてない。
この時までは。
「この子が言っているのは自分の手が他人の物に思える、体が焼けるように痛い。その二点です。そんな感覚の中、術後すぐに目が見えないこともあいまって混乱してしまったのでしょう」
そうですね? と確認を求めるように頭を撫でてくれる柔らかい少女。
彼女に触れていると、痛みが消えていくような気がする。
「なるほど。よくわからん」
「はぁ……それでこそ先生です」
「まー、とりあえず。少年、もう大丈夫そうだな?」
「たぶん……」
痛みは引いてきたが、未だに体中がバラバラになりそうな違和感はあるし、目も見えない。真っ暗闇だ。
「そうか。じゃ、私たちはもう行くから」
「はい。捜索隊がこの周辺にやって来ているのを確認してます。このままなら五分もかからないでしょう」
「おう、急がねぇと。あ、そうだ!」
「……?」
「心臓にコアがあるのはくれぐれも他言無用だ。擬装はしてあるからバレないとは思うが……あと、私が君を治したことも内緒で頼む」
「絶対に話してはダメですよ? 先生の作品だと知られたら――あなた、殺されますから」
最後に物騒な事を言い残して彼女たちが去って行く音が聞こえた。
助けはまだ来ない。
少し眠ろう。
視界は真っ暗だが、体が休息を求めている。
………………
『隊長!! 生存者です! 生きている子がいましたッ……!』
そして、白い世界で再び覚醒する。