4 シエル
「はふはふ……ちゅる、ずぞぞ……何これ美味しい……んぐんぐ」
はて?
なにか見覚えのある光景だな。
「ゴクゴク……ふにゃ~。一週間ぶりに温かい物食べたよぅ……」
ああ。昔、沙耶が初めてカップ麺を食べた時にそっくりなのか。
お湯を注ぐだけでこんな簡単に美味しい物が作れてしまう事実に妹は感涙していたっけ。おかげで毎日カップ麺生活をさせられそうになったのを憶えている。さすがに連続で食べると飽きるんだよ、米が恋しくなるというか。いや、残った汁の中にごはんを入れて食べるのも好きだけど。それ、なんか違くない? 主食に何を食べるかの――まぁいいや。
とろけるような顔をしてカップ麺を汁まで残さず食べきった女の子。よく見たら髪が茶色、それも白に近い透き通った様な明るい色をしている。
「そうか。美味かったか?」
「あ! はい、とても美味しかったです。えと、こういうときは……ごちそうさまでした?」
「いえす。合ってるよ、それで」
クローゼットから出てきた謎の女の子は食べ終わると、部屋の中央に置いてあるガラステーブルに突っ伏して鼻歌なんて歌っている。おいおい、くつろぎ過ぎじゃねぇ? まるで自分の部屋にでも居るような雰囲気である。
服装は学校の制服っぽいブレザーにスカート、その上に薄汚れた元々は白かったであろうゲームのキャラが着ているローブみたいな物を羽織っている。ちょっと魔法が使えそうな感じだな。森の賢者的な。耳が長かったりは――なんてね。
「まずは名を名乗れ小娘」
おっと、人に名前を訊く時はまず自分からだったね。それに年齢は同じくらいだし、小娘ってのもおかしいか。
「すまん。俺の名前は――」
「私はシエルといいます。あなたを救うために来ました!」
「名前は――」
「突然押しかけてしまって、ごめんなさい。この国に来る途中でトラブルに遭ってしまい、見ての通りの状態です。あはは……先ほどは至高の料理を恵んでくださり、とても感謝しております。おかげで心身ともに回復いたしました。ありがとうございます」
「………………」
「つきましては今後のスケジュールについて」
その後もたんたんと語る茶髪の女の子、シエルさん。
空腹で弱ってる時の愛らしい感じが消えてしまい、残念でしょうがない。あ、でも顔は可愛いかも。ほっぺに食べカスなんか付けているが、わざとか? 狙ってやっているんだな、保護欲がそそられるもの。え、勘違いなのはわかってるよ? だって、こんな真面目な表情で語る人が他意を持っているとは思えないからね。あとでそっとティッシュでも渡しておくか。ついでに鏡も。くせっ毛なのか知らんがボサボサなんだよなぁ頭の上。クローゼットなんかに隠れているからそんな事になるんだよ。まったく、しょーがない奴だ。
「――――ということで、しばらくお世話になります」
「え?」
何が、ということで、なの? ごめん聞いてなかった。もう一回最初からお願いします。
そんなふうに俺が首を傾げていると、シエルさんがへにゃりとした力ない顔になる。
「……えっと。もう一度説明します?」
おお。察してくれたか……だけどな、もう一度聞いたところで理解出来るとは限らないんだよッ!
なんて言ったら沙耶以外はかわいそうな目で見てくる事を過去に経験済みなので、ここは見栄を張る場面だろう。まぁ、なんとなくだが話は聞いていたし? どうやらこの子がうちに居候でもする――は!? なんでそんなことになっているんだ。ええぃ、とりあえず考えるのは後だ!
「必要ない。全て理解している……これからよろしくな?」
そう言って信頼の握手を求めて手を出す。
なるようになれ、だ。行き当たりばったりな人生、それもいいじゃないか! 何が起こるかわからない、これこそが俺の日常さ。
だが、
「手を触るのはちょっと……」
なんか握手を拒否されたんだど!?
マジか。もしかして俺、嫌われてる? あ、違うか。カレーの汁で手が汚れているから渋っているわけね。ほら、これでお拭き。
ティッシュの詰まった箱と鏡を渡して、口元の状態を再確認するシエルさんの赤面顔を楽しんだ。ふはは、実に愉快。俺のカップ麺を奪った罰だ。自ら渡したんだけど、気にしてはいけない。腹減ったなぁ。
「お兄ちゃん、入るよー」
と、ハプニングシエルさんを堪能していたら沙耶がノックも無しにドアを開け放つ。
おのれ沙耶め。いきなり入ってくるなっての、俺が着替えとかしていたらどうするんだよ。どうもしないか。ただ眺めているだけだよね、恥ずかしいからほんとにやめてほしい……。かなりの頻度でやらかすからな。ほぼ毎日だもん、鍵付けようかなぁ。
「もうすぐお昼ご飯だから下に、」
「あ!」
「うわー。こんな年端もいかない女の子を連れ込むなんてー」
完全に棒読みなんですが、それは。あと、俺が連れ込んだんじゃないやい。シエルさんが勝手に侵入して、おっと?
シエルさんは沙耶に気付くと、立ち上がりトテトテと歩いていく。なんだ、沙耶の知り合いだったのか。
「沙耶さん、こんにちわ。一応当事者である本人にも話をしてみたのですが、いまいち理解してるか不明です。後でよく教えてあげてくれませんか?」
「さすがに悪ノリはしませんか。そうですね。マスターの今後の活動方針にも関わる事ですので、私の方からもきちんと説明しておきます」
沙耶はすぐさま表情を切り替え、真面目モードになる。うん、妹に任せておけば安心だな。頼りになるぜ、まったく。しかし、役割が逆な気がしないでもない。俺の方がお兄ちゃんなのにね。はは、良い妹を持ったものだ。
「あとは頼んだぞ、沙耶」
ガクリッ。俺はもう空腹で動けない、わけでもない。
さ、昼ご飯は何かなー。
「なにやってるの、お兄ちゃん。そうだ、シエルさんもどうぞ。あまりきちんとした物をお出しできず、申し訳ないのですが」
そう思うなら練習しようぜ。買ったまま放置されている料理のレシピ本がかわいそうだ。俺が言えたことでもないけれどね。ちゃんと作れないのは一緒だし。
沙耶は力尽きた俺を持ち上げ、リビングへシエルさんと共に向かう。
やー、沙耶さんってば力持ち~。楽だけどシエルさんの視線が痛いわ……。いまさら降ろしてとは言えない状況に困るのであった。