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23 マシンビースト

「こっちの服は手触りがいまいちッスねー。デザインは良いんスけど、妹ちゃんはどう思うッスか?」

 ピンク色のウサギが黒と白のモノトーン色のシャツを自分の体に当て、感想を聞いてくる。

「そうですね……私はどちらかというと蛍光色系が好きなのですが、たしかにデザインは良いと思います。しかし、出来れば着心地を優先させたいところではありますね。マスターは外出用の華やかなものよりも普段から着れるものを探しているみたいでしたので。あと、一つお聞きしたいのですが……その手で触り心地はわかるのでしょうか?」

 ピンク色のウサギ……着ぐるみのような見た目をしたウサリーネは沙耶に言われたことがわからず、きょとんと首を傾げる。

 その後、自分の手を見て握ったり開いたりをくり返す。手にはもちろんピンク色の体毛が生えている。高い着ぐるみなのか、その体毛はとても艶々としてはいるが。

「問題ねぇッス。私くらいになると、これでも生地の良し悪しくらいわかるようになるッスから!」

 そう言われて沙耶はウサリーネの持っているシャツを触る。……たしかに若干だが肌に引っかかるような感覚がする。これなら信用しても問題ないだろう。

「わかりました。では、引き続きお願いいたします」

「りょーかいッス! それにしても、少年も酷なことをするッスねー。こんなにかいがいしく世話してくれてる妹ちゃんをほうっておいて外に女を作っているなんて……女の敵ッスね、アレは」

「マスターは私を大事にしてくれています。私にはそれで充分(じゅうぶん)です。死ぬまでそばにいてくれると、マスターは仰っていましたから……ふふふ、お兄ちゃんは一生私のものなのだ」

「ほへー、感心ッスねー。あの歳でそこまでのこと言うなんて、なかなかやるじゃねぇッスか。まあ、マスター登録した時点で所有者はその機体を最期まで面倒見る義務もありますからね。異性同士だと結婚しているようなもんだとは聞いたことありまスよ。ちょっと羨ましいッス……あ、良いの見つけた。これは買いッスね」

 話しながらも二人はバサバサと商品の服を買い物カゴへと入れていく。

 入れられている物の値段を見たらシエルなら卒倒してしまうだろう。今回は機能性重視で価格は選考基準の対象外だ。合計金額がいくらでもかまわないと最初に教えられていた。


 ある程度カゴに山が出来上がると、それをレジへと持って行く。


「あ、支払いはカードで」

「一括払いでよろしいでしょうか」

「ふへへ……私の給料一か月分もするぜぇ……格差社会こえぇッス!」


 と、会計も終わりそろそろ退屈しているであろう者の所へ戻るかと思い店外へ視線を向けると……当の本人がなにやら焦った面持ちで中へとやってくるところだった。


「どうした、少年。何か他に買う物でもあったッスか? 下着類はちゃんと少年の好きな白いのをチョイスしたんで、楽しみに――」

「それどころじゃない。急いでここから離れるぞ」

「ん、何かあったッスか」

 冗談を聞いても顔の表情を崩さない少年に何かを感じ取ったのか、ウサリーネが声のトーンを落としつつ訊く。

「実はな――――」


『速報です。ただいま入った情報によると、先日国内に侵入したと思われる機巧人形はコズミ国が独自に開発した機巧獣、マシンビーストであるとわかりました。それを配備した戦争にて唯一生き残ったコズミ国の将軍、ジール・クラフト氏は要領を得ない発言をくり返しており――』

『現在マシンビーストが潜伏していると考えられるのは以上の地域になります。住民の皆様はただちに避難を開始すると共に、もし怪しい物体を見つけても決して近づかないようにお願いいたします。避難の方法については普段通り地下にあるシェルターに行くか、頑丈な建物の中へ係員の指示に従い迅速な行動をして下さい。また――』


 俺はPET端末で表示された情報を買い物を終えた二人に見せた。


「……なるほど、わかりました。商店街に来ている人たちの避難については任せて下さいッス。店員さーん、手伝いお願いするッスーーー」

 画面に流れたニュースを見て即座に理解したウサリーネは行動に移る。

 戦争が頻繁に起こる国では街中のあらゆる所の地下に避難場所であるシェルターが設けられていた。それはもちろんこの商店街の中にも存在する。

 たまにこうして避難を促す警報が出るので、この街に住む住民は焦ることなく安全な場所へと移動していく。慣れたものだ。通常なら数分から数時間程度で警報も解除されるので、人々の負担はそれほど大きくない。

「マスター、私たちも行きましょう」

「ああ」

 沙耶と二人で店外の路地へ出る。

 購入した服については沙耶が持って来ていたトートバッグの中へ収納済みだ。邪魔になることはない。


 他にもニュースを見ていた人がいたのか、続々と他の店からも人が出てくる。

 焦って走ったりせず、並んで避難所への入り口を目指す人々。こういう時に迅速に行動出来るのは、この国のすごい所だ。他国ではパニックが起こることもあるらしいからな。譲り合いの精神が根強く、女性や子供などを先に避難させるように誰もが動いている。足の悪い老人などは若者が背負っている光景もみられた。


「まあ、避難地域に指定されているからって、ここに来るとは限らないからな」

 ニュースでは大まかな場所しか言われていなかった。それはつまり、違う場所に現れることだってあるということだ。可能性として高い範囲を知らせているだけだし、避難が完了していれば被害が出ることだってありえない。

 地下にあるシェルターは核による攻撃だって防げるからな。もっとも、今時そんな環境に影響の出る兵器を使う国も存在していないけど。現在もいがみ合ってはいるが、戦争による人的被害は極力出さないという方針に世界的にシフトしていっているのが現状だ。その点で言えば機巧人形同士での戦いなら彼らは電動なので環境を汚すこともなく、壊れたとしても人の命が失われることはない。

 過去の戦争により、人類は壊滅的な被害を受けた。環境は改善されてきているが、それでも未だに人の住めない地域は数多く存在する。廃屋地帯もその一つだったかな。とにかく、国が争うのは勝手だが安寧(あんねい)に暮らしたい人々だっているのを理解してもらいたい。


 だが、そんな願いもむなしく――平穏な日々は終わりを告げるのだった。


「お、おい! なんだアレ!?」

 避難する人々の列に加わろうとしていた一人の青年が、空に指をさして声を上げる。

「え、なにが……い、いやぁぁぁー!!」

 その青年が示した先を見た女性が奇声を上げて泣き崩れた。


 バギンッ!! ガリ、ゴリ……ゴクン。


『ガァーーーォ!!!!!!』


 獣がいた。

 ひときわ大きな高さを持つ建物の上、その屋上の縁にライオンとトラを足したようなライガーとも呼べるものが。

 白銀の鎧を体に纏わせ、その巨体から伸びる尻尾には刃物が付いている。


 と、そのライガーは尻尾の先に付いている剣のような物を操り口の端……大顎に生える牙と牙の間に引っかかっていた何かを取り除く。


 ゴゴンッ、ガッ、ドチャリ。

 ライガーの食べ残した何かは建物の壁に幾度もぶつかりながら下へと落ちてきた。


「え、あ……?」

 落下した物と目が合う。


 ピンク色をした体毛に覆われた何か。

 腹から下を失くした、赤い鮮血を撒き散らす、着ぐるみを着た商店街のマスコットキャラ。


「に、逃げて下さい、ッス……」


 それはこちらに手を伸ばすと


 一言だけ告げて、力尽きた。


「ウサリーネ、さん……?」


「うわああああぁあぁぁ!?」

「い、いやだ死にたくないっ!!」

「みんな逃げろーーー!!!?」

 一部始終を見ていた子供が、男が、女が、叫びを上げて逃げ惑う。


『グルルルゥ……ッ!!』


 いつの間に下に降りたのだろう、獣が獲物を求めて唸り声を上げる。


「ああ、ああああああ」

 俺の中で何かが壊れる音がした。

「お兄ちゃん? 待って!!」

 隣で沙耶が制止の声をかけるが、もう聴こえていない。


『グァ? ギャゥンッ!!』


 ゴッ、ガガン!! バコンッッ!!!!

 次の瞬間、獣は背後の建造物をなぎ倒しながら吹き飛んでいく。


「俺の、俺のせいで……ウサリーネさんが」

 そうだ。俺のせいでウサリーネさんは――死んだ。

 服屋の店内にいた彼女にニュースを見せたから、だから彼女は避難誘導のために率先して行動した。あれが情報にあった機巧獣なんだろう。あの時、もう少し店内に入るタイミングが遅ければ。いや、そもそも……俺に関わらなければこんな事にはならなかったはずだ。そうすれば普段からサボリ気味な彼女は騒動に巻き込まれることもなかっただろう。仮に巻き込まれたとしても――逃げ惑う人々と一緒に逃げる他のウサギのように(・・・・・・・・・)、危険に近づかないようにすれば殺されることもなかった。

 商店街で働いているからといって、非常時に客の安全を守るなんて義務は存在しない。彼女たちウサギのマスコットは警備員ではなく、ただの広告……宣伝担当なのだから。風船配りが主な仕事だ。我先にと逃げるウサギたちを責めるべきではない。


『グガアアアァァァァオ!!!!!!』


 離れた所から咆哮が聴こえてきた。体勢を立て直した獣が怒りをあらわにこちらに敵意を向けているのだろう。望むところだ、機巧獣……マシンビースト。相手になってやる。


「行くのですか、マスター」

 と、そんな死地に赴くような俺の手を沙耶が掴む。先ほどのように止めるのではく、あくまで確認をするように平坦な声で。

「ああ。どの道誰かがやらなけりゃならない事だ」

「一緒に逃げるという選択肢もあります」

 たしかにそうだ。だいぶ遠くへ追いやった獣が戻ってくるまでには、いくばくかの時間がかかる。その間に沙耶と二人で逃げ切るのは可能だろう。

 だが、その場合……未だに力なくへたり込んでいる者たちはヤツに喰われる。

「いや、沙耶はあの人たちを逃がしてやってくれ。俺はその間、あの獣……ビーストの相手をする」

 状況を把握しているのか、沙耶は俺の言葉を聞いて一瞬泣きそうな顔になりながらも首を縦に小さく振る。

「わかりました」

「そんなに心配すんな、沙耶。危なくなったら、ちゃんと俺も逃げるから――全力で走れば大丈夫なはずだ」

 軽く走るだけで自動車並みの速度が出る今の状態なら、フルスロットルで加速すればビーストから逃げ切ることも可能だろう。その後にちゃんと止まれるかが心配なところではあるが。

「はい。……私は、お兄ちゃんを信じる。シェルターまで全員連れて行ったら連絡するから、そしたら帰って来てね」

 それだけ言うと、沙耶は親に置いていかれたのだろうと思われる泣いている子供の所へ駆けて行く。

 他にも数人の男女がいるが、誰もが生きる気力を失っていた。


 無理もないだろう。

 目の前で喰い殺された者がいたのだから。次は自分の番だと想像してしまうこともある。


 誰だって死にたくはないのだ。


「――――行こう」

 沙耶の姿を目に焼き付けて、その場から離れる。

 向かうは白銀の機巧獣、ビーストがいる場所だ。


 ビーストが通り過ぎた後にできた瓦礫の山を飛び越えて走る。

 勢いに任せて殴ったは良いが、その代償は大きかった。

「……っ」

 沙耶に見せないように背に隠してはいたが、右手がひしゃげていた。腕の半ばから肉も付いていない。

 手は衝撃で潰れたのだろうが、皮膚などはビーストの牙に引っかかって千切れ飛んでしまったのだ。

 本来骨のあるべき所にあるのは漆黒の金属、機巧人形の骨格である特殊金属でできたフレームだ。潰れただけでは致命傷とはならなかったのだろう、右手はベキンバキンと軋む金属音を響かせながら形を元の形状へと修復しつつある。腕の肉についても一緒だ。筋繊維のような細い糸のような物がウネウネとフレームを伝い手の先へと伸びていく。

「うえ。気持ち悪い」

 見た目もそうだが、肉が切断面から盛り上がって戻っていく度に蟲が這っている感覚がする。不思議と痛みは感じない。フレーム自体には痛覚を知らせる機能がないのだろう。


 そして、右腕が元の形状を取り戻す頃にはビーストの前に辿り着いていた。


『グルルルルゥゥゥ!』

 俺のことを視界に入れるとビーストは尻尾をタシーンタシーンと鞭のように振るい地面を叩く。先に付いた刃物、尻尾に握られるように装備された大剣は振るわれた場所にあった大きな瓦礫を音も無く斬りさいていた。

 大顎に生えた牙も危険だが、尻尾の大検にも気を付けなければならないだろう。触れればどちらも致命傷を与えてくる死神の鎌と同じだ。命を狩るのに特化している。

「うらぁぁぁ!」

 手始めに俺は道中で拾ったこぶし大の岩をビーストの顔面めがけて全力投球する。

 ひゅいん、ぱぱんッ! と、風を切り裂くように飛翔したそれを事も無げに尻尾でなぎ払う。

『ガァル?』

 こんなものなのか。そう言いたげな視線を向けて――



 白銀の機巧獣は姿をかき消した。




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