俺の人生最後の日(2)
人なんて、死んでしまえば呆気ないものだ。そう、呆気ない。
俺は混乱する頭を落ち着かせるために深く深呼吸した(この場合死んでるっぽいから空気吸ったのかよく分かんないんだけど)。
落ち着け俺、落ち着けくんだ…まず、見えるのは俺の血みどろの身体。それと、まあ見るも無惨な買って三ヶ月目の自転車。その籠に入れてあった、俺の貴重なタンパク源の卵様が入った袋は、中身が大爆発起こしていて薄暗い中でも判別できるくらいには黄色い。
そして今それを眺めている俺を見る。……全身透けてる。
『…………』
二度目の再確認を終え、ふらふらと力なくその場に座り込む。その確認により導き出される答えは簡単だった。
俺は死んで、幽霊になった。それしか考えられない。
「だだだ、大丈夫ですか…?」
引いた車の運転手が慌てて車を止めて俺のところへやって来た。30代後半から40代前半の細身で猫背の男だった。明らかに気弱そうな顔で、俺はなんとなく、嫌な予感がした。
「大じょ……ヒッ!!」
男は頭から血を流す俺を見て、男はみるみる顔を青くさせた。俺はそんな男を見て、掴みかかろうとした。だがまあ所詮幽霊というやつだ。見事に腕は通り抜け、相手に触ることすらできない。
『クソッ…クソッ……!!なんてことしてくれんだ!!俺にはまだ…やりたい事、親に言いたい事があんだよ…!!!』
どんだけ叫ぼうが訴えようが、相手の男には聞こえていない。そして、男はと言えば後退りをし始めた。
「……逃げなくちゃ……こんな所で………」
『…は、?』
いくら気が弱いと言えども、まさか俺の身体を置いて逃げるつもりか…?
予想通りに男は乗っていた車に走って行く。
おいおい、ふざけるな…もし俺に非があったとしても無かったとしても、救急車呼ぶのが普通だろう!?
俺は慌てて男を追いかけた。霊魂状態だったからだろう。ものすごいスピードで相手に追いついた。そして相手の襟首を掴もうとした瞬間、手首から先が忽然と消えた。
『なッ…!?』
慌てて手を引くと、元に戻った。
まさか、一定のラインから出られないのか…?
バッと前を向くと、男は大慌てで車に乗り込む最中だった。
俺はその様子を眺めることしか出来なかったが、悔し紛れに相手の車種、ナンバーを覚えた。
『KBOXの、か07-16…』
皮肉なことに、俺の誕生日そのままのナンバーだった。
男はそのまま猛スピードで車を出した。俺はそれを見送ることしか出来ない。呪い殺してやりたい。そう思いながら、俺は俺の身体の元へ戻るしかなかった。
改めて周りを見回すが、人通りが少なくなる通りであった為か車も人も通らない。民家はあれど光りは灯っておらず、近くには小学校と店があるだけだ。
『そう言えば、今何時なんだ?』
俺は腕時計を着けていたことを思い出し、確認した。
『23時50分…て、あれ?これ…止まって…』
秒針が全く動いていなかった。
時間が止まっている?いやそんなはずはない。だってあの男は確実に動いていたし、時間が止まるならあの男は車から出てもいないはずだ。壊れたとか?
ふと俺の遺体を見ると、そちらにも腕時計が見えた。こちらはヒビが入ってしまっているものの、秒針は動いている。こちらは0時1分を指していた。
もしかして、俺は23時50分に死んだのか?
定かではないが、そう考えるしかないだろう。頭を抱えながらまた座り込む。この間にも、確実に俺の身体は冷たくなって行くのだろう。せめて身体くらい誰かに見つけて欲しい。
『母さん、ごめんよ…』
実家に残してきた母を思って、柄にも無く泣きそうになってしまった。
「こんばんわ。つかぬことをお伺いしますが、高城操真さん、でお間違いないですか?」
ハッとなって声のするほうを見れば、横断歩道の手前で無表情の少女が佇んでいた。長袖のセーラー服に、長い黒髪を僅かに吹く夜風に遊ばせている。。
彼女の深く黒い瞳と目が合うと、白い肌によく映える薄桃色の唇を僅かに持ち上げ、綺麗に微笑んだ。
「初めまして。お迎えに上がりました、死神です」