第1話
俺の名前は、尾根川本 (おねかわほん)。
本屋で本好きの両親に、そのままの意味でつけられた、まさに手抜きの名前だ。
子供のころは、この名前がために、苦労した。
いや、正確に言うのならば、いじめられた。
世に言う、尾根川問題だ。
いわく、尾根川じゃなくて『骨川だ!』とか。いやいや、そうでなくて『骨皮でしょ!』とか。
はては、、生来のやせ気味体形も加わって、ついたあだ名が、そのまままさしく『骨』。まさに、世界を騒然とさせた、尾根川問題だ。小学校のクラスという名の、小さな世界だが。
……俺にとっては、家族と、小学校が、世界のほとんど全てだったし。塾やら習い事もしてなかったしね。
中学にあがると、英語がこれに加わる。
そう、尾根川本の、名前部分が問題になる。
本問題勃発だ。
いわく、本じゃなくて『ボーンだ!』となるわけである。本の日本語読み『ほん』と骨の英語読み『ボーン』がかかるわけだ。
こうなってくると、あだ名は、『スケルトン』やら『アンデット』と、なりだす。はては、『ゾンビ』などと原型すらもなくなってくる。
だんだんと友達も少なくなり、本やアニメ、ゲームが友達になってくる。
このころの俺は、ラノベなどの影響もあり、骨の不死者にして、孤高の知者、アンデットの王、そう『我はリッチ!』などと言っていた。
おもに心のなかで。
いや、たまに、お風呂場と……トイレでも。
ちょっとだけ声が響く感じがいいんだよ。本当だよ。
まあそんなこんなで、孤独を友と呼び、ラノベを聖典と呼び、ゲームの世界が、生きる世界のほぼすべてという学生生活を送っていた。
こうなってくると、『群れる奴らは、心が弱いんだよね~』とか『本を読まない奴らは知的レベルがな~』と、リア充からしたら、負け惜しみの、減らず口を心情に、周りを見下しながら乗り越えた。
べ、別に、と、と、友達なんか、必要ないんだからねっ! の、あれである。
社会人になると、この妙なあだ名問題は、解消された。それはそうだろう。かりにも、社会に出て、仕事をしてお金をいただく現場だ。はっきりいえば、みんなそんなことで、人をいじめてる暇はない。
いや、たまに例外の、暇でクズな上司と、その一派などはいたが、そんなのは無視だ。無視!
たいていの人間は、売り上げ目標の達成やら、出世競争やら、はたまた、パートナー企業との円滑な連携やら、朝から夜まで、いや夜中まで忙しいのだ。そう、社畜なのだ! ブラックなのだ!
しかし、また、ここでひとつ問題が出てくる。
子供時代の生活環境によって、ついぞ身に付けられなかったスキル。
コミュニケーション力。
そう、コミュ障問題勃発だ。
どうでもいい他人との、他愛もない雑談なんてどうやればいいのか解らない。
そもそも、子供のころから、ずっと通い続けた散髪屋さんのおじさんとすら、まともにコミュニケーションがとれない。
散髪屋さんに入ってからの、俺のセリフといえば「前髪が眉より上で、まわりは刈上げないくらいでお願いします」だけだ。
あとは「はあ」とか「大丈夫です」とか、そんなもんである。それ以上は無理! まじで!
だって人と話すと、緊張しすぎて、頭が真っ白になるのだ。
上司に、鬼気迫る勢いで『これはどうなった!』『あれはどうなった!』『速く提案しろ!』などと怒鳴られれば、本来なら出来ることでも、あたふたしてしまう。
しかし世は無常なもので、そのまま行けば、あっという間に、使えないやつ認定である。
げに恐ろしきかな、実社会。
それでも、最低限の仕事と、あたふた対応で、ときにはどもり、ときには脂汗をかきながら、なんとかこなし、一応、言われた事はやる奴として、会社の片隅、社会の片隅で生きてきた。
ここまでが、この世に生を受けてからの、俺の人生のすべてだ。
人生。
人生、……長いようで、短い。短いようで、長い。
しかし、こんなものが、俺の、生涯であった。
そう、いま俺は、自分の墓の前に立っている。
そう、いま俺は、自分の墓の前に立っている。
正確には、霊体だから自分の墓の前で浮かんでいる。
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あれは、晴れた日のクリスマス。いつものように、重たい足を引きずるように、会社に行く途中のことだった。
代わり映えのしない、普段の通勤コース。ゆるくカーブする、見晴らしが悪い、歩道を歩いていたときのこと。
前方には、お母さんと手をつないで、楽しげに歩いている子供。クリスマスプレゼントなのか、手には、最近人気のキャラクターの入ったボールを掲げ持っていた。
俺も、小さなころは、あんな楽しそうにしていたのかなと、もう他界した両親のことを思い出したりして、ちょっとセンチな気分になってみたりする。
そのとき、その子供が持っていたボールを、ポロリと落とした。ボールは車道に向けて、コロコロ転がる。
こうなってしまえば、子供のやることはただ一つ、一目散にボールを追いかける。お母さんの手を振り切って、歩道だろうが、車道だろうが関係ない。回りが見えていない、よくある子供の特長だ。
ボールは車道に転り、子供が、車道に飛び出す。
そこへ、運悪く、見通しの悪いカーブから、子供に向かって、大型トラックが迫ってくる。
さらに悪いことに、朝からの雨は止んで、晴れ間も見えていたが、あいにく、路面は濡れていた。
見通しの悪いカーブ。濡れた道路。大型トラック。
車は急には止まれない。
俺は、咄嗟に何も考えずに、飛び出した。大きなクラクションの音と、子供の驚いた顔、母親の叫び声。
妙に時間をゆっくりに感じながら、俺は、子供を突き飛ばして意識を手放した。
そう、こうして、この世を去ったのだ。まだ去っていないけど。だって、まだお墓の前に、霊体としているし。
でも、俺のお墓だ。さっき、墓石に彫られた名前も確認したし。享年も、確認した。
身体に関していえば、実際、体も透けているから、霊体あることの確認も簡単だった。
そして、俺のお隣にあるお墓に、お参りに来た、おじさんとおばさんが「20××年も、あっというま今日で終わりね」などと話していたので、おそらく、俺がこの世を去って、一週間だ。まだ去ってないけど。
あの日から、約一週間もたっているのだ。さっきお墓の前で目覚めた俺は、その間何が起こったかは、知る人ぞ知るの状態であるのだが。
ま、お葬式は、たぶん、遠縁の山田のおじさんがやってくれたのだろう。世話好きの、いい人だから。感謝、感謝。
しかし、ここで、疑問が一つ湧く。
お葬式も終わり、お墓もある。
彼女もいないし、友達もいない。
特に未練もないのだが、なぜ、成仏しないのだろうか?
考える。
解らない。
考える。
解らない。
考える、考える、考える………………。
考えること、一ヶ月。
解った!
なぜ成仏しないのか。
その答えが!
解らない!
そう、なぜ成仏しないのか『解らな』いということが、解った。
そんな、一休さん的とんちはさておき、たぶん、後悔があったのだろう。
もっと、楽しく、周りに積極的に接すればよかったな。そうすれば、もっと、友達出来たかな。もしかしたら、彼女も出来たかな。もっと、もっと……。
もっと、もっとが、いっぱいあって、我が人生悔いあり! ですな。
でも、だからといって、どうすべきなのだろう。
過去のことは、やり直すことが出来ないのが、生きるってことなのに。
そんなことを考えながら、自分の一生を振り返っていたとき、何かが、頭の中で引っかかった。
俺の人生。子供時代、友達なし。大人になっても、友達なし。いや、友達は、いた! そう、本やアニメ、ゲームが友達だった!
そこで、ふと閃いた!
……転生。
アニメでは、よくあることだ、何かの事故などがきっかけの転生。
小説でも、珍しくもない。
ゲームでも、違和感などまったくない。
ありだな。
生まれ変わって、一からやり直せる。ありだな。
「転生こい!」
広いお空に向かって、大きく叫んだ。
三日待ったけど、コナカッタヨ。テンセイ。
そう、俺はすぐに解ったよ、自分の間違いに。しばらく使ってなかったから、すっかり、忘れていたよ!
子供のころの、あのきめゼリフ。こんなときは、あれだ。
「我はリッチ! 転生こい!」
……10日マッタケド、コナカッタヨ。テンセイ。
おかしい。何かが、おかしい。そう、俺の頭がおかしい。……のか?
どこで間違えたのか?
もうこのまま、アンデットみたいになってしまうのか?
それとももう、アンデットなのか?
しかし、さすが俺、そのとき、ふと閃いた!
……召喚。
アニメでは、よくあることだ、勇者の召喚。
小説でも、珍しくもない。
ゲームでも、違和感などまったくない。
なしだな。
いま召喚されたら、霊体のままだ。
それでも、まあ、暇つぶしだ。
「召喚こい!」
あ、また、『我はリッチ』を言い忘れた。
まあ、いいけどね、どうせ召喚起こらないだろうし。と、思った瞬間、ギュルンと音がして、俺の真下に光で描かれた幾何学模様の魔方陣が出現した。
そして間を置かずに
【霊体、尾根川本は、召喚要請を承認しました】
頭の中に直接機械的な声が響き渡った。
まずい! たぶんこれは、成仏コースと違うものだ。本能的に、俺は危機を察した。俺にも本能などあったのかと、頭の片隅でのんきに考えながら、なんとか逃れようと、魔法陣の外に出ようとする。
しかし、見えない何かに引っ張られて、逃れられない。それでもなんとかと、せめても、手を伸ばす。
手が俺のお墓に触れて、すり抜ける。それでも、もがくが、すり抜ける。そんなことを何度か繰り返していたとき、ひらめいた!
もしや、召喚拒否と言えばいいのでは!
その直後
【最終確認、召喚を了承しますか?元に戻ることは出来ません】
機械音が頭に鳴り響く。
【強制召喚まであと10秒です】
【9、8、7】
やばい! カウントがはじまった。時間がない。
すぐ言わなければ!
召喚拒否!
「骨の不死者にして、孤高の知者、アンデットの王、そう、我はリッチ!召喚」
キョヒ!
イエナカッタ。
キョヒガ、イエナカッタ。
ジカンガタリナクテ、イエナカッタヨ。
余計な枕詞を付けたばっかりに、時間切れで『キョヒ』の部分が言えずに、召喚といった瞬間に、ドン!と音がして、視界が暗転する。
俺は、意識が遠くなる中で、自分のアホ加減にあきれながら、緊張すると、あたふたする癖は、死んでも直らなかったなどと、考えていた……。




