19話
強引に決闘させられ、強引に銭湯に連れて行かれたその日は、タロス村でのんびりすることにした。
体力的にというより、精神的にぐったりしてしまったからだ。
翌日から『間引き』を行う。
ギルドからの情報によると、増えているのは虫系の魔物らしい。
虫系と言っても幅は広く、蟻、クワガタ、カブトムシ、イモムシ、蝶、蜂……などなどだ。それらは一様に通常の虫と違い、体長一メートルほどの体躯をもつ。種類に関係なく群れ、単独行動する個体は少ない。
今日も今日とて虫退治。
タロス村に来てから五日が過ぎた。囲まれるほどではないが、次から次に湧いてくる虫をちぎっては投げ、ちぎっては投げしている。
いや、ちゃんと討伐証明と使える素材は取るんだけどね。
俺はソロだから、囲まれるのも、不意打ちされるのも危険だ。いざとなったら何とかなるけど、いざとなりたくない。
今はネルがいてくれるので、少し楽だ。
「ネル、ここは見晴らしが良いけど、油断するなよー」
「……うん……分かって……ぬ……」
「え、ぬって言った!?分かってぬ!?」
「……ぬ……ぐぅ……」
ダメだ。立ったままと言うか、歩きながら寝てるわ。
まあね、ここ四日は朝から晩まで村を中心にうろうろしてるから、疲れて眠いよね。剣は睡眠の必要はないけど、飽きて眠くなるよね。
もうすぐ昼時だ。村に戻って昼食にしようか。
「ネル、何か食べたいものあるか?」
「ん!?えーとね、メイン通りを一本中に入ったところにある定食屋さんが美味しいって、リロタちゃんが言ってた!」
ご飯の話で覚醒するとか、だんだん手遅れな子になっていってる気がするね。
「定食屋は了解だけど、リロタちゃんてどなた?」
「宿の受付の子じゃない。忘れたの?」
ああ、そんな名前だったんだ。名乗りあってないし、知らんよ……。
いつの間にそんな話をする仲になったのか。
(こんばんもおたのしまれますか?)
幻聴が耳に届いた。今日も夕食は宿で食べますよ。
それから俺たちは狩りを中断してリロタちゃんオススメの定食屋に来た。
外見は至って普通の定食屋だ。外の看板によると酒も出すらしいが、飽くまでも定食屋なので、夜は23時には閉めるらしい。
暖簾をくぐると、席はガラガラだった。正午を少し過ぎたくらいで、まだ昼時と言える時間だ。休みか?と思いながら敷居をくぐった。
……そこにはオーガが居た。
オーガとは、人間の形はしているが身長2メートルを超え、筋骨隆々。頭には二本の角が伸びており、口からは鋭い牙が生えている魔物だ。
なぜこんなところに!?と身構えると、オーガは言葉を発した。
「らっしゃい。客かい?」
女性の声!?
鋭い視線に足が下がりかけたが……らっしゃい?いらっしゃいってこと?言葉?
俺は狼狽しながらも、どうにか答えることに成功した。
「えっと、リロタちゃんの紹介で、ここが美味しいと……」
鬼は破顔した。
「おお、そうかい!リロちゃんの紹介かい!歓迎するよ!たまにアタシをオーガと間違えたヤツが退治しにするからさ。まあ、剣を抜かれたら返り討ちにするけどね!」
歓迎された。
よく見たら角は生えてないし、牙もただ犬歯が少し長いだけな人間のようだ。しかも女性。ピンクのエプロンが場違いに眩しい。
しかし、返り討ちか。見た目通りというか見た目以上に強そうだ。
俺、これからオーガを見たらとりあえず声をかけてしまいそう。
案内されるがままに席に着き、オススメの定食を注文した。
待つことしばし。ガオさん(オーガ風店長さん)が料理を運んできた。
さっそくスープを一口。
俺たちは固まった。その後、競うように食べ始める。
美味い。ひたすら美味い。申し訳ないが、イリスの街で俺たちが世話になっている宿よりも美味い。
気付けば、スープもパンも焼いた肉もその他も、綺麗に食べ終わっていた。
俺たちは、しばし余韻に浸りながら呆然としていた。
「気に入ってくれたみたいだね。アタシもリロちゃんに顔向けできるってもんだよ」
しばらくして調理場から出てきたオーガ、いやガオさんはそう言って笑った。牙的なものが見え隠れして、余計に怖い。
「本当に美味かったですよ。なのに、なんでこんなに空いてるんですか?」
分かってる。ガオさんが怖いからだ。問題は、なぜガオさんだけで店をやってるのかってことだ。
「いや、わからないのさ。なんでだろうねえ?とーちゃん、いや、旦那に調理場以外を任せていた時には、結構流行ってたんだけどねえ」
そ、れ、だ、よ!
ガオさんの外見はともかく、旦那さんがこれ以上に凶悪な外見のはずがない。こんなの二人もいてたまるか。ガオさんが接客しだしたからこその閑古鳥。元凶は貴様だ!
と、言えるはずもなく。
ネルは外見は良いからウェートレスをさせても良いけど……。
無理だな。注文とかお会計とか、いろいろ間違えそうだし。むしろつまみ食いする危険性すらある。
「失礼ですが、旦那さんは?」
「ちょっとした病気でね、寝込んじまってるのさ。特効薬はあって、この辺で手に入る素材でできてるんだよ。けど手に入らなくてね……」
「ちなみに、どんな素材ですか?」
「カマキリみたいな両手に鋭い爪を持ったヤツの尻尾の先端でね、そこには毒が詰まっていて、それが必要なんだけど……」
オー……ガオさんは黙りこんだ。
少し待ってから詳しく聞いてみると、これがわりと手に入れにくいらしい。そのカマキリがこの辺りでは上位の強さな上に、そいつが尻尾の毒撃を放つ前に切り落とさなければいけないのだと。そしてそのカマキリが最近になって量を減らし、運良く出会った冒険者もこの辺りの出身ではないために、その毒袋を取ってこないそうだ。
魔獣は増えているのに、そのカマキリだけが減っている……。気になるところだが、とりあえずこう言っておこう。
「十だ。初対面の俺など信用できないだろう。全て成功報酬で良い。俺に依頼してくれ」
「金貨十枚!?そんなには払えないよ。払いたいけど、手持ちが……」
「馬鹿言ってんなよ。十食だ!俺とネルと合わせて十食、つまり五日分の昼飯だ!」
さて、カマキリ狩りといきましょうかね。




