表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

傘泥棒は連鎖する

作者: cokoly

 傘が無い。

 僕の目の前には傘がいっぱい詰まったコンビニの傘立てがあり、僕の背後では雨がざあざあと降っている。そして僕がここまでやって来た時に差していた傘は、傘立てからは消えていた。

 おそらく、ほぼ間違いなく、誰かが持って行ったのだろう。

 僕は、誰でも心に秘めているはずの、些細でありがちなな邪心と良心の狭間で揺れていた。

「傘は天下の回りものです」

 と後輩が言った言葉を思い出していた。

「特にビニール傘という物はみんなで共有するべき物です」

 ヤツはのほほんとした口調で、それが当然、と言う顔をして言い切った。

 確かに、ビニール傘に強いこだわりを持っている人間はあまり存在しないだろう。ワンタッチ式だとか、ちょっと色がくすんでいるとか、そんな違いはあるものの、あらゆるビニール傘は『ビニール傘』として一括りにされてしまいがちだし、実際僕も何の気なしに他人のビニール傘を間違えてもって返ってしまった事はある。

 誰でも傘泥棒になれるのだ。そして、そうなる可能性をみんな平等に持っている。

 もし仮にその可能性を不可避のものとして公式に認め、「傘泥棒はしょうがないのだ」という事になったとして、それが社会的な問題に発展する事はほとんどゼロに近いのではないだろうか。

 そんな事をいちいち考えている人間は居ないだろうが、世界中の無邪気な傘泥棒たちは頭のどこか片隅で無意識にそのような言い訳を自分にしているに違いないのだ。

 ビニール傘をなくしたら、他のビニール傘を使えば良い。という常識。

 しかしやはり考えてほしい。

 そうやって連鎖的に発生する傘泥棒たちの陰に隠れるように、間の悪い誰か一人は確実に持つべき傘をなくしてしまうのだ。

「ちょっとすみません」

 僕が傘立ての前であれこれ考えていると、一人の女性が横から手を伸ばして傘立ての中から一本引き抜いた。僕は傘立てを利用する人たちの邪魔をするような位置に立っていたのだ。

「ああ、すみません」

 ふと女性の顔を見ると、それは大学で同じ講義を受けている浜宮優里だった。

 優里も僕の顔に気付いたようだ。

「伊藤君、だっけ?」

 驚いた。彼女が僕の名前を知っているとは思わなかった。同じ講義を受けているとは言え、クラスは違うし、サークルなど、他に僕と彼女の接点になるようなものは無いはずだ。

「浜宮さん、だよね」

 確認などするまでもなく彼女の名前は僕の頭にしっかりと刻まれていたのだが、僕はそんな言い方をしてしまった。僕は焦っている。動揺している。でも嬉しい。彼女が僕を知っていた。

「何してるの? 傘立ての前で突っ立っちゃって」

「持ってかれたみたいなんだ」

 優里は、あら、と言う顔をした。

「どこ行くの?」

「駅まで」

「私も。一緒に入っていきなよ」

 そう言って優里はほんの少し傘を僕の方に傾けた。

 こんな偶然があるなんて。僕はやはり安易に他人の傘を持って行かなくて良かったのだ。

「ねえ、もし暇だったら、ちょっと買い物に付き合ってくれない?」

 と優里が言ったので、僕はもちろん即座にオーケーした。

「良い傘だね」

 と僕が褒めると、優里はちょこっと舌を出して、

「実は私も盗まれたの。頭に来ちゃって誰のか知らないけど持って来ちゃった」

 と言って僕にいたずらっぽい笑顔を向けた。

 僕はほんの少し良心が傷んだが、優里の笑顔には敵わなかった。


<a href="http://novel.blogmura.com/novel_short/"><img src="http://novel.blogmura.com/novel_short/img/novel_short88_31.gif" width="88" height="31" border="0" alt="にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ" /></a>

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ふらっと読ませて頂きました。 短編というより、長編で読んでみたいお話でした。 主人公が初々しくて、何だかかわいかったです。 傘ってすぐなくなりますよね(笑) 短いですが失礼しました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ