第六話:決戦 譲れない想い 魔法天使対魔法天使
第六話:決戦 譲れない想い 魔法天使対魔法天使
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あたしは木で出来たカエルの置物を手にとって想いにふけていた。
このカエルの置物はあたしがまだ小学生だった頃お兄ちゃんと一緒に家族旅行に行ったときに買ったの。
木彫りで背びれを、付属の棒で撫でると本当にカエルが鳴いているかのような音がして、お兄ちゃんと一緒に笑い合ったのを良く覚え
ている。
あの頃の私は何処にでもいる普通の女の子だった。
お兄ちゃんが大好きで何処に行くのもいつもお兄ちゃんの後ろをついて回っていた。
それが何時からだろう?
お兄ちゃんが大好きって気持ちが、ただの大好きじゃなくて、特別な大好きになってしまったのは。
「ねえ、定香はお兄ちゃんの事、大好きだよ」
膝の上に置いたカエルの置物をゲコゲコって鳴らしながら、あたしは深く息を吸い込んだ。
「だから、絶対にあたしが、お兄ちゃんを守ってみせるよ」
あたしの弾ける想いを言葉に乗せ、あたしは、魔法天使パラレル・ティーカとして戦う道を選び取った。
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「珍しいですね。定香さんから自分を誘ってくれるなんて。やっぱり、あのシリアル・アリスの事が気になるのですか?」
昼 下がりの街中をあたしは魔法の杖イリル片手に歩いていた。
今日は平日だから人通りもそんなに多くない。
持って歩くにはかなり邪魔なイリルを手にしているあたしには好都合だけど、真っ昼間からこんなコスプレめいた杖を持っているとそ
れは目立ってしょうがない。
でも、他人になんて見られていようと今のあたしには関係のないこと。
あたしはもう、覚悟を決めたんだ。
「もちろん。彼女は言ったわ。あたしのお兄ちゃんを殺すって。
そして、本当にお兄ちゃんを攻撃してきた。
許さない。
あたしはお兄ちゃんが大好き。
お兄ちゃんを愛している。
だから、あたしは戦うの。魔法天使パラレル・ティーカはお兄ちゃんを守るの!!」
そう宣言して、あたしはイリルを思いの限り地面に叩き付けた。
あたしの弾ける想いは魔力に代わり、イリルを伝わり世界に魔法として具現化する。
弾けそうな想いが強ければ強いほど魔法はより協力になるって前にイリルが教えてくれた。
それなら、きっと今のあたしはどんな魔法だって使うことが出来る。
今のあたしは、お兄ちゃんを守りたい想い、桜愛理子を許せない想い、そしていつも心に大切に閉まっているお兄ちゃんへの恋心で今
にも体が弾けてしまいそうなんだから。
「っつったたた。定香さん、お願いですか魔法を使うときはあらかじめ一言……………
って、定香さん、あなたどんな魔法使って居るんですか!!!」
相も変わらず、イリルがあたしの手の中で叫いている。
そんなイリルいつもごとく疎ましく思いながら、あたしは再び歩き始めた。
あたしとイリル、そして彼女を除いたすべてが止まった世界の中を。
「何って、見て分かるでしょう。時間を止めたのよ。
こうすれば、あたしに戦う意志があることを桜愛理子にも伝えられるし、いざ戦いになっても邪魔は入らないし、まさに一石二鳥でし
ょう」
「一石二鳥って。定香さん、時間を止めたんですよ、時間を。
なにしれっと次元重大犯罪級の魔法使っているですか?
ああ、えらいこっちゃ、えらいこっちゃ。こんなの上層部にばれたら、自分の降格どころか下手した上層部にまで迷惑が」
「あんたのサラリーマン生活なんてあたしとお兄ちゃんの恋には関係ない。
それよりも来たわよ」
うるさいイリルの不安をばっさりと切り捨て、あたしは前を見据えた。
そこ、あたしが倒すべき敵がやって来たからだ。
「やっと来たわね。桜愛理子」
「あなたは、時間を止めるなんて………また無茶なことをなさいますのね。ここまでしてあの久我誠流という男を守りたいのですか?」
「当たり前でしょう。あたしはお兄ちゃん事、大好きなんだから。これ以外に何か理由がいる?」
「いえ。確かにその想いだけで十分ですわね。
全く、わたくしもあなたも思えば、愛する方以外は見えない、盲目的な女性なのでしょうね」
「ご託はいらない。
必要なのは、この想いだけ」
「その通りですわね。
では、行きますわよ。久我定香」
そして、あたしと桜愛理子はそれぞれの呪文を唱えるのだった。
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あたしはイリルを。
桜愛理子は右薬指にはめた桜色の指輪を。
それぞれ前につきだした。
「届け、あたしの想い オーバー キュア ハート」
「届け、わたしの想い オーバー キュア ハート」
二つの呪文が同時に紡がれていく。
イリルからは紫色の帯が、桜色の指輪からは桜色の帯がそれぞれ生み出されて、あたしと桜愛理子を魔法天使に生まれ変わらせる、繭
となる。
紫色の繭の中であたしの体は暖かな光に包まれ、着ていた服が消えその代わりに、お兄ちゃんが可愛いって行ってくれた魔法天使のコ
スチュームが着衣されていく。
きっと桜色の繭の中で桜愛理子の体にも同じ事が起きているのだろう。
でも、あたしは確信している。あたしのコスチュームの方が絶対にお兄ちゃん好みだってことを。
そして、変身が終わるとあたし達、魔法天使は繭の中から孵化をする。
「スパーク!」
「スパーク!」
二人の宣言の後、二つの繭は消え、二人の魔法天使が光臨した。
「弾ける想いを届けるため 魔法天使パラレル・ティーカ ただいま参上、よ」
「秘めた想いが咲き乱れる 魔法天使シリアル・アリス まもなく満開、ね」
あたしこと、パラレル・ティーカと、桜愛理子ことシリアル・アリスは共に決めポーズを可愛く取り、あたしたちの変身は完了した。
さあて、ここからが本当の始まりよ。
あたしはイリルを、シリアル・アリスは桜色の指輪をそれぞれが敵に向ける。
ここはあたしの魔法によって時間の止まった世界。
この世界で動いているのは、あたしとアリス、二人の魔法天使だけ。
だから、手加減なんて必要ない!
「輝いて、あたしの想い」
「集まって わたしの想い」
あたし達は奇しくも同時に空へ飛んだ。
あたしには紫の、アリスには桜色の羽が生え、あたし達はまさに天使如く空を舞う。
「パラレル・パスカル・パーミット」
「シリアル・シニカル・シークレット」
二人の魔法天使の二つの呪文が紡がれ、そして、二つの想いはそれぞれ、紫色の星と桜色の三日月に練り上げれていく。
あたしは、アリスを睨んだ。
アリスが、あたしを睨んだ。
ここにあるのは、
怒りでも、
迷いでも、
憎しみでも、
悲しみでも、
絶望でもない。
あるのはただ純粋に、大切な人を守りたいという今にも弾けて咲き乱れそうな恋心だけ。
「パープル・スターライト。シュ~~~ト!!」
「チェリー・ムーンライト。アタック~~!!」
二つの必殺技が空中でぶつかり合い、空は紫と桜の二色へ染め上げられた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あたしの魔法とアリスの魔法は相殺した。
あたし達の魔法は、あたし達の想いから生み出される。
あたしのお兄ちゃんへの弾けそうな想いと、アリスの謎に満ちた秘めた想いがあたし達の魔法の原動力だ。
「偽りの想いのわりには、よくやりますわね」
「偽りなんかじゃない。この想いは真実よ!」
あたし達、魔法天使は想い、想い、想い、魔法を生み出していく。
あたしの心の中にお兄ちゃんの優しい笑顔が浮かんだ。
魔法天使の格好で寝込みを襲ってあげて、驚いているけど、ちょっと嬉しそうなお兄ちゃんを思い出した。
「前にも言いましたわ、言葉に出して伝えられない想いは偽りでしかないのです!」
「じゃあ、あんたはどうなのよ。あんたは秘めた想いを言葉にして伝えた事あるの」
交差したあたし達は互いの魔法道具をぶつけ合い、紫色と桜色の火花が散った。
あたしは、負けられない、負けたくない。
お兄ちゃんを騙し、侮辱し、殺そうとまでしたシリアス・アリスにだけは、絶対に負けたくない。
あたしはそう想ってここまでやって来た。
この想いは絶対に偽りなんかじゃない。
なのに、あたしの想いはシリアル・アリスに勝てない。
あたしのお兄ちゃんへの弾けそうな想いは、アリスの咲き乱れる想いを破れない。
正直、悔しくてしかたないよ。
「いいえ、残念ながら、わたしは自分の思いをあの人に伝えることは出来ませんでしたわ」
「なら、あたしに偉そうな事言ってるけど、あなたもあたしと一緒だったんじゃないのよ」
二つの想いは萎まない。
弾けるため、
咲き乱れるため、
その想いをふくれ上がらせていく。
「いいえ、一緒ではありませんわ。わたしはこうして想いを秘めるしかなかったの」
「一緒よ。あたしはお兄ちゃんの妹。この想いは絶対に弾けちゃいけない恋なのよ」
交差した二人の魔法天使は地面に舞い落ち、同時に振り返った。
あたしはイリルを、アリスは桜色の指輪に再び、想いを込める。
世界で一番大好きなあの人の事を思って、胸をときめかせ、心を躍らせ、想いを魔法に変える。
「わたしは、秘めた想いが咲き乱れる魔法天使 シリアル・アリス」
「あたしは、弾ける想いを届ける魔法天使 パラレル・ティーカ」
二人の魔法はふくれあがり、再び必殺の魔法を作り出していく。
でも、もう必殺技を叫ぶことはない。
それなんかよりも、目の前の敵に伝えなちゃいけない想いがあたし達にはあるのだから。
「わたしが、想いを届けたいあの人は死んで、もうこの世にいないの!!」
「あたしは、秘めた想いを伝えたいお兄ちゃんと血が繋がっているの!!」
紫の星と、桜色の三日月がそれぞれの想いを乗せ、再びぶつかり合った。
そして、次元が揺れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「え? 何、何これ?」
初めての事態にあたしは思わず、混乱してしまった。
世界が、いや違う世界が根本から揺らいでしまっている感覚。
世界が揺れてそれとは別にあたしも揺れてしまっている感覚と言えば少しはこの異常事態が分かってもらえるかな。
「落ち着いて、定香。これは、この次元そのものが揺れている、まさに次元振動だ。少し立てば、収まるよ」
イリルがそんな助言をくれるけど、こんな異常事態を上手に対処できるほど、あたしは出来た女じゃないの。
「収まるって。でも、この感じ、あたしが消されてしまいそうでもの凄く怖いのよ」
「大丈夫だよ。定香は魔法天使だから、簡単な次元振動では消えないよ。
でも、この振動、やっぱりあの次元にあるクロートが原因なのか?」
「へ、あんた今、何言ったの?」
軽くテンパっているあたし。
こんな言葉でも表現できない異常事態に陥ったら、みんな少なからず混乱するに決まっている。
決まっているはずなのに、彼女の心と想いは一切揺らいでいなかった。
「あら、あなたは、次元振動初めて感じるのかしら。
揺らいでいますわよ、あなたの想い!」
次元振動とやらに困惑するあたしと、全く動じないアリス。
それまで均衡を保っていた想いに優劣をつけるには、その僅かな差で十分だった。
紫色の星が、桜色の三日月に飲み込まれた。
あたしの想いが、アリスの想いに負けた。
「定香。逃げて!!」
イリルが忠告してくれるけど、駄目だよ、もう遅い。
想いの力を全力で使い切ったあたしには、もう空を飛ぶ魔力すら残ってないよ。
為す術を持たないあたしは潔く、桜色の三日月に飲み込まれた。
次元振動って奴はまだ続いている。
お兄ちゃんの笑顔が浮かんだ。
お兄ちゃんの体がまた青銅の剣で貫かれた。
そして、桜色に染まっていたあたしの視界が、急に暗転し、あたしの体から全ての感覚が無くなった。
「定香さん!!」
全く、相変わらず空気の読めないイリルが大声で叫んでいる中、あたしの全ては桜色の想いの中に沈み込んでいった。
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